【MOA美術館】日本の芸術文化観光を「創り」「守り」「育む」には?(後編)
アートの循環を支える「ピラミッド構想」とは何か
後編では、前編でお伝えしたピラミッドの構想を実現するために、どうしたらいいのかを、各層に分けてもう少し細かくみていきたいと思います。まずは、最初の層です。MOA美術館はこれまでも積極的に事業企画を進めており、多くの来館者が訪れています。
特に、世界的にも価値のある伝統芸術に関しては、高い知見と多くの経験を持っておられます。ここでしか見られない展示企画を継続し、今まで以上に海外にも発信していくことが有効です。
2層目の「MO Academy」は、これからの時代を担うアーティストや支援者を育てるための事業です。今期のコーチングでは熱海近郊の拠点との連携で、若手アーティスト育成支援を企画することを検討しています。
例えば、文化にお金を出すことを惜しまない国内外の知的富裕層に向けて、早朝や閉館後を利用した「ラグジュアリーな貸切りプログラム」を企画しました。2022年12月に行った。
「冬の花火×至宝の名品 ― MOA美術館 ナイトミュージアム2022 ―」では、懐石料理を味わいながら、花火を鑑賞できます。
参加者は富裕層ですが、限られた層へのプログラムとするのではなく、こうしたシーンを例えばSNSで配信することで若い人たちにも接点を増やし憧れを醸成したり、プログラムの場で若手アーティストとの接点を生んだりするなど、ピラミッドの層が互いに接点をもてる仕掛けも考えていきたいと思っています。
本プログラムでは、学芸員の解説がついた美術品鑑賞や紅葉のライトアップも楽しめます。定員が20名ということもあり、チケットは完売しました。せっかく同じような関心を持って集まっていただいた方々には、今後も様々な文化的芸術的な体験を通して、アートに関わっていただけたらと願っています。
1つの体験がきっかけで「学び」が深まる仕組み作り
3層目の「MO Art Garden」は、ピラミッド拡大のコアになる取り組みと考えています。館内の作品との接点はもちろん重要ですが、アートのある施設内で楽しく、心地よく過ごした時間の経験や記憶が何よりも大切です。
これまで自分の視野にアートが入ってなかった人々が、知らず知らずのうちに、その「豊かな空間」にいる価値を感じる。帰りにはミュージアムショップで、自分で手に入る範囲のお気に入りの一品を買って帰る。そしてまた、訪問したくなってもらう……。この一連の体験が何よりも大事と考えています。
今、本館から「茶の庭」につながる道の整備を行っています。美しい景色を見ながら、和菓子やお菓子を素敵な器で楽しむ。気に入っていただけたら、ミュージアムショップで購入することもできるでしょう。
体験をきっかけに、工芸により興味を持っていただいた方には、工芸教室にも参加し、学びを深められる。まだまだ来年度まで含めて時間はかかりそうですが、未来のアートを盛り上げていくための種をたくさん撒いていきたいのです。
最後の4層目は、美術館の立地する熱海市との連携です。熱海市は「国際観光温泉文化都市」となっており、多くの芸術イベントも開催されています。街には、「ATAMI海峯楼」「コエダハウス」など、建築家の隈研吾氏による作品もあります。
2021年には、熱海の観光産業を長く支えてきたホテルニューアカオが廃業した一方で、その広大な土地を舞台に様々な動きがあります。寺田倉庫の前代表取締役社長兼CEOで、天王洲エリアの開発などを手掛けた中野善壽(なかの よしひさ)氏も加わったことで、2021年からは「PROJECT ATAMI」※が動き始めました。
街や近隣の文化観光拠点との連携もまた、ピラミッドを支える重要な打ち手となります。芸術に注目する熱海と、その代表的な拠点であるMOA美術館、まさにアートと接する機会にあふれる街となっていくでしょう。
日本の芸術文化観光を「創り」「守り」「育む」プラットフォーム
MOA美術館で提案するアーティストと支援者の直角三角形で構成されたピラミッド図は、日本の芸術文化観光を「創り」「守り」「育む」構造でもあります。
頂点から最上級の芸術文化の価値を広く伝え、底辺側から多くの人々の興味や楽しみを応援エネルギーに変えて支援する。その循環を活性化することで、日本の芸術文化を観光コンテンツとしても楽しみながら、芸術文化を「創り」「守り」「育む」ことに再投資していく循環構造ができるでしょう。
これが芸術文化観光のひとつの「ひな形」であり、プラットフォームにすることができるのではと考え、コーチングを通じて支援をさせていただいております。
文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
榎本信之(株式会社GK 京都 代表取締役社長)