文化をつなぎ、育てていく。徳川美術館の挑戦
「徳川美術館」は、御三家筆頭格の尾張徳川家に代々受け継がれてきた貴重なコレクションを所蔵する美術館です。初代義直が徳川家康から受け継いだ遺品を中核として、江戸時代260余年にわたる代々の遺愛品や、献上品、婚礼調度などを収蔵し、さらに明治以降の寄贈品などを含め全体で1万件余りの収蔵品を有しています。近年では、SNSでの発信、クラウドファンディング、人気ゲームとのコラボレーションなど先進的なチャレンジをしていることでも知られています。
今回、縁があってHIRAKUチームのコーチングメンバーとして、徳川美術館に関わらせていただくことになりました。徳川美術館の数々の取り組みを通して、「文化をつなぐ」ことについて改めて考えてみたいと思います。
コレクションの量も質も、日本随一
徳川美術館は世界的に有名な国宝「源氏物語絵巻」などに加え、「近世大名文化」「武家文化」を総覧できる日本でも屈指のコレクションを保有する美術館です。徳川美術館が所蔵する国宝9件、重要文化財59件、重要美術品46件をはじめ、その種類の多さ、クオリティ、保存状態、あらゆる面において素晴らしいものといえるでしょう。
「近世大名文化」が成熟した江戸時代は鎖国中で、それまでに吸収してきた異国文化を国内で醸成し、独自の芸術性に昇華させた時代と言えます。徳川美術館はその時代の宝物の数々が集結している、稀有な美術館です。
幅広い視野を持った経営感覚
徳川美術館の方とお話をしていると、いつもその鋭い経営感覚に驚かされます。美術館としてただ所蔵品を保管し、展示するだけではなく、「より多くの方々にご来館いただくには?」「もっと来館者の満足度を上げるには?」「建築、庭園、茶室などの文化資源も有効かつ適切に活用して面白い企画ができないか」といった問題提起をするなど、幅広い視野から美術館を運営されております。
実際、公式Twitter「徳川美術館かろやかツイート」やFacebookでの情報発信、「Google Arts&Culture」への掲載、外部コンサルタントを入れてのホームページ分析など、時代のニーズに合わせた取り組みにも積極的です。これもマーケティング観点を取り入れた、幅広い視野からの発想なのでしょう。
2日間で1000万円を達成したクラウドファンディング
しかし昨今のコロナ禍では、徳川美術館の来館者も例年の約3割にまで落ち込んでしまったそうです。日々の運営費用はもとより、収蔵品の修復など、コレクションを保存・管理するための費用も主として入館料で賄われるため、美術館の存続が危ぶまれる困難に直面していました。
そこで2021年11月にクラウドファンディングを開始。わずか2日で目標金額の1000万円を達成しました。スタッフのみなさんは予想外の展開に驚きながらも、お礼状の送付作業に嬉しい悲鳴を上げているというお話でした。
クラウドファンディング成功の背景として、同館の強い思いがありました。「文化財は人類の宝です。徳川美術館が江戸時代から大切に守り継がれてきた文化財を保存、修復し、公開することで、未来へつなぐという重大な任務を継続していくために、どうぞご寄附をお願いいたします」という強い使命感、切実な思いが多くの人の心を動かしたのでしょう。
(引用元)https://readyfor.jp/projects/tokugawa-art-museum2021
大名家としての「思考の時間軸の長さ」
徳川美術館は、尾張徳川家に代々受け継がれてきた貴重なコレクションを後世に残すため、19代当主の徳川義親氏によって昭和10(1935)年に開設されました。その成り立ちからも、「文化を守り、つないでいくこと」に対しての強い決意がうかがえます。
その中で感じたことは、歴代の当主たちに受け継がれてきた“思考の時間軸の長さ“です。当主たちは、百年単位で自分の家で引き継がれてきた貴重なコレクションを、また次の数百年後の時代へ引き継いでいかなければなりません。その社会的責任を受け継ぎ、背負いながら、今も徳川美術館は運営されています。
格式を守りながらの新たな挑戦
また、徳川美術館はコロナ禍で減った来館者を取り戻すため、さまざまな工夫をしています。中でも話題になったのは、人気ゲーム「刀剣乱舞」とのコラボレーションでしょう。グッズ販売、カフェでのコラボメニューなどの企画は成功し、20代~30代の女性という、新たなファン層も獲得しています。
「刀剣乱舞」とのコラボレーションは、これまでにない踏み込んだ企画でした。徳川美術館としての“格式や伝統を守る”ということは何よりも大事にされていたので、新しい要素である「刀剣乱舞」とのコラボレーションを試みる部分と、そうではない部分の線引きを慎重に、かつ時間をかけて議論を重ねられたそうです。結果的には来館者も増え、徳川美術館を知らなかった人も呼び込む大きなきっかけになりました。
時代ごとの感性に応えつつ、これまで受け継いできた尾張徳川家の伝統を守っていくのはとても難しいことです。その適切なバランスを、徳川美術館は前向きに模索しているのだと感じています。
「次の世代へ」も一つのキーワード
「徳川家」といえば、日本で知らない人はいないほどの知名度がある一方、徳川美術館の来館者は年々高齢化しています。時代が移り変わっていく中で、今の20~30代の若者に、日本文化を後世に伝えていく使命を担う、徳川美術館の価値をどのように伝えていくか、というのは大きな課題だと感じています。
本質的で普遍的なものを軸にしながらも、これからの世代に向けた現代的な解釈と表現方法を考えていくことが必要になってくるでしょう。
これからの徳川美術館が目指すもの
徳川美術館がこれまで守り伝えてきた文化を、次の世代につないでいくためには、新しい世代の人たちへ「徳川美術館から何を感じてもらい、何を伝えたいのか」を紡ぎ出すことがスタートだと考えています。
そこから「尾張徳川家としての価値」を見つめ直していくことが、これから取り組むべき重要なテーマです。そのために、クリエイティブ・ディレクターなどの力も借りながら、徳川美術館にかかわる方たちと共に議論を進めたいと考えています。
文化をつなぎ、育んでいくために大事なこと
文化をつなぎ、育んでいくためには、本質をきちんと理解し守りながら次世代に伝えていくことが必要ではないでしょうか。本質をあいまいにしたまま、なんとなく新しいことに取り組んで、デザインだけを変えてみても文化の継承はできません。
集客を優先したさまざまな取り組みに目が行きがちですが、たとえ一時的に話題になったとしても、「これって、もともとは何だったっけ?」という状態になってしまえば、育んできた文化は消滅し、歴史はつながりません。
それぞれの文化には、“核”となるものが絶対にあるはずなので、それをきちんと理解した上で関わりを持ち、時代に合わせて表現していくことが大事だと思っています。
文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
福冨 崇(きづきアーキテクト株式会社取締役)