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寺田倉庫「アートの保管業から文化振興」シフトで躍動する東京・天王洲――令和5年度 文化観光「認定計画事業者会議」(前編)

  寺田倉庫は自社の倉庫スペースをいかに文化的な場につくり変え、本社のある天王洲(東京都品川区)を「アートシティ」へと生まれ変わらせたのか――。
 「令和5年度 文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業 認定計画事業者会議」が2024年1月15日、東京都品川区天王洲の「T-LOTUS Mティーロータス エム」で開催されました。同会議での寺田倉庫による発表内容と、同社の拠点計画で中核となっている施設「WHAT(ワット)」と周辺を会議参加者が視察した様子をリポートします。


アートに近づけるカフェと美術館

 寺田倉庫の本社がある天王洲地区は、もともとは海中の土砂が堆積して生まれた「」だった。大正時代より埋め立てが進み、工場や倉庫の用地として機能し始めた。

寺田倉庫は東京・天王洲の運河沿いに倉庫などを構える

 寺田倉庫は、この天王洲の地で1950年に創業。最初は食糧庁の指定倉庫として備蓄米の保管事業を手掛けることで発祥した企業だ。創業以来、預かる物にとって最適な空間・環境づくりを徹底してきた。

 1970年代からは「美術品の保管」という新しい時代のニーズにあったサービスを開始したことが、アート関連事業に進出する端緒となった。現在は、ワインやアート、映像・音楽メディアの保管を軸に事業を展開している。

 寺田倉庫の「天王洲アートシティ創造推進施設『WHAT』拠点計画」は、文化観光推進法に基づく拠点計画として2020年度(令和2年度)に認定された。同じ年に寺田倉庫はもともと芸術文化の発信拠点をつくろうと本社がある天王洲地区で整備を進めていた美術館「WHAT MUSEUMワットミュージアム」を開館した。

若手アーティストの創作と作品販売を支援

 この美術館は、アーティストやコレクターからアート作品を預かるだけでなく、コレクターらの了承を得て作品を広く一般に公開する芸術文化の発信施設の役割を持つ。

 さらに、総面積が800平方メートルある広々としたギャラリーカフェ「WHAT CAFEワットカフェ」もミュージアムと同年にオープンした。こちらは若手アーティストの支援が目的で、店内では新しい表現を模索する意欲的な作品群が展示されており、作品を鑑賞しながら飲食を楽しめる。もちろん、気に入った作品があれば購入することも可能だ。

寺田倉庫の「WHAT CAFE」で展示作品を鑑賞する参加者

 店内の作品は会期ごとに入れ替えられるため、来訪者は常に新しい作品に出会うことになる。この場所での展示をきっかけに人気を集めるアーティストも増えており、認知度も上がってきている。

 寺田倉庫の秋元雅宏・取締役専務執行役員は見学会後の事業者会議で講演し、WHAT CAFEについて「インバウンド客やアートファンに向けた情報発信、交流の場として機能している」と説明。土・日はイベントやワークショップを開催するほか、平日は企業のイベントなども開くことで、収益も確保しているという。

講演する寺田倉庫の秋元雅宏・取締役専務執行役員(写真右奥)

 「アートギャラリーと聞くと敷居が高く感じる人も、カフェなら気軽にアート作品と向き合えます。ここをアートの入口として活用いただければ」と秋元氏は熱を込める。休日には作品を展示している作家も滞在しており、来店客と気軽にコミュニケーションが取れる機会も提供しているそうだ。

預かった作品を展示する機会を提供

 寺田倉庫のアート施策の拠点となっているWHAT MUSEUMについては、コンセプトを「倉庫を開放、普段見られないアートをのぞき見する」とした。ファサード(外観)にある木のルーバーは建築家の隈研吾氏がデザインした。

 同館はコレクターから預かったアート作品を展示するだけではなく、作品を所有するコレクターの収集方針や熱意なども併せて掲示・展示することで、作品の保管をしている倉庫会社ならではの展覧会のかたちをつくり出している。

 ちなみにWHAT MUSEUMの「WHAT」とは、「WareHouse of Art TERRADA」の略称だという。倉庫会社の美術館という新しい切り口で、絵画作品はもちろん、彫刻などの立体作品や映像作品、インスタレーションに建築模型など様々な作品を展示する。

 「企画展は当館の企画担当者が、コレクションから1つのストーリーを編み出して構成するものです。コンセプトに賛同いただいたコレクターの皆さんからは、購入してから倉庫に保管していた作品を展示できることは、たいへん貴重な機会だと喜んでいただいています」と、秋元氏は説明する。

 WHAT MUSEUMはかつての倉庫をリノベーションした空間だ。総面積1300平方メートル、2フロアに6展示室と館内は広い。これまでに大林組取締役会長で公益財団法人大林財団理事長の大林剛郎氏や、ファッションビジネスに携わってきたコレクターの桶田俊二・聖子夫妻、精神科医の高橋龍太郎氏らのコレクションを元にした展覧会を開催してきた。

アート作品の輸送リスクが小さいのもメリット

 「保管庫に隣接している施設のため、輸送のリスクも最小限に抑えられる利点がある」と秋元氏は指摘する。作品を寺田倉庫に預けている利用者(コレクター)は、他の美術館やイベントスペースに運び出すことで起こりうる破損などのリスクに怯えずにすむ。

  2023年に開催された高橋龍太郎コレクション『「ART de チャチャチャ - 日本現代アートのDNAを探る - 」展』では、コレクターである高橋氏と協議の上、来場者のターゲットをインバウンド訪問者と定め、日本のアーティスト作品を来訪者に見せる構成とした。

 同年7月に開催された国際アートフェア「Tokyo Gendai」との連携を試みるなど、インバウンド訪問者の来日タイミングを意識した展覧会を設定してきたという。

 WHAT MUSEUMで2023年9月30日〜2024年2月25日に開催の展覧会『TAKEUCHI COLLECTION「心のレンズ」展』は、IT分野で活躍している竹内真氏の現代アートと家具のコレクション「TAKEUCHI COLLECTION」を紹介している。竹内氏は「ビズリーチ」などの求人サービスで知られるIT企業、ビジョナルの取締役CTOで、パブロ・ピカソの作品をきっかけに約5年前からコレクション活動を始めた。イヴ・クラインやゲルハルト・リヒターなどの作品のほか、関心を寄せる家具もあわせて収集しているという。

TAKEUCHI COLLECTION「心のレンズ」展の様子

 今回の展示では、竹内氏の収集したアート作品と家具を併せて展示、またシャルロット・ペリアンのベンチや椅子は実際に座ることもできるなど、体感できる場所も設け、訪問者がよりアートを身近に感じてもらう仕掛けも盛り込んでいた。

世界的に貴重な「建築模型の保管・展示」も

  WHAT MUSEUMはアートコレクターのコレクションを使った企画展に加え、建築模型と建築文化を軸とした企画展も開催している。現在はWHAT MUSEUMの付帯施設である建築倉庫において30以上の建築家・設計事務所から600点以上の建築模型を預かり、その一部を公開している。
 
 建築模型とは、建築家や設計事務所が、プロジェクトを依頼したクライアントやコンペの審査員に建物のイメージをわかりやすく伝えるために制作したり、その構造やデザインを検証したりするために制作される模型だ。構造や外観、内装だけでなく、周囲の景観や地形などを盛り込んでつくられることもある。建築物と同じように建築家の美学、個性が顕在化するため、研究的価値とともに美術的な価値が非常に高いとされている 。
 
 建築模型は実際の建物の数百分の1の大きさとはいえ、非常に大きい。スペースに制約がある設計事務所では、現在まで適切に保管されづらい状況が続いている。この問題を解消するため、寺田倉庫は建築家や設計事務所より建築模型を預かり、保管しながら見せる事業を2016年より始めた。

「せんだいメディアテーク」の構造模型を展示する企画展「感覚する構造」の様子
(建築設計:伊東豊雄建築設計事務所、構造設計:佐々木睦朗構造計画研究所)

 開催中の企画展『感覚する構造 - 力の流れをデザインする建築構造の世界 -』は、建築物の構造デザインに焦点を当てている。

 伊東豊雄建築設計事務所(東京都渋谷区)が建築設計を、佐々木睦朗構造計画研究所(東京都渋谷区)が構造設計を手掛けた「せんだいメディアテーク」(仙台市、2000年)や、磯崎新アトリエ(東京都港区)が建築設計をして佐々木睦朗構造計画研究所が構造設計を実施した「フィレンツェ新駅(コンペ案)」(2002年)などが並ぶ。

 また、構造家で東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐藤淳・准教授と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めた、月面で滞在するための構造物の模型や、滋賀県立大学の陶器浩一研究室による竹の素材でつくられたモックアップなども展示。構造設計を多様な視点から見つめることができる構成となっている。

「枕型多面体と高床が同時展開する滞在モジュール/月の縦孔のベースキャンプ」
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 佐藤淳研究室)

 加えて、建築模型をより深く鑑賞したい方のために、建築模型のみを鑑賞できる「建築倉庫」も、WHAT MUSEUMとは別フロアに設けられている。こちらの施設は、預けられた建築模型の一部がそのまま見られるようになっており、建築ファンや建築を学ぶ学生らが多く訪れているという。

 館内にある建築模型はオンラインサービス「ARCHI-DEPOT ONLINE」によってデータベース化されており、建築家のポートフォリオとしても活用されている。

右肩上がりで増え続ける来場者数

 秋元氏によれば、寺田倉庫の運営するアート3施設(WHAT MUSEUM、WHAT CAFE、伝統画材店PIGMENT TOKYO)の年間来場者数は2021年3月期は約3万人、2022年3月期は約11万人、2023年3月期には約14万人と右肩上がりで増えているという。

 「コロナ禍だった2021年に比べ、2022年は前年比3.5倍増となりました。2023年の増加率は鈍化したように見えますが、施設修繕で一定期間の休館があったためで、それでも伸びています。2024年も前年を上回る伸び率になるだろうと予測しています」(秋元氏)

アートを核としたまちづくりについて説明する秋元氏(右端)

 寺田倉庫はこれらのアート施設のほかに、現代アートギャラリーやアーティストアトリエが集積する複合施設「TERRADA ART COMPLEX」や、天王洲運河に浮かぶ水上ホテル「PETALS TOKYO」など天王洲エリアで多彩な事業を展開している。

 さらに他の事業者と連携し、街へのパブリックアートの設置や、アート・文化系イベントを実施しており、天王洲全体を「アートシティ」として盛り上げようと力を入れている。
 
 「今後も富裕層やインバウンドを対象とした施策のほか、天王洲エリア全体を盛り上げる施策を連携していく」と秋元氏は力を込める。アートシティとしての天王洲は、これからますます活況を見せ、アートシーンに新しい風を吹き込んでいくことだろう。 

(文・取材・構成:浦島茂世)

※扉の写真はWHAT CAFEのアート展示スペース


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