見出し画像

変わる美術館の役割

美術館と社会との関わりは、ここ三十年で大きく変化をしてきました。
美術品を保存・展示するだけではなく、地域に溶け込み、ともに成長する美術館の在り方について、十和田市現代美術館館長の鷲田めるろ氏にインタビューをしました。

十和田市現代美術館館長 鷲田めるろ氏
<プロフィール>
金沢21世紀美術館を経て2020年より現職。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館、あいちトリエンナーレ2019キュレーター。著書『キュレーターズノート二〇〇七−二〇二〇』。『すばる』『東奥日報』『デーリー東北』に連載。

美術館は、作品を収集して保存し、展示するというのが主な役割でしたが、ここ30年ぐらいで社会から求められる役割が大きく広がったように思います。振り返ると、1980年ころはバブルの時代だったので、美術館は他の地域にならって作られ、「東京や大阪などの大都市に行かなくても、それぞれの地域でいろいろな美術に触れられる」という状況を作るのが目標でした。

しかしその後、バブルがはじけて、企業も国も美術館などの文化にあまりお金をだせないという状況になっていきました。1999年にセゾン美術館、2001年には東武美術館……など、閉館する美術館も増えていきました。
このあたりから、「閉塞した社会や疲弊していく地方を変えるような美術館」、言い換えれば「社会や地域の役にたつ美術館」というのが求められるようになりました。

衰退したスペイン工業都市の美術館が集めた観光客

有名な事例として1997年に開館したスペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館があります。ビルバオはスペイン屈指の工業都市でしたが、1990年代以降に産業が衰退し、ビルバオの経済活性化の一環として美術館を開館することになりました。その後、美術館を中心に人気観光地となり、世界中から観光客を集めています。

こうした流れのなかで、2003年に六本木の森美術館、2004年には金沢21世紀美術館、2008年に青森の十和田市現代美術館など、地域作りと結びついた美術館が日本でも続々と開館していきました。
2000年には大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ、2010年には瀬戸内国際芸術祭など、美術館の枠をこえて街中や自然の中にアートを展示する芸術祭がでてきています。

作品と能動的に関わる

今でこそ、現代美術を身近に思う人も多いかもしれませんが、20年ほど前は今よりもっと「現代美術とは難しいものだ」という風潮が強かったように思います。こうした状況を変え、頭ではなく体でアートを感じられる場作りをしたいと思っていました。だからこそ、金沢21世紀美術館で学芸員として立ち上げに携わったときに力を入れたのが、中に入り込めるような大規模な常設展示です。展示空間を含めて作品とみなし、五感で感じるアートのことです。例えば、レアンドロ・エルリッヒ氏の「スイミング・プール」は、見る人の能動性を大事にした作品です。

レアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》2004
金沢21世紀美術館蔵
(撮影:渡邉修 写真提供:金沢21世紀美術館)

プールの中からも外からも楽しむことができます。水面を挟んで知らない人同士であっても、上から水の下を覗き込んでいる人に向かって、下にいる人が勝手に泳いでいるような恰好をパフォーマンスとして行う、など「しかけ」に気付いた観客は作品を通して次々に反応をしていきます。

その後、SNSのブームがやってきて、観客がどんどん自分たちで面白いポーズを撮って発信していく……という流れがひろまり、作品も美術館もますます知られるようになっていきました。

街の特徴を生かした美術館をつくる

美術館を設立するときには、街との関係性や街の特徴をより生かしていくことが非常に重要になってきます。その国や地域の文化を知ったり、見たりできる場所としても、美術館や博物館は存在するからです。地域の在り方と切り離して考えることはできないのです。

地元の人にとって、美術館の役割は大きく2つあるのではないかと思っています。1つは地元の人自身が、美術を楽しめる場となること。もう1つは、美術館を目指して外から人が訪れ、その人たちが街に流れてくることで、地域にお金がまわることです。

例えば、金沢21世紀美術館は隣に兼六園があり、観光客が多く訪れます。もともと古い伝統のイメージも強かったと思うのですが、美術館ができたことで「伝統もあるけれど、新しいものもある文化的な街」という印象が街に新たに加わったのではないかと思います。さらに、コロナ禍の前にはなりますが、金沢市の46万人弱の人口に対して230万人もの人が年間で来館していました。

金沢21世紀美術館 外観
(撮影:渡邉修 提供:金沢21世紀美術館)

他方、十和田市現代美術館のある十和田市は街の規模が小さく、人口は約6万人です。それに対して、来館者数はコロナ禍の前ですと年間15 万人程度となっています。観光客だけではなく、地元の人が何度も来てくれることが多い美術館でもあります。企画展エリアよりも、常設展エリアが広く設けられている美術館だからこそ、地元の人がどう楽しんでくれるかを考えなくてはなりません。

十和田は、金沢より規模が小さいこともあり、かなり地域に密着した美術館です。市民の常設展観覧料が無料となる日に合わせてギャラリートークをしたり、市内の学校にバスを手配し生徒に来てもらって、一緒にワークショップをしています。

十和田市現代美術館 (撮影:小山田邦哉)

ボランティアがつくる街の外と中の交流

2021年4月からは新しい取り組みとしてボランティアのアート・コミュニケーターの育成をすすめています。

街の人や青森県に観光に訪れた人が現代美術を見るときコミュニケーターによるサポートがあることで、より深く作品を理解してもらえますし、地元の人と外部の人との交流もできるのではないかと思っています。作品の鑑賞サポートから派生して、街の人たちが自分たちのおすすめの場所やレストランを伝えれば、外から来た人も、街のいろんなところに訪ねて行きやすくなります。ただテキストの解説を読むよりも、印象的な体験になるのではないでしょうか。

ボランティアによる来館者向け鑑賞プログラム【げんびさんぽ】で
常設作品 塩田千春《水の記憶》を鑑賞している様子

ボランティアのかたに対して作家さんがレクチャーをする機会も提供しています。そこで深めた解釈や理解を来館者のかたに伝えていただいたり、質問をされたりすることで学びの循環が続く。企画展示だと、変わっていくたびにリセットされてしまいますが、常設展示はずっとそこに作品があり続けるので、自分たちの街にある作品として、より深く知ることで愛着も持ってもらいやすいかもしれません。

「つながり」を増やすことで、コレクションの活用を促進する

寄託制度というのも2021年の4月から始めました。個人コレクターのかたから、作品を長期で借用して常設展示して見てもらう取り組みです。今まで倉庫だった場所を改修し、展示室にしています。

名和晃平《PixCell-Deer#52》(撮影:小山田邦哉)
2021年4月より常設展示している寄託作品 ※2023年9月まで展示予定

個人コレクターのかたや企業のコレクションと連携をし、充実させていけたらいいなと思っています。例えば、ベルギーでは個人コレクターのかたがすごく多く、彼らの持っているコレクションをベルギーの美術館はうまく活用することができています。こうした事例を参考にしたいです。

ほかにも、青森県内では五つの美術館で現代美術を扱っています。青森県立美術館、青森公立大学国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館、十和田市現代美術館です。今後は五館でもっと連携し、一緒に企画などもできたらいいなと考えています。

将来的には、国が収蔵している作品を、長期間地方の美術館に展示するという取り組みもできたらうれしいです。

取材/文化観光コーチングチーム「HIRAKU」