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「利用者目線」と3つの視点で展示コンセプトづくりを鍛え直す

 美術館や博物館の分かりやすく、魅力的な展示の決め手は「コンセプトづくり」にあり――。繰り返し言われていることですが、具体的には「どうすれば良い展示コンセプトづくりになるのか」は、なかなか見えてこないのが本音ではないでしょうか。博物館などの展示企画や展示空間づくりの大手である乃村工藝社の亀山裕市・プランニングディレクターは、理解を深める展示に欠かせないポイントを「コンセプト」「シナリオ」「手法」の3つだと説明します。文化観光の“肝”となる、地域文化の価値を伝える展示の工夫について聞きました。


コンセプト→シナリオ→手法を利用者目線から練り上げる

「展示をつくっていく際の効果的なプロセスには3つの段階があります」と、亀山氏は指摘する。
 
①展示の理念や目標、目的を考える「展示コンセプト」
②情報を分類し、どの順番で並べていくか、どの順番で体験してもらうかと配置を工夫する「展示シナリオ」
③展示のコンセプトやシナリオを最も効果的に伝える手段を考える「展示手法」

 特に「展示を成功させるうえで極めて重要になるのが①展示コンセプトです」と亀山氏は強調する。言い換えれば、「何を目的にして、何を伝えるか」をまずきちんと明確にすること。そして「どう伝えるか」のシナリオを工夫すること。その2つを固めてから、最後に考えるべきが「展示手法」だと、亀山氏は強調する。

乃村工藝社の亀山裕市氏。展示を考える「効果的なプロセスは3段階ある」と話す

「ありがちなのは『せっかく広い建物があるからプロジェクションマッピングがいいんじゃないか』などと、展示手法から考えてしまうケースです。しかし、まずは何を目的にするのか、どんな利用者体験を育みたいのかを第一に考えることです」

 目的が他にはないユニークで特色があるものなら、各地から人を集めやすい。「何を見せたいか」がハッキリしていれば、来館者も訪れやすい。「そうすることで文化観光の視点から地域の何と連携すればよいかなどの内容も明確になり、様々な好循環を促すことにつながります」と、亀山氏は解説する。

 展示コンセプトや展示シナリオ、展示方法を固めていくうえで欠かせない視点が「利用者の視点をもって計画を進めること」と亀山氏は指摘する。文化観光で想定される来場者像は、多くが一般的な観光客になる。よほどのファンや専門家でない限り、ごく短時間しか滞在しないし、基本的な知識を持たずに訪れる人がほとんどだ。「そう考えれば、『何も知らない一般の人にも分かりやすいこと』を軸として、コンセプト、シナリオ、手法を考えていくことが最も重要になります」(亀山氏)

富士山という「環境文化圏」を多層的に見せる

 亀山氏がプランニングディレクターとして「利用者の視点」で「3つの展示プロセス」をベースにして展示の工夫をこらした例を見てみよう。

 世界文化遺産に登録された富士山の魅力を伝える「山梨県立富士山世界遺産センター」(山梨県富士河口湖町)。富士山は2013年に世界文化遺産に登録された。その決定理由となったのが「富士山信仰という固有の文化的伝統」があること、さらに「それらを基にした普遍的意義を持つ芸術作品を生み出した源泉」としての富士山の側面だったという。

 となれば、「この2点の理解を深めることが富士山世界遺産センターの目指す展示コンセプトとなる」と、亀山氏は説明する。富士山の周辺には富士五湖や浅間神社をはじめとする25もの構成資産が存在する。これらを来場者に紹介し理解を深めてもらうことをコンセプトづくりの起点としたのだ。

世界文化遺産・富士山の構成資産は25もある(「構成資産分布図」より)

 しかも、25の構成資産はそれぞれ、富士山の自然環境と深くつながっている。亀山氏は「来場者にはこの 『つながり』を感じてもらえないと、理解を深めることはできないだろうと考えました」と、コンセプトの立案時を振り返る。これを概念化したのが「富士山環境文化圏」という言葉であり、展示コンセプトの“核”となった


富士山の構成資産を「つながり」で体感できるよう、3つのポイントを選び出した

展示シナリオづくりでは「何を伝えるか」を抽出

 次の「展示シナリオ」づくりでは、その富士山環境文化圏という概念の中で何を伝えるべきかを、まず抽出していったという。大まかに整理すると「気象的特性」「地史的個性」「生息している動植物」などの『自然』に加え、その自然をうまく取り込んだ「産業」「信仰・祭祀」、それらを描いた絵画や文学、また富士山の麓から遠く江戸や伊勢にまで及んだ生活文化などの『人文科学』といった内容が、シナリオの主流となっていった。
 
 亀山氏はこれらを富士山環境文化圏という「つながり」のあるものとして理解してもらうため、「地史や地形、森林・湖水環境があり、その環境に生物が住み、人々の生活や文化が生まれていった」と考えて、積層化したシナリオを構築していった。

富士山の形をした直径15メートルの天蓋が特徴的(写真提供:山梨県立富士山世界遺産センター)

展示の手法は「総合的に体感してもらう」を重視

 壮大なコンセプトとなった富士山環境文化圏を、では実際にどう体感してもらうのか――。そこで3つ目のポイントである「展示の手法」として考えたのが「3つの層の空間化」だったという。

 富士山の形をした直径15メートルの“天蓋(てんがい)”を上部に設置し、床面には富士山文化が地理的に広がっていく様子を示した巨大地図を展開した。空中にある富士山と、床面地形の情報の間に挟まれる中間の層に「人間の営み」があり、そこで生活文化や芸術文化が生まれていったことを表現することにした。

 富士山信仰の文化は、西は紀伊半島(三重県、和歌山県)や琵琶湖(滋賀県)、東は霞ケ浦(茨城県)まで広がっており、過去にはこれら全てを歩き回る巡礼の道もあったという。こうした霞ケ浦から琵琶湖までも一望できる体験が「富士山環境文化圏を理解するポイントになる」と考え、床面に地図を配して、「その上を来館者がぐるぐると歩きながら巡っていただくことを展示方法として選びました」と明かす。

「富士山環境文化圏をめぐる三つの層」として「天・地・人」を想定し、
実物の富士山では得にくい体験を味わってもらう(提供:亀山裕市氏)

 利用者の視点からは、どんな工夫を施したのだろうか。まず、実物の富士山では得られない視界を提供した。富士山の周囲をぐるりと自分で歩いて見て回ることは、時間もコストもかかるので実際には難しい。

 そこで富士山とその環境や文化を凝縮して見られる「箱庭」的な空間構成を採用した。そのうえで、プロジェクションマッピングを用いて、富士山の形をした部分に「雪が積もった冬」や「花の咲く春」「新緑の夏」「紅葉の秋」など、四季の変化を投影して移り変わる自然環境をスピーディーに体感してもらおうと考えた。
 
 琵琶湖から霞ケ浦まで広がる巡礼道も、この展示空間の中を歩くことで体験できる構成だ。展示室のほか、実物の富士山が見える屋外で共用できるスマートフォンのアプリを使った解説ガイドシステムも用意し、センターの内外で富士山の環境と文化に想いを馳せることができる仕掛けを組み込んでいる。

竹富島らしさを“想像させる”を狙った「竹富島ゆがふ館」

 沖縄県の西表石垣(いりおもて・いしがき)国立公園にある竹富島の文化観光施設「竹富島ゆがふ館」をリニューアルした事例も、亀山氏が手がけた展示だ。

 西表石垣国立公園は、亜熱帯林や日本最大規模のマングローブ林、またサンゴ礁など特有の自然豊かな景観を持つ。その中で暮らしてきた沖縄らしい伝統的文化が残る地域だ。そんな魅力で竹富島は多くの観光客をひきつけている。

 島の生活は観光産業と密接な関係にあるが、一方でその魅力の源泉となっている自然環境や、自然と共に暮らす生活文化は近代になって失われつつある。それをいかに認識してもらい、見直していくかも、ゆがふ館の重要な展示テーマとなっている。

 そこで亀山氏は、展示コンセプトとして「新しい観光」「持続可能な観光」を置いた。竹富島には、日帰りで訪れる「通過型観光客」と、宿泊して旅行する「滞在型観光客」がいるが、双方ともに楽しめる「二重構造の展示を計画しました」と亀山氏は述べ、「自然・文化遺産を継承する観点から『単に説明するだけでは伝わらない』という問題意識を持って、来館した人たちが『竹富島らしさを想像する』ことを展示の目玉としました」と狙いを語る。

竹富島ゆがふ館の展示コンセプトは「通過型」と「滞在型」それぞれの観光客に
竹富島らしさを「伝えて」「想像させる」ことに主眼を置いた

 展示シナリオとして、シアターゾーンとオブジェクトゾーンの2つを用意。「シアターゾーン」は時間のない通過型の観光客向けだ。自然に寄り添う島の1年の生活や信仰・祭礼のほか、「島歩きのマナー」などを学べる約5分間の映像を用意して、島の自然や文化の特色を伝えている。

竹富島ゆがふ館の「シアターゾーン」は、島めぐりのマナーなどを5分で伝える

 もう一方の「オブジェクトゾーン」では、滞在型の観光客や、島の住民にも楽しんでもらえるよう、主にオブジェや本、音響を展示している。

「オブジェクトゾーン」では滞在型の観光客向けに多くの「物語」を用意した

多くを説明せず、想像を促す心地よい空間づくりに注力 

利用者(来館者)の視点を取り込んだポイントは、次の3つだ。

①通過型と滞在型という二重構造で観光客の動態に沿った展示をつくったこと
②文化に親しみをもちながら理解ができるよう、生活感を漂わせる手法を選択したこと
③展示っぽさを排除したこと

 亀山氏は「展示ではどうしても一生懸命に説明してしまうきらいがあります。しかし、全てを説明しきらずに、来場者の『想像』を促す。そのためには座る場所や聴く環境、来館者同士が話せる居心地の良い空間をつくろうと考えました」と狙いを話す。

 押し付けがましくなく、それでいて「もっと知りたい」と思う展示を、どうつくり上げていくか。亀山氏はそのヒントを「楽しくて飽きない、疲れない展示」とも表現する。手法だけに凝った、奇を衒(てら)ったような展示ばかりでは、やはり飽きられやすいし、見る側も疲れてしまう。

 地域について、また文化について「ほとんど何も知らない」という利用者の立場からまず考えて、展示の①コンセプト②シナリオ③手法――の3つから考えることは、「わかりやすくて魅力ある展示」を構築していく土台ともいえる。

 いろいろな背景を知っていて専門知識も豊富な博物館・美術館の学芸員や研究者が考えるべきは、シンプルで基本的な説明をベースにしながら、地域の文化について少しマニアックな情報が来館者の好奇心を刺激すること。それが来館者の満足と理解を促す魅力的な展示を実現するのだといえそうだ。

※この記事は2023年2月に実施した文化庁の「文化観光第5回ワークショップ『文化観光における展示づくり』」の採録記事を再構成しました。

※扉の写真(サムネイル)は山梨県立富士山世界遺産センターからの提供。

(文:Olivia、構成・編集:三河主門)


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