「ホネホネ団」「秘密基地」……。 博物館のサークル活動に見る“自家発電”の仕組み(前編)
私は小さな頃から旅好きでした。はじめての一人旅は小学3年生。当時住んでいた浦安市から電車を乗り継いで仙台へ。車窓に流れる景色に見とれ、改札の向こうに友達の顔を見つけた時のホッとした気持ち。出会った人は親切で、食べものはみんな美味しく、驚くことばかり。旅ってなんて楽しいんだろう……。
それから、図書館で時刻表をひらき、変な形の日本列島の路線図を眺めてはいろんな旅程をシミュレーションし、実行する日々が続きました。移動が青春18きっぷから空路になり、地図がグーグル・マップになった今でも、訪れたことのない土地の様子を考えるだけでワクワクが止まりません。
そんな「観光」と、土地の「文化」を一緒に楽しみ守って行こう、という新しい試み――文化観光――がはじまっています。しかし、仕掛け人になる地域の側にとっては、いったいどう盛り上げていったら良いのか、特に住民をどうやって巻き込み、自主的に動いてもらうのかは悩みの種でもあるようです。
今回は自然史系のミュージアムで活発な「サークル活動」のうち、博物館の魂である資料(標本)づくりに関わる3つの例を通して、その魅力をお伝えします。
サークルって何だろう?
演劇、乗馬、音楽、ボランティア……。大学の入学式で勧誘を受けた思い出はありませんか。大学でのサークル活動は、学生が自主的に立ち上げた課外活動のこと。部活よりはちょっと自由で面白い。そんな集まりになぞらえて、ここでも博物館の市民の自主的な集まりをサークルと呼んでみます。まずは私の関わる大阪から、代表的なサークル活動をご紹介しましょう。
1:大阪市立自然史博物館・なにわホネホネ団(大阪府)
一度聞いたら忘れられないインパクトの名を持つこの団体は、私が代表を務める哺乳類と鳥類の標本作成サークルです。地域の生物相を記録する役割を持つ自然史博物館は、交通事故や窓ガラスへの衝突事故などで亡くなった野生動物の遺体を集めています。冷凍庫に保管された動物たちは剥製や毛皮、骨格標本になって収蔵庫に入ります。なにわホネホネ団はそれをお手伝いしています。
もともと私が学芸員に標本作りを習い始めたのがきっかけです。あまりにも面白いのでいろんな人に声をかけたところ、自然発生的に人が増えて今の形になりました。
子どもから大人まで参加していますが、博物館に納める標本を作るのが目的なので、技術についてはものすごくシビアです。小学生でも上手な人は尊敬され、大人でも下手ならいつまでも下っ端扱いです。入団には試験があり、タヌキ一頭を一人で解体できないと合格できません。
こんな厳しめの集まりですが、年々入団者は増え続け、現在440名の団員が所属。(コロナの活動制限前で)年間延べ550~600名が参加する大人気ぶりです。
ポイントは、普段はできないマニアックな「作業」
ホネホネ団の団員たちにとって、参加の楽しみどころは何なのでしょうか。小中学生の団員に聞いたところ、「生きものの話ができて、友達ができて、博物館の役に立つところ」と言われました。団員は動物を直接触って学びたいと思う人たちの集まりですから、「私アナグマの足裏好きやねん」「わかるー」のような、学校のクラスでは突き抜けすぎている話題もここならいくらでも話せます。
獣医や環境アセスの調査員など、動物を相手にした仕事をしている社会人もおり、お互いに質問しあって盛り上がっています。1日終わればたくさんの標本が出来上がり、学芸員は喜びます。この、「ちょっとマニアックで少し技術も必要、作業自体に意味があり、普段会わない人に会えて、終わったら喜ばれる」のがポイントのようです。
「塵も積もれば山となる」とはこのことでしょうか。増えた標本は2003年の結成以来、哺乳類1800点以上、鳥類2500点以上になりました。団員の一人が2019年の第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会でこの成果を報告したところ、増加した標本点数に会場がどよめいたそうです。
2:過疎地域の秘密基地をつくる:戸隠地質化石博物館・とがくしぼうけん団(長野県)
「博物館で標本づくり」をするのは大阪だけではありません。戸隠地質化石博物館は旧戸隠村の廃校を利用した施設です。3階は常設展示フロア、2階はいわゆる「見せる収蔵庫」、1階は人が集うフロアです。
学校の機能をこれでもかというほど使い倒しているのが特徴で、図工室は標本制作室に、図書室は骨格標本がぎっしり詰まった展示室(通称ホネ部屋)に、プールはキリンやゾウなど大型動物を水漬けする巨大水槽に活用するなど「僕らの秘密基地」感が満載です。
とがくしぼうけん団はここを舞台に活動するサークルです。2006年頃までは学芸員と数名で骨格標本作りをしていたのが、平成の大合併で戸隠村が長野市になったことをきっかけに作りためた骨格標本を特別展で公開したところ、入団希望が急増しました。通称「解剖団」として活動を続け、2017年に「とがくしぼうけん団」に改名しました。
最寄りの駅から車で40分、最寄りのバス停からも徒歩40分という立地ながら、著名な解剖学者を招いた講演会(小学生に手紙を書かせて講師を口説き落としたエピソードも)、市内の動物園で亡くなって敷地内に埋めていたアジアゾウの発掘と洗浄、その組み立て……。参加すればするだけ面白い企画を続々と繰り出しています。
参加者も森林インストラクターから元警察官、年齢も幼児から60代までと多様。37.6万人の長野市で150名を超えるメンバーが関わっているのは、学ぶことに熱心な長野の県民性ゆえでしょうか。
3:資料の価値を高めつづける:倉敷市立自然史博物館友の会・脊椎動物グループ(岡山県)
最後に、この博物館を積極的に利用する人たちの会「友の会」をご紹介しましょう。会の中にはバードウォッチング、海岸植物、昆虫など、興味や目的に合わせたサークルがあります。倉敷市立自然史博物館で標本関係の作業を行うのは脊椎動物グループです。
学芸員一人が世話役につき、市民側のリーダーと調整役を務めます。専門的な技術習得への関心が高く、2018年度には外部助成金を獲得して、県内に保管されていた損傷の激しい鳥類標本152点を修復するプロジェクトに取り組みました。ドイツの博物館で標本作製技師経験のあるプロを講師に招き、トリアージとクリーニングの手法、欠損部分の補完などを学び、最終的に10ヶ月で92点もの剥製を修復し、館内でお披露目します。
一見すると廃棄しか選択肢がないような標本でも、市民の技術習得によって未来へ残せることを証明したのでした。展示をみた市民から新たな剥製の寄贈も相次いでいるといいます。
サークル活動は、くるくる回る発電システム
元気なサークル活動は、私の中で「結(ゆい)」とか「もやい」と呼ばれる共同作業のイメージがあります。田植えや草取りのように、目標を共有しながらみんなでワイワイ働いて、振り返ればきれいになった田んぼが風に揺れている。私がちょっとだけ頑張って動いた時間が、誰かと何かの役に立つ。関わる人たちが自由にくるくる動き回り、楽しさと学びで自家発電できる集まり。そんなサークル活動が全国に広がることを願っています。
文化観光コーチングチーム「HIRAKU」専門家
西澤真樹子(NPO法人大阪自然史センター職員、大阪市立自然史博物館外来研究員、近畿大学非常勤講師、きしわだ自然資料館専門員、国立民族学博物館共同研究員)