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アイデアに学ぶ 「魅せる」展示とは?【ルポ】フランス・ベルギーの事例より

先日、数年ぶりに欧州を訪問しました。コロナ禍でどのような対応がなされているのか気になるところでしたが、ワクチン接種証明(pass sanitaire:衛生パスポート)を見せれば、基本的には問題なく入場できました。今回は、フランス・ナントにあるナント美術館とベルギー・ワーテルローの記念館を訪問しました。ともに共通するのは、来場者を引き込む仕掛けが多いところです。ユニークな事例でしたので、それぞれ順を追って紹介します。

◆歴史ある街に溶け込む美術館

フランスのナント市は、フランス西海岸のロワール川下流に位置し、パリから新幹線(TGV)で約2時間の距離にあります。街のなかには昔ながらの彫刻があふれ、中心にはブルターニュ大公城がそびえたちます。

『海底二万里』『地底旅行』など、SF小説の生みの親であるジュール・ヴェルヌの故郷にちなんで作られた、機械仕掛けの空想上の動物が動くアトラクションパーク「レ・マシーヌ・ド・リル」がある街としても知られ、近年は街の中にアートを取り入れることで観光業の発展に成功しています。

歴史的な雰囲気と新しさを感じる街を代表するナント美術館は、ナポレオン時代(1801年)に作られました。2017年に改装され、12,000点以上の作品のコレクションを所有しています。13世紀の中世絵画からはじまり、豊富な19世紀フランス絵画、さらには近現代までと幅広い時代を網羅しており、常設展と企画展の両方を楽しむことができます。

◆毎週木曜夜は無料入館日

私が訪問したのは木曜日の夜でした。木曜は、夜まで営業しており、19時から21時の間は入館料が無料になります。当時、企画展として「À la mode」が展開されていました。この企画展では、主要なテキスタイル美術館などから、18世紀に制作された200点以上の品々を集めて展示をしています。

象徴的な絵画のほか、貴重なテキスタイル、初公開のデッサン、衣服、アクセサリーなどが展示され、中には今回の企画展のために特別に復元されたものもありました。美術館が紹介動画をユーチューブで作成しておりますのでご覧ください。

18世紀のフランスにおけるファッションは、世界史の教科書などによって、多くの人が目にしたことがあるかと思います。

今回の展示は、まさに絵画の世界から抜け出してきたままでした。実際の衣装ももちろん展示されているのですが、それだけではなく、例えばカツラや扇、どのように彼女たちが当時の洋服を着ていたかなどの情報も丁寧に説明されていました。

◆絵画を「見るだけ」で終わらせないために

ユニークなのは、関連する美術作品も一緒に展示されていることです。たとえば、こちらの絵画では、絵画のなかでほほ笑む少女が着用していたであろうコルセットが並べて展示されています。実際に彼女が着用していたものとは異なるかもしれませんが、このような展示方法によって、観ている側は理解を深めることができるのです。

◆「あたりまえ」にとらわれないユニークな展示

企画展だけではありません。常設展でも、似たような仕掛けが施されておりました。多くの美術館では時代や作者ごとに分類されて展示されることが多いかと思います。しかし、ナント美術館では、歴史的な絵や彫刻の横に、突如現代的な作品が現れることもあります。

オーギュスト・ロダンの晩年の作で「地獄門」の一部ともなっている「三つの影」があるかとおもえば、部屋の隅に突如、ダチョウのはく製のようなものがあらわれるのです。

一見作品なのか、作品ではないのかわからないくらいなのですが、ゆったりとした展示スペースのなかに、突然「彼ら」は現れ、観るものを驚かせます。

現代アートと古典的な展示の部屋の境界線も、必ずしも年代別に区切られているものではなく、自然に、そして自由に行き来ができたことが特徴的でした。年代順や流派ごとの展示では出せない、美術館の個性があらわれていました。

◆美術館が伝えたいメッセージを読み解く

クロード・モネの「睡蓮」といった、巨匠の作品が展示される一方で、同じように現代的なアートも展示されています。

配置された順番や意図に気づくためには、背景知識やもっとじっくりと作品に向き合う時間が必要かもしれません。「ロマン派の彫像と、共産主義的プロパガンダをもじった毛沢東の肖像を並列展示するなど、行間をシニカルに読ませる展示も、ユニークと評判」と記している記事もあるので、注意深く作品の関係を読み解いても面白いでしょう。

◆「ワーテルローの戦い」を知っていますか

ワーテルローは、ベルギーの中心地であるブリュッセルから電車か車で30分ほどのところに位置します。英・プロイセン連合軍がフランス皇帝ナポレオンを打ち破った1815年の「ワーテルローの戦い」で有名な場所です。ベルギーのワーテルローで英軍と仏軍が火花を散らしたこの戦いは、英ウェリントン公が連合軍を率いてナポレオンを破り、退位へと追い込んだ歴史上重要な戦いとなっています。

ここには小高い人工の丘があり、頂上では黒いライオン像がフランスを遠目でにらみつけています。226段の階段を上ったあとに見える広大な野原では、約200年前に約30万人の兵士が結集し、半日の間に約5万人が死傷しました。

この丘のふもとにあるのが「MEMORIAL OF WATERLOO 1815」です。ここでは、ワーテルローの戦いがどのように行われたのかを展示物をもとに紹介しています。ナポレオンや歴史に興味関心がある人であれば絶対に訪れたい場所ですが、車でないとアクセスがしにくく、ナント美術館と比べると、あまり有名な場所ではありません。しかし、ここの展示が非常に優れています。

友人のベルギー人に連れていかれたのですが、最初はあまり深い関心がなかった私も、約2時間の滞在後には戦いの知識を深め、丘の上から見る野原の景色が全く違ってみえました。

◆多言語対応はどこまで必要か

日本の古戦場でも、かつて熊本県の田原坂を訪問したことがあります。ここにも、熊本市田原坂西南戦争資料館があり、訪問をする前と後で見える世界が変わったのを思い出しました。田原坂の資料館にも映像と模型で当時の戦争を表現した非常に優れた展示がありましたが、ワーテルローでは4Dの映像が使用されていました。

映像は20分程度で、グラスをかけて部屋にはいります。そこで、当時の兵士がどのように戦ったのか、目の前にある野原を舞台に戦いが繰り広げられます。言語は主に英語で構成されており、事前にスマートフォンで多言語対応したページを参照することもできます。日本語もありましたが、おもにグーグル翻訳などを利用しているせいか、あまり十分ではなく、途中で読むのをやめてしまいました。

しかし、完全な言語の理解を伴わなくとも、ユニークで心惹かれる展示が数多くあり、非常に印象深い場所として私の記憶に残っています。

◆古い展示物をデジタルでどう魅せるか

たとえばこちらは当時の印刷機です。印刷がどのように行われているのかを、実際の印刷機に映像を組み合わせることで、印刷の工程のイメージがつくようになっています。ほかにも、ギロチンが展示されており、ギロチンが映像によって下におりると、生首が籠のなかに落ちる様子を表現しているものもありました。もちろん、グロテスクなものにならないように配慮しつつも、史実をしっかり伝えるためにイラストで表現されています。

入館時に貸し出されたカードを「ViziT」の箇所に当てると、展示されているデジタルの絵に変化が加わり、絵が消えて中の展示物を映し出す仕掛けや、絵の前を通るとまるで映画のハリーポッターの世界のように絵が動き出すことも。飽きさせない工夫を数多く感じることができました。

◆「飽きさせない」工夫はアイデアから始まる

もちろん、一般的な展示に関連する絵画や、当時の様子を再現した通常の展示も数多くありました。入館料は大人で16~18ユーロとやや高額ですが、学んだ内容と照らし合わせると、決して高くない価格ではないかと思います。

多言語対応や、VR・ARの導入に目が行きがちですが、テクノロジーと実際の展示物を組み合わせることや、異なる時代の展示物を意図的に組み込むなどの「仕掛け」によって、言語を超えたより豊かな感動を来場者に与えることができるのかもしれません。