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進化し続けるナイトミュージアム――成果が出始めた徳川美術館の試行錯誤

 博物館や美術館が夜の時間帯に特別企画展やイベントを開催する「ナイトミュージアム」が国内でも徐々に広がりを見せています。2021年(令和3年)から2023年末まで8回のナイトミュージアムを開催してきた徳川美術館(名古屋市)は文化観光の観点から、悩みながらも熱心にナイトイベントを磨き上げてきた館の1つです。徳川美術館の“試行錯誤の軌跡”を追いました。


  「ナイトミュージアムの需要があるのかは半信半疑でした。過去に夏場などの夜間延長開館を実施したこともありましたが、人が来なくて廃止した経緯もありましたので」

 そう打ち明ける徳川美術館管理部の吉川由紀・係長は、同館の広報業務やナイトミュージアムの企画・運営を担当してきた1人だ。

当初はインバウンド向け「高付加価値化」が狙い

 徳川美術館が最初にナイトミュージアムを開催したのは2021年2月。文化庁が拡大するインバウンド(訪日観光)客向けにナイトタイムエコノミー(日没から翌朝までの経済活動)の拡充を博物館・美術館に促す狙いから、2020年度に企画協力として参加した「令和2年度 博物館・文化財等におけるナイトタイム充実支援事業」がきっかけだった。

 文化支援・ブランディングサービス企業のcurioswitch(キュリオスイッチ、東京都渋谷区)および名古観光コンベンションビューローと共同で、徳川美術館を会場に、2021年2月に実施した「トクガワナイトミュージアム」が最初だった。

 インバウンド狙いの施策だったが、2020年春からコロナ禍で海外渡航はほぼストップし、外国人の訪日は急減した。そのため、「チケットは売らず、インフルエンサーやプレス(マスメディア)関係者、招待客のみを集め、無料で実験的に開催しました」(吉川氏)。

 徳川美術館では毎年2〜3月に、江戸時代から近代に至る尾張徳川家伝来のひな飾りなどを展示する特別展「尾張徳川家の雛まつり」を企画開催している。最初のナイトミュージアムもこれに併せて実施した。

 3日間にわたって1日20人ずつ招待。1夜目は平安装束を着てのガイドツアーや能楽「西王母せいおうぼ」の上演、2夜目は新陰流剣士による抜刀演武や提灯ちょうちんなどで照明を演出し、3夜目は雛まつりをイメージしたフィンガーフードなどを提供した。

「夜も来る」美術館へ企画と内容の磨き上げ

 「ブランディングのプロであるcurioswitchの企画によって、見慣れた展示室が特別なパーティー空間に変わるのを目の当たりにし、高価格帯の外国人向けナイトミュージアムの概念をようやく理解しました。内部の意識が変わるターニングポイントになったと思います」と吉川氏は振り返る。

初のナイトミュージアムでは美術館スタッフが平安装束などを着て来館者を迎えた
(提供:徳川美術館)
抜刀術や能なども披露した (提供:徳川美術館)

 コロナ禍での開催のため無料の招待制にしたが、当初の販売価格は特別料金として1人当たり3万円を予定していたという。「それが妥当なのかも考える機会にもなりました」と吉川氏。自館でも開催できるとの手応えを得て、2021年の6月からは徳川美術館の単独でナイトミュージアムを開催していくことになる。

『刀剣乱舞』とコラボで刀剣ブームを喚起

 2021年6月19日から毎土曜日には、9回連続で「トクガワナイトミュージアム ver.1」を開催した。この期間は昼時間帯に特別展「名刀紀行 ― 京・大和と九州 ―」と企画展「あかがね/くろがね」を開催しており、日本の名刀が登場するゲーム『刀剣乱舞』とのコラボレーションを実施していた。

徳川美術館所蔵の『刀剣乱舞』に登場する刀剣のパネルを並べた「ver.1」
(提供:徳川美術館)

 2月に開催した先の特別無料ナイトミュージアム「ver.0」では、インバウンドを想定して平安装束や抜刀術などでエンターテインメント性を重視した。一方、「ver.1」では土曜日の夜間に開催することで利便性を高め、少人数で貸し切りの落ち着いた環境での作品鑑賞に重点を置いたという。

  「昼間に実施した『刀剣乱舞』とコラボした展示会は行列ができ、なかなか入れないお客様も多く出ました。そこで、落ち着いてみてもらうためのオーバー・ツーリズム対策としつつ、コロナ禍で激減していた館の収益にも貢献させたいと考えました」(吉川氏)

 このver.1は午後5時30分から午後8時まで開館。各日60人ずつを1人5000円(税込み価格、以下も同じ)で募集した。刀剣が好きな女性を特に意識し、お土産として日本刀をデザインしたトートバッグを配った。

 美術館側にとって驚きだったのは、昼も夜もやってくるファンが何人もいたことだったという。吉川氏は「イベント告知はTwitter(当時、現・X)のみでしたが、すべての日程が即時完売となりました。追加開催も行い、トータル9回実施しました。当館のオリジナル刀剣グッズは人気が高いので、トートバッグのお土産が功を奏したのもあると思います。それでも、これだけ需要があるのは衝撃でした」と、当時の“熱狂”を思い返す。

国宝『源氏物語絵巻』などの展示でもトライアル

 次の2021年の秋は、ナイトミュージアムで刀剣以外のテーマを試みようと11月20日と12月4日の2回、徳川美術館が所蔵する国宝『源氏物語絵巻』を夕方の午後5時半から同7時まで自由観覧できる「トクガワナイトミュージアム ver.2」を始めた。料金は一般3850円で、館内と国宝をゆっくりと鑑賞できる催しとした。
 
 この時は、あえてお土産品はつけないことで参加しやすい価格にすることを優先し、1回当たり60人を募集した。「国宝『源氏物語絵巻』は当館を代表する人気所蔵品ですので満席を期待していましたが、2回開催のうち1回はわずかに残席が出ました」と吉川氏は話す。

 その次の「同 ver.3」は2022年4月30日に、特別展「広重の旅風景 ― 雨・雪そして人 ―」をナイトミュージアムとして開催した。ver.2で高校生を同道した親子客から「学生料金はないのか」と問われたこともあり、ver.3では大学生以下の料金を設定。一般が4300円、大学生以下を1000円とした。このver.3では学芸員が解説しながらガイドするツアーを実施。大学生以下も6人が来館したが、完売には至らなかった。
 
 2022年7月9日に開いた「同 ver.4」は、特別展「名刀正宗と相模伝」を実施。再び日本刀をメインテーマとする特別展(一般3800円)だった。「刀剣ファンはブームを超えて定着していたので、グッズの土産品を付けなくても完売するだろうと予測していましたが、残念ながら満席とはなりませんでした。いろいろなバランスが難しいですね」と吉川氏は笑う。

高付加価値化への挑戦と失敗から学ぶ

 何を、どのように展示するか、特別感をどう出すかで、ナイトミュージアムへの反応は大きく変化する。

 2022年10月1日に開催の「同 ver.5」では日本刀を含む「名物」を多数展示し、照明演出と学芸員による解説をつけたところ、1人6600円でも定員60人募集が完売した。1回ごとに条件を変えながら、「お客様には何がどのように響くのかを検証してきました」と吉川氏は説明する。

 趣向を大きく変えたのは「同 ver.6」にあたる、2022年11月19日に開催の「トクガワナイトミュージアム PREMIUM」だった。徳川美術館が所蔵する国宝『源氏物語絵巻』を鑑賞した後、中庭でお酒やフィンガーフードを楽しみながら、宮廷装束の調進・着装を伝承してきた公家・山科家の30代目後嗣、山科言親氏をゲストに迎えて学芸員とのトークショーを開催した。

「ver.6」では平らな皿に小さなフードをもりつけて提供した
(提供:徳川美術館)

 価格は1人1万2000円。これは「文化資源の高付加価値化の促進」を目指した文化庁のコーチングを受けての開催だったという。

 「それまでのナイトミュージアム開催の実績を踏まえて、新しい試みとして高付加価値化を狙いましたが、残念ながら不満の声もありました」(吉川氏)。トークショーやフィンガーフードなどエンターテインメント性を重視することで「敷居を下げずに間口を広げる」ことを目標にしたが、価格面での不満が大きかったという。
 
 「コーチ陣から『5~6品のフィンガーフードプレートを提供し、ドリンクを飲みながらのカジュアルなトークショーをしてみては』とアドバイスを受けました。ぼんやりとしたイメージは浮かんだのですが、いざ具体化するとなると(高額な料金に見合う)フィンガーフードを供するパーティーなども経験がなく、どの程度のものをお出しすれば満足感に至るのか、どのような流れ・導線で案内すればよいのか、全然わかっていませんでした。業者に聞かれても適正な予算感も答えられなかったのです」と、吉川氏は反省の弁を述べる。

 新しい試みは、かゆいところに手を届かせるには、どうすればよいかを考える課題を残した。

「1人1万5000円」の100人募集、高品質化で“リベンジ”

 徳川美術館は2023年度に、その挽回を期した。文化観光コーチングの助言も受けて2023年8月と10月に開催した「同 ver.7」と「同 ver.8」にあたる「トクガワナイトミュージアムPREMIUM 〜 源氏夜会 〜」では、価格を1人1万5000円に設定。定員も100人に増やした。

「Ver.6」からはフィンガーフードも改良し、来館者がストレスなく歩き回れるようにした
(提供:徳川美術館)

 強気に価格・定員の設定に見えるが、このver.7、ver.8の回はいずれも「お客様からは『とても満足しました』との回答が多く、非常に高い評価を得ました」(吉川氏)。不満が出たver.6の“リベンジ”を果たした格好となった。

 失敗の原因となった点を修正すべく、徳川美術館は名古屋在住のパーティーコンサルタントに協力を仰いだ。高級ブランドの店舗やイベントでパーティーなどをプロデュースしている女性コンサルタントだという。

 前回のフィンガーフードは専門のケータリング会社に依頼したが、ver.7からは徳川美術館に隣接する日本料理店に協力を依頼した。会席料理を専門とする同店の料理長は当初、難色を示した。それでも説得しながら、美術館とコンサルタントが一丸となって密にコミュニケーションを取りながら、パーティーで供するべき料理についての相互理解に努めていった。

 「例えば、パーティーに参加する女性がハンドバッグを腕に下げて、ハイヒールを履いて歩く時に、皿の上にきれいに料理を盛られても『食べやすいか』と問われたら、やはり難しいですよね。ほんのちょっとした盛り付けの工夫や器、カトラリーの選び方で、本格的な会席料理がフィンガースタイルに変わります」(吉川氏)

 来館者を案内する際にも、いかにして効率的に、疲れずに動けるかなどルート設定や案内方法についての助言をもらったという。細やかなコンサルティングを重ねていった結果、当日は期待をはるかに超える素晴らしい料理を提供できた。「お客様と料理長たちの笑顔が忘れられません」と吉川氏は振り返る。

 文化観光のコーチや専門家からも、ナイトミュージアムの演出についてアドバイスをもらった。美術館入り口の前庭や中庭で夜間、地面に徳川の葵紋などのデザインが浮き出る照明(路上看板)でナイトミュージアムを彩る案だった。

入り口前の地面に「葵の御紋」を投影した照明(路上看板)で特別感を演出
(提供:徳川美術館)

 徳川美術館管理部の山本索・部長は「美術館の前は一般の人も歩いて通る場所です。そのライティングを見た人がナイトミュージアムを認知するきっかけにもなりましたし、開催当日は参加者がこれをスマートフォンで撮影してSNSに投稿するなどPRの面でも効果が絶大で、大きな反響がありました」と話す。
 
 1万5000円の価格設定は、前回の1万2000円では採算割れしたために引き上げた面もあったが、「参加者へのアンケートでは『内容もフードも満足した』『値段以上の価値があった』と満足したとの回答がたくさんありました」と、吉川氏は満足した様子で微笑む。

徳川美術館の外観(2024年2月撮影)

 2024年度のナイトミュージアムは、秋の開催を目指して企画を詰めているという。2024年はNHKで『源氏物語』の作者・紫式部をモデルとした大河ドラマ『光る君へ』が放送中でもあり、所蔵する国宝『源氏物語絵巻』をテーマにしたナイトミュージアムの開催を考えていくようだ。
 
 文化観光拠点施設として展示の多様化と高付加価値化を目指して試行錯誤を重ねながら、徳川美術館はナイトミュージアムで新しい成果を手にしつつある。

(取材・文・写真・構成:三河主門)

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 ※扉の写真は「トクガワナイトミュージアム ver.8」開催時の中庭での風景(提供:徳川美術館)


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