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NHK『ブラタモリ』制作者に聞く、魅力ある文化観光の周遊体験の作り方・考え方

 NHKの人気番組『ブラタモリ』。タレントのタモリさんが全国各地を訪れて、歩きながら街の中に潜む「知られざる歴史や文化」を引き出すところが視聴者をひきつけます。ブラタモリを担当するNHKの竹下健一郎・チーフプロデューサーに、地域の魅力を掘り起こすストーリーテリングの着眼点をうかがいました。

※本稿は、文化庁が実施した文化観光推進法に基づく認定計画の関係者向けオンラインワークショップの事前資料=動画・非公開=を要約したダイジェスト記事です。


 全国の博物館・美術館などの文化拠点施設の学芸員や展示担当スタッフの多くは、自分たちがいる地域の歴史や文化には詳しい専門家ばかりであり、多くの人に地域の魅力を伝えたいと思っているだろう。こうした伝えたい地理、地質、歴史の知識や蘊蓄(うんちく)などを、どのように伝えれば『ブラタモリ』のように訪れる人たちをひきつけられるのか。
 
 竹下氏は「本当に大切なのは、その知識をどう並べて、どのように紹介するかです」と話し、ストーリーテリングには順序が重要だとアドバイスする。
 
 具体的な題材として紹介したのは、2023年7月15日に放送した「埼玉・行田(ぎょうだ)」の回だ。行田はJR東京駅から電車で1時間あまりの埼玉県北部にあり、群馬県とは利根川を挟んで接している街だ。

視聴者とタモリさんの「頭の中」を想像する

  「行田は、首都圏には名前を知っている人もいるでしょうが、全国的には決して有名な土地ではないと思います」(竹下氏)。

 そんな、あまり有名ではない行田をタモリさんに歩いてもらうにあたり、竹下氏はどんなエピソードを冒頭に持ってきたのか。

 「我々が行田で最初に目をつけたのは『行田は埼玉県名の発祥地』 という事実です。行田は知らなくても、埼玉県という名は誰でも知っている。その『埼玉(さいたま)』という県名は、今の行田市にある『埼玉(さきたま)』という名が由来だとされています。埼玉という県名の発祥の地は『行田にあるんですよ』と提示したら、視聴者も『え、なになに?』と先の話を聞きたくなるのではないか、と思ったわけです」(竹下氏)

 その土地のことを深く調べて知っておくのが大切なのは当然のこと。それ以上に重要なのが「情報の受け手の頭の中を想像すること」だと、竹下氏は強調する。「このネタ(情報)だったら興味を持ってもらえるかな、心に響くかな、と想像しながら、頭の中に情報や蘊蓄を置いていくのです」(同)

埼玉(さきたま)の住所表示があるごみ収集場(提供:竹下健一郎氏)

 行田の回では番組進行の最初の部分で、「埼玉県行田市埼玉」と書いてあるゴミ集積場の看板をクローズアップした。案内人である行田市教育委員会の中島洋一氏が「タモリさん、これ、何て書いてありますか?」と促し、タモリさんにこの文字を発見してもらった。

 竹下氏は「ブラタモリでは、この“発見感”を特に重視しています。情報の受け手(この場合はタモリさん)が『現場で何かを発見すること』には、実は大きな意味があります」とポイントを解説する。

“発見感”を大事にして視聴者の「心の扉を開ける」

 「その発見したものの意味を、あとで情報として伝えるのが、番組づくりで意識しているストーリー展開の順序です。視聴者にも『なんだこれ? 面白い!』と思ってもらうには順序立てて展開することが大切です」と竹下氏。そうすることで「受け手の『心の扉』が開く」からだ。「タモリさんも視聴者も『どういうこと? もっと情報が欲しい!』となれば、受け手が動機づけられるからです」

 きっかけは町中にある何気ない風景でも構わない。「心の扉を開ける」→「情報を提供する」という順番が大事だと、竹下氏は繰り返す。「いきなり『行田は埼玉県名の発祥の地なんですよ』 と説明しても、流れとしては全然おもしろくない。やはり『現場で何か発見させて』から、その『県名発祥の事実』をみせる方が絶対に興味をそそられます」

 つまり、視聴者の心の扉を開けるためには、「現場で何かを発見する」 →「情報を提供する」→「心の扉を開ける」という順番が重要で、竹下氏は「これをきっちりと守ることを徹底しています」と述べる。

シーンを受け渡す時のセリフにこだわる

 ブラタモリの行田の回は、この「ゴミ集積所」での発見感から番組は始まり、次のシーンに移動していく。「この時のシーンからシーンへ受け渡していく時の案内人のセリフにも、こだわっています」と竹下氏。 ブラタモリでは案内人のセリフも、きちんと事前に練ってあるという。「画面にも時々映りますが、カンペ(番組収録で使われるセリフを書いた大きなスケッチブック)に『この場面で言うべきこと』をしっかりと決めてから、ロケに臨みます」

 本番ロケの前には案内人とディレクターが少なくとも2回は現場を巡り歩き、細かな立ち位置までイメージしながらリハーサルを進めていくという。「ただ、タモリさんや同行するNHKのアナウンサーには、自由に旅を楽しんでもらうスタンスで進めます。出演者のおふたりは、何も考えずリラックスして歩いてもらうほうが、生き生きしたリアクションを撮ることができるからです」(竹下氏)

 ゴミ集積場から次のシーンへは、「では、なぜ行田が埼玉県名発祥の地なのか、それが分かる場所があるので行ってみましょう」 とした。竹下氏は「次のシーンは何を見にいくところなのかを、はっきり宣言します。それによってタモリさんも視聴者も次のシーンを見たくなるモチベーションが高まりますから」と話を進める。行田が埼玉県名の発祥地なのか、それが分かる場所として登場したのは「埼玉(さきたま)古墳群」だ。

何が見えているかを正確に把握する

 埼玉古墳群は東日本最大級とされる日本を代表する古墳群。今回のストーリーでは「埼玉県名の発祥の謎を解くカギ」という位置付けで登場させている。

水田風景の中にある埼玉古墳群の空撮画像(文化庁「文化財デジタルコンテンツ」より)

 「それをそのまま『行田には埼玉古墳群という場所がありまして』などと紹介してもいいんですが、やはり流れとしてはつまらない。そこで、前のゴミ集積所のシーンから車で移動して、古墳群のある場所にはいきなりは行かず、少し離れた古墳群が見えない場所から歩き始めるようにしました」

 竹下氏によると、古墳群に行く手前に小さな林があるという。その林によって古墳群が隠れて見えない。「その見えないところから、あえてロケをスタートしましたが、これもやはり『発見感』を大事にしたいからなんです」

スタッフが向かう先には林があって視界を遮っている(提供:竹下健一郎氏)

 つまり「発見感」を演出できる場所をスタート地点として、次のロケを始めたのだ。「ロケのスタート場所には相当こだわっていて、ディレクターが現地を歩いてプランを立て、我々プロデューサーも下見に行って修正し、映像を撮るカメラマンの意見も聞いていきます」(竹下氏)

 さらに、「発見感」を演出するのに重要なのが、タモリさんの表情だという。「タモリさんに今、何が見えているかを正確に把握して、何かを発見した際の表情をカメラに収めていきます。その発見感が『今、視聴者もこれが知りたくなっている』であろう部分だからです」(竹下氏)

情報番組ならではの硬さ、笑いでバランスを取る

 番組でタモリさんは、古墳群の見えない林の手前から歩き始めて、林の先に「何か土の高まりがありますね」と言いながら古墳のある場所を発見していく。
 竹下氏は「埼玉県名の発祥の謎を解くという重要シーンの、きっかけになる場面です。この時にタモリさんが土の高まりを古墳だと結論づけたのは、実は『古墳を大切に』と書かれた杭があったからなんですね。 タモリさんが『ここに“古墳を大切に”って書いてますよ』と発見して、案内人やスタッフに笑いが起きました。こうした笑いって制作者には実に“オイシイ”んですね」と話し、表情を緩める。

 情報番組であっても、やはり固い情報や蘊蓄ばかりを解説しては息苦しくなってしまう。「情報性だけでなく、娯楽性=リラックスした場面とのバランスは、大事にするようにしています」

 最初に「なぜ行田が埼玉県名発祥の地なのか、『それがわかる場所があります』という疑問が“フリ”としてあって、次に埼玉古墳群に来ました。疑問に対する答え、つまり“フリ”に対する“オチ”をここでつけているわけです。この『フリ→オチ』という構造を、どのシーンでも意識して組み立てています」と竹下氏は明かす。

 フリによってタモリさん(=視聴者の代表者)の次へのモチベーションをしっかり作った上で、ストーリーを展開する。そして行った先でオチをつける=伏線を回収する、という構造だ。

 次のシーンでも、タモリさんが移動してきてロケ車を降りた場所は「だだっ広い水田」だった。ここでは、案内人が「イチ押しの古墳群を紹介する」というフリで、酒巻古墳群に連れていく場面だ。

ただの水田が広がっているようにしか見えない酒巻古墳群
(利根川の土手から、提供:竹下健一郎氏)

 「タモリさんが車から降りた後のリアクションから撮ろうと考えました。 なんてことのない普通の水田を見て、やはり『え? 古墳なんてどこにもないよ、どういうこと?』と戸惑っていました。このタモリさんの戸惑いや疑問は、当然見ている視聴者の『どういうことか説明して!』という欲求をかきたてます。タモリさんの心の扉を開くことが、視聴者の心の扉を開くことにもつながったわけです」(竹下氏)

「良質な疑問」こそ最高のフリ

 こうした「なぜ?」は、次へ続くシーンへのフリにもなっている。竹下氏はこうした疑問をコンテンツの受け手が抱くのは「次へのとても良いフリになる」と話し、その理由を「答えを聞くまではそのストーリーから気持ちが離れないからです」と付け加える。

酒巻古墳群の案内板(提供:竹下健一郎氏)

 ブラタモリは「町を歩くロケ」から成り立っている。タモリさんが街の中を歩くことで、画面の中でその周りの景色も変わっていく。それも視聴者を飽きさせないポイントだという。

 竹下氏は「刻々と変わっていく景色も立派な情報です。専門的な説明、知識、蘊蓄なども大事ですが、立ち止まったまま案内人の説明を聞くシーンが長くなってしまうと視聴者が飽きてしまいがちになります」と述べ、歩いて何かを発見するシーンを重視する。

 「経験が浅いディレクターが担当したりすると、どんどん取材や勉強をしてしまい、難しい説明に頼らざるを得ないシーンが増えます。そんな時にはプロデューサーが『それは難しすぎるよ』と指摘して、情報の深度を浅くしたり、そのネタ自体を落としたりすることもあります」(竹下氏)

知的満足感とわかりやすさのバランスが大切

 情報の深さから得られる知的満足感を与えつつ、その満足感を引き出すためのわかりやすさのバランスを取る番組づくり。これをリードするのがプロデューサーの役目でもあるようだ。

 これは博物館や美術館が地元の歴史や文化財を案内する際のストーリーづくりでも同様だろう。専門家が知っている知識を、あまり前提となる地域を持たない来館者や観光客に説明するには、提供する情報・知識の深さとともに、わかりやすさへのこだわりが欠かせない。

 素材選びや発見感を重視する伝え方や見せ方に工夫を凝らし、博物館や美術館の来訪者や海外からのインバウンド客に心の扉を開いてもらいながら、知的満足感とわかりやすさのバランスを取る――。『ブラタモリ』のストーリーテリングの手法は、文化観光に取り組むうえで学ぶべき要素にあふれていると言えそうだ。

(了)