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【森美術館】「来場者の目線」でSNSを構築し、美術館の未経験者を行く気にさせる―SNSマーケティング作法(前編)

2003年10月、東京・六本木という都心の一等地にそびえ立つランドマークビル「六本木ヒルズ」が開業した。それ以来、同ビルの最重要コンセプトである「文化都心」の推進役を最上層の53階で担ってきた森美術館(英語名:Mori Art Museum)。その森美術館でSNSを活用したプロモーションの立役者としてかつやくしているのが、洞田貫晋一朗(どうだぬき しんいちろう)さんです。洞田貫さんが考える「美術館・博物館のSNS活用」について、前編・後編の2回にわたって紹介します。

森ビルの文化事業部業務推進部でSNSでの発信を統括する洞田貫晋一朗さん

洞田貫 晋一朗さん
森ビル株式会社 文化事業部 業務推進部
広報・プロモーショングループ
広報・プロモーション担当 シニアエキスパート
2006年、森ビル入社。「六本木ヒルズ」の展望台部門で施設運営担当等を経て、2015年から森美術館のプロモーションを担当。東京都出身。

森美術館

都内に数多くある美術館・博物館の中で、森美術館は「展覧会(企画展など)の来館者数」は、常にトップ級にランク入りしている。

なぜ来館者数が多いのか。背景には立地の優位性だけではなく、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)という“現代の利器”を縦横に駆使したマーケティング戦略の巧みさが大きく影響している。

展示物の撮影OK、取り組まないのは「もったいない」

国立・公立系の美術館のように、人気の高い西洋伝統美術の展示はほとんどなく、現代美術をメインに展示するにもかかわらず、森美術館の展覧会を訪れる来場者数は、東京で常にトップクラスを維持し続けている。その集客にも影響を与えているといえるものが「撮影OK、シェアOK」というSNSの活用だ。推進を重視し、他に先駆けて導入してきた。

「ほとんどの美術館や博物館が展示物の写真撮影を禁止しているのを、ずっと『もったいないな』と思っています。『写真を撮れるようにしたら、見に来てもらえなくなる』と考える関係者が多いようですが、実際に起きていることは逆だと思うのです」

美術館を訪れた人が、見て感動した作品を写真に収めて、自分のSNSで発信する。それによって興味を持った人が、美術館を訪れて、また自分が見たものや気に入った作品を自身のSNSで発信する。こうした「シェアする美術」の広がる効果は、今では当たり前のようになってきた。

「美術館も来場者を増やしたいと思っていますが、それを実現するには『美術館に行ったことのない人』をどう呼び込むかにかかっています。SNSをもっと活用すべきだと私が思うのは、美術館に興味がなかった人にも届く可能性が最も高いメディアだからです」

スマホ「9割普及」の価値をクリエイティブ・コモンズの活用で伸ばす

SNSが広まるけん引役となったスマートフォン(スマホ)の普及率は、国内では2022年時点で94%に達する(NTTドコモ「モバイル社会研究所」調べ)という。

そのほぼ全部にカメラが搭載されており、自分の携帯電話で写真を撮るという行為は、「写メ(写メール)」という言葉が流行し始めた2000年代初頭から国内では定着しきっている。

にもかかわらず、美術館や博物館での撮影禁止は、長く「当たり前のこと」として省みられてこなかった。そこで森美術館は2009年に「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」という仕組みを導入して、展示作品の「撮影OK」を日本の美術館では初めて実現した。

クリエイティブ・コモンズとはネット時代のための「新しい著作権ルール」とも呼ぶべきもので、一定の条件を守れば、作品を公開する作者の作品を「自由に使ってよい」という意思表示に使われるツールだ。作者は著作権を保持しているが、「商業利用しない」などの条件(複数あり多岐にわたる)を守れば、SNS上でシェアが可能になる。

「昔は美術館に行っても、作品を見てきたことは絵葉書などを買って、誰かに送るしか伝える方法がなかった。でも誰もが撮影できるSNS時代には、リアルに美術館へと出かけて、実際に見てきた体験が価値になる」と洞田貫さんは強調する。

以前はきれいで珍しい作品の写真だけをツイッター(Twitter)やインスタグラム(Instagram)などに載せるだけだったが、最近では解説も詳しく書いている投稿や、「今、見に行くべき展覧会トップ3」のようなファンを集めるためのアカウントも多く登場してきている。

写真撮影とSNSへの投稿を呼び掛ける

「個人がメディアになる時代」に美術館のSNS活用は不可欠

「個人の発信がメディアのようになってきた現状は、美術館には追い風です。ラーメン屋さんが『うちの店は旨いです』というよりも、お客さんが『この店は旨い』と書いた方が説得力と信用度が高まる。それがSNSの本質であり、活用すべき部分だと思います」

今では、スマホで情報収集をしている時間は1日あたり136.3分(2021年、デジタル系調査会社Glossam調べ)と前年から約10分増えたという。そのうちSNSを通じての収集は77.8分と、ネット検索(62.6分)やメディア(37.6分)の利用時間を上回っている。

「主要駅や街の中に貼ってあるポスターは今も重要です。見た人の『頭の片隅』に少しでも残るようにしておくことで、集客につなげたい。それと同じように、SNSを見ている人が『友人や知人が見にいって感動していた作品』などが記憶に少しでも残れば、『行ったことはないけれど、ちょっと見たいな』に結びつく可能性があります」

日比谷線改札出口に見られる駅のポスター

「来館者の目線」どこまで保てるかがカギ

そこで洞田貫さんは、国内の美術家や博物館にSNSの有効かつ積極的な活用モデルをまとめた書籍『シェアする美術 森美術館のマーケティング戦略』(翔泳社・刊)を2019年6月に出版した。

そんな美術館のSNS運用の中で、洞田貫さんが重視しているのは「来館者目線での投稿」である。撮影はできる限り自分のスマホを使い、いろいろな視点から撮影することで「どう見れば面白いか」を考えていく。

「来館者の方が投稿した内容を参考にすることも非常に多いですね。ある作品では、プロが撮った作品写真より、来館者の方が床に近い目線から撮影した方が迫力もあり、リアリティがあると思いました。そういう発見をシェアするようにしています」

まずは写真を何枚も撮りためて、後日、どのような写真や動画を投稿するかを決めるという。その撮影時に考えたことや周囲を見て気づいたことなどは文章にして書き込むようにしているとのこと。

インスタライブ アナザーエナジー展(2021年)
(写真:三島喜美代 | Mishima KimiyoInstallation view: "Another Energy: Power to Continue Challenging - 16 Women Artists from around the World," Mori Art Museum, Tokyo, 2021 )

逆に、展覧会のカタログなどに収蔵されるようなプロが撮影した写真は使うことは少ない。文章の内容も、展覧会を企画・誘致したキュレーター(学芸員)が書くような専門的なものは、参考にするし、実際に話も聞くが、相手に簡潔に伝わることを大事にして投稿するようにしていると、洞田貫さんは付け加える。

「美術館や博物館のスタッフは『玄人受け』したい、と考える傾向が多少あるように思います。自館の企画や展示内容に少なからずプライドもあるからでしょう。確かに展覧会の企画は洗練されたものが必要不可欠ですが、SNSでの出し方は来館者の目線にした方が良いのです。これは業界全体に求められているひとつの柔軟性だと思っています」

このため、各美術館や博物館でSNSの運用を担当する人も、企画者側の人よりも、一歩離れた立場の人がベターだと洞田貫さんは推奨する。

「SNS運用を担当する専属のスタッフはいた方がいいと思いますが、企画者が直接やるとなると来館者との“温度差”を埋められないと思います。企画者は熱く、お客さんはライトな人がほとんどですから、企画者でSNSを担当するなら相当クールさが求められるでしょう」

奇手には頼らず、基本情報を忠実に発信

かといって、ことさらにフォロワーを増やすための"しかけ”はしていない、と洞田貫さんは続ける。

「ツイッターなどではSNSを運用する『中の人』がとてもユニークで、場を盛り上げるのが上手な方もいます。しかし、美術館のSNSは砕けた感じになっても意味がないんですね。3〜4カ月で展示が変わっていくので、中の人が個性的すぎると肝心の展覧会の情報が霞んでしまう。属人的な要素はできるだけ排除して、基本情報をきちんと発信することが大切です」

森美術館では展覧会によって差はあるものの、リピーターが約50%、新規の来場者数も約50%と、半々の比率だという。

「美術館に行ったことのある層や森美術館のリピーターは、SNSをフォローするなどで自分から情報を取りにいきます。でも届けたいのは新規の来場者ですから、どうすれば美術館に興味もなく、行ったこともない人の深層意識に刺さるかを考えていくのが重要です」

リピーターを増やすのは新規の来場者数を増やしてこそ。だからこそSNSを活用することが必須なのだと、洞田貫さんは強調する。

六本木クロッシング2022展(2022年)
(写真:市原えつこ Ichihara Etsuko Installation view:
"Roppongi Crossing 2022: Coming & Going," Mori Art Museum, Tokyo, 2022-2023)

(文・三河主門)

(後編につづく)

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