まちの魅力とアートをつなぐ「金沢 新天地」、官民連携が生んだまちなか美術館
石川県金沢市に2022年12月に出現した昭和レトロな飲み屋街「金沢 新天地」のアート企画。地元・金沢市と私設美術館「KAMU kanazawa」が連携して実現した、いわば“街中の美術館”です。スナップ写真やポートレート写真で世界的に有名な写真家・森山大道氏の作品をライトボックスによる突き出し看板で展示する「KAMU kanazawa TOWN hack」を開催中です。自治体と民間の連携が「アートな飲み屋街」となった背景を、現地からレポートします。
アートが街に溶け込む
北陸では代表的な繁華街の一つである香林坊・片町エリアは、金沢駅からバスで10分ほど。百万石通りの商店が連なり週末には多くの人で賑わう。この繁華街から一本裏通りを入ったところに別世界が現れる。
左右に小さな飲食店がひしめき合う「金沢 新天地」は、突然タイムスリップしたかのような昭和レトロな雰囲気をそのままに残しているエリアだ。
夕闇から夜へと変わる頃、灯りが灯される。ライトアップされた各商店の看板写真が目に飛び込んできた。
犬、タイツ、唇・・・ 。世界的な写真家、森山大道氏の代表的な作品40点をライトボックスの突き出し看板が、各店舗の看板とのマッチングを意識しつつ溶け込むように配置されている。
このアート企画は、金沢市が実施する文化観光のモデル事業の一環だ。金沢市で私設美術館を運営しているKAMU kanazawa(カム カナザワ)と連携して、金沢の夜の魅力度のアップ、近隣の回遊性の向上を目指しているという。
KAMU kanazawa館長の林田堅太郎氏は「東京でもやっていないような、みんなが『あぁ、贅沢だね』と思えるものを提供したかったのです」と話す。
「欲望と猥雑さを含んだ森山氏の作品と昭和の風情を色濃く残す新天地。両者は合うと、最初から思っていました。40点の作品は、メジャーな作品、一目で森山大道氏の写真だとわかるものを選びました」
「パブリックな展示を行うときには、ほとんど作家のことを知らない方もいるわけです。なんとなくでもいいから見たことがあるとか、そういった代表的なものを展示するように意識しました。また、時代性も意識しました」
「森山氏は昭和40年の頃から活躍されて、今も写真集を出している。昔のことだけでなく今もちゃんとある。近年の作品から昭和の作品までをセレクションしました」(林田氏)
通りを歩く人は、通勤帰りのサラリーマン、観光客、ファミリー層、若い女性、一眼レフをかまえる一人旅をされている方など、年代も幅広い。
民間の回遊型美術館と連携することにより、施策の認知度も単体の施策より高まり、日中でもインスタグラムで投稿している例が多く見受けられた。最近では海外の観光客も戻ってきている。特に台湾・香港には森山氏のファンが多く、インスタグラムで写真を見て「これが見たいから来た」という人までいるそうだ。
新天地という場所
KAMU kanazawaは、金沢21世紀美術館から数分の距離に位置する私設現代アート美術館で、2020年6月に開館された。中核となる施設「KAMU Center」を含め、徒歩圏に展示スペースが屋外も含め9つ点在している。昼は美術館の作品として鑑賞でき、夜は実際のバーとして運営している展示スペースもある。歩きながらまち巡りとアートを楽しめるのだ。
「KAMU kanazawaでは21世紀美術館からKAMU Centerまでの数分の距離を歩かせることに注力しました」と話す林田氏。
新天地のプロジェクトについて、実施までの流れを考えると、市内での看板設置は道路法などの規制や地元商店街の協力を得る必要があるなど、さまざまな課題があった。しかし、金沢市文化スポーツ局文化政策課主査の宮下裕樹氏は「新天地の商店街振興組合理事長の全面的な協力もあり、多くの店舗が『たくさんの人に来てもらえるなら』と、前向きな姿勢を示してくれたようだ」と話す。
このプロジェクトの実施により「エリアや商店街の活性化、文化施設の回遊性向上に繋がった」として、手応えを感じており、「まちなかでの展示に限らず、金沢の文化を発信するミュージアムイベントの充実や、文化施設の魅力向上に繋がる取組を行っていきたい」と宮下氏は話す。
「まちなかの美術館」を全国に
新天地アートを訪問したアートを主軸にした様々な事業に取り組むART OFFICE OZASAの小笹義明代表は「新天地のエリアの特徴と、森山大道氏の特色やキャリアが自然に融合していて、大変良い例だ。キュレーションが素晴らしく、現代のアートを看板という文化に落とし込み、その地域性を浮かび上がらせた仕立ても賞賛の価値がある」と驚く。
古民家など歴史的建造物を生かし「文化」として次世代に継ぐ取組を行う、株式会社つぎとの金野幸雄会長は、さらなる面的な広がりの可能性について、「空間が持つ価値と、アーティストの個性の融合が素晴らしい。驚いた。別世界を通り抜けると、さらにディープな路地、さらに記念交流館と旧料亭(※)・・・。これらの施設ももっと上手い活用があるだろうし、今回のような文化的開発を周辺に広げて、すごく面白い展開ができそうだ」と話している。
もし今後、こうしたイベントを継続していくなら、イベントに合わせて営業時間を変更する、特別メニューを作るなど店舗の運営事業者も様々な工夫の余地が残されているだろう。こうしたことを行うことで、さらに他地域においても自治体が環境を整備し、民間事業者が主体となって実施する好事例となるのではないだろうか。
尚、本企画は期間限定で、2022年11月11日から2023年3月31日まで開催。期間中は自由に鑑賞でき、夕方17:00-24:00 にライトアップを行っている。