デジタル活用の展示は「3カン」で考えよう――文化観光コンテンツづくりのポイントを乃村工藝社の専門家に聞く
博物館や美術館でも、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)そしてAI(人工知能)などのデジタルテクノロジーを駆使した展示が注目されるようになっています。来館者の理解を助けるデジタルテクノロジーは導入に初期投資や運営コストが必要になるものの、観光客を集める目玉になり得ます。
この技術を活用して「わかりやすく魅力的な展示」を企画する際には、博物館・美術館側ではどんな準備をすればいいのでしょうか。展示企画の大手でデジタル関連の展示に詳しい乃村工藝社のクリエイティブ本部コンテンツ・インテグレーションセンター(CIC)でデジタル・プランニング部(2025年3月から「UXデザイン部」)を率いる美馬弘宜・部長に、文化観光の視点からの「デジタルコンテンツづくりのポイント」をうかがいました。
インタラクティブな体験を多言語で展開しやすく
デジタルテクノロジーによって文化財の価値を魅力あるコンテンツにする利点は、利用者にインタラクティブな体験を提供できるほか、多言語対応がしやすく、コンテンツを変更しやすい点などが挙げられる。
「AR/VRは10年ほど前から博物館や美術館の各種展示で使われ始めました。最近ではAIも組み合わせて何かやりたい、という依頼も増加しています。来館者は個々人で異なった興味を持っています。AIを上手に活用できれば、その人ごとの興味に合った楽しみ方を提供するなど、より深い体験につながると思います」(美馬氏)
文化や観光と相性がよいAR/VRやAIといったデジタルテクノロジーだが、博物館や美術館、観光施設での展示に利用する企画を考えるには、どこから着手すればいいのだろうか。
発想が近い起業家をAIで学ぶ「あいち創業館」
JR名古屋駅から約7分のJR鶴舞駅近くに、2024年11月にオープンした「あいち創業館」(名古屋市)がある。愛知県にゆかりのある「革新的な事業を興した創業者・経営者の業績を伝える」目的で、同県経済産業局が中心となり開設した。トヨタ自動車をはじめ数多くの企業を興してきた起業家を輩出した愛知県ならではの施設といえる。
同館開設の目的は、起業家たちの活躍や取組を紹介し、起業そのものに興味を持ってもらうこと。起業や商品化に興味がわくような仕掛けが用意されている。
「フクロウの姿をした“AIコンシェルジュ”の質問にいくつか答えると、その人に発想が似た実在の実業家を紹介する仕組みがあります。近くの書架にある書籍の中からお勧めを教えてくれ、興味を持った人は『その起業家がどんな人物だったのか』を学ぶことができます」(美馬氏)
「発想の間」という展示コーナーでは、自分が考えているテーマに沿って「こんな商品を作ってみたい」といった発想を膨らませることもできるという。美馬氏は「自分のアイデアを残すことができ、他者のアイデアも参照できる仕組みがあるので、起業を考えている人たちには大きな刺激をもたらすでしょう」と、デジタルテクノロジーの活用術の一例として紹介する。
使い方次第で様々な可能性を提供できそうなデジタルテクノロジーだが、それ自体はあくまでツール(道具)に過ぎない。「それらを使って何をどう表現するか」、そして「他のツールでは不可能な、どんな体験を提供できるか」が最も重要になる。
「五感」「時間」「空間」の3カンを超越する特性
そんなデジタルテクノロジーで展示の企画を考える際のポイントを、美馬氏は次のように提案する。
① 「五感」を切り取る
② 「時間」を切り取る
③ 「空間」を切り取る
これらを「3カン」と呼ぶとしよう。①五感とは、普段はあまり鳴き声を発さない鳥や動物の声を再現したり、現地でないと嗅ぐことのできない匂いを漂わせたりするなど、「視る」「聴く」「嗅ぐ」「味わう」「触る」の5つの感覚だ。「予算との兼ね合いもあり全てを表現できるわけではないのですが、匂いや触覚などはスマートフォンなど、VRデバイス以外のもので補完することも可能です」と美馬氏は説明する。
一方、「②時間」「③空間」を切り取る例はわかりやすいだろう。一例が徳島県立博物館だ。
②時間の切り取りでは、特定の季節にしか見られない景色や過去など、時間・時期が限られたものをARで再現することだ。徳島県立博物館にある「AR虫めがね」では、備え付けのタブレットを恐竜の化石にかざすと、生きた恐竜が動くCGを楽しめる。
③空間の例では、秘境に生息する動物や、高い木の上にある巣の中など、簡単には見られない場所にあるものを再現する。
乃村工藝社が手がけた他の事例では、2022年春にリニューアルオープンした「山梨県富士山世界遺産センター」がある。富士山の登山・下山を疑似体験しながら、現地でしか体験できないはずの景色と空間を楽しめる。また、「富士山VR」(VRゴーグル)を使用すると、空からの景色など通常では見られない視点からの360度映像を体験できる。
美術館や博物館が保有する文化財や文化的資産を、「五感」「時間」「空間」の“3カン”の視点から、どのように活かし、どのように見せると魅力的なのか――。これを意識することが、AR/VRを使ったコンテンツを企画する際のスタート地点になる。
集客力アップでオープン初日に行列も
デジタルコンテンツや展示の集客力は非常に高いという。徳島県立博物館は、オープン初日に「AR虫めがね」を目当てに長蛇の列を作った。
ただ、1回やってみたら満足してしまい、常に再訪につながるとは言いづらいのがAR/VRでの注意点でもある。文化観光のコンテンツにする際には、対象となる文化資源の何を見せるか、鑑賞者のニーズを想定して慎重に検討する必要があるだろう。
また、博物館や美術館として、多くのコストをかけずに継続的に集客につながるAR/VRとは何だろうか。
「コンテンツの拡張やアップデートで、
1.イニシャルコストやランニングコストを最小限にした設計
2.何度も体験したくなる動機づくり
――を念頭に、新しいコンテンツをご提案しました」と美馬氏は言う。
その例が徳島県立博物館のデジタルコンテンツ『化もの絵巻AR』だ。館内に置いてあるタブレット端末で自分の写真を撮影すると、モニターに表示される「化もの絵巻」の中の、化ものの顔が自分の顔写真に置き替わる。それが動くことで、絵巻の世界に入りこめる。
2023年2月1日のスタートから、開館日には行列ができるような好評が続いているのは、なぜか。『化もの絵巻』は複数の中から自分がなりたい妖怪を選ぶことができるので、一度試した後も「今度は別の妖怪に」と、繰り返し遊べるのが楽しいからだ。
また、必要な設備はタブレット端末1台と、モニター4台のみ。Web上で写真と絵巻を合成するため、技術的にはそれほど難易度の高い仕組みではない。低コストで集客につなげられた好例といえるだろう。
「コンテンツのアップデートや仕掛けなどは、『ゲーム性』とでもいうような、何度でも体験したいと思ってもらえるような工夫が重要になります。ただ、『面白ければ何でもいい』という単純な話ではありません。博物館での学びや気づきにつながっているかという考え方もあるので、私たちも常に課題意識を持ってコンテンツ開発に取り組んでいます」(美馬氏)
新しい技術・端末が展示の可能性広げる
デジタルテクノロジーはハード面でもソフト面でも絶えず進化し続けている。映像機器の進化とともにより没入感のある映像を表示できるようになり、より魅力的なコンテンツを表現することも可能になる。
その一例として美馬氏が紹介するのが、「玄海海中展望塔」(佐賀県唐津市)だ。日本海側で唯一の海中塔として1974年にオープンした海中水族館だが、内部はシンプルな作りで老朽化により来館者数が減少していた。
そこで「窓から海中の景色を楽しめる」という機能は残しながら、天井や壁面にプロジェクションマッピングを投影するリニューアルを実施。これにより「SNS映えする施設」へと生まれ変わった。
360度映像と立体音響、水の揺らぎを表現するウォーターエフェクトライトなどの照明技術により、まるで海の中に潜り込んだような臨場感あふれる体験が楽しめる。
九州の日本海側にあり、大都市圏から集客がこれまでは難しかった交通アクセスが良好とは言いにくい立地という玄海海中展望塔だが、2024年4月のリニューアルオープンから来館者は半年で6万人を超え、目標を軽くクリアできる見込みだという。美馬氏は「マーケティング施策としてSNSインフルエンサーも活用したことで、予想以上の反響を得られました」と話す。
地方文化や独特な地形から生まれる景勝地など、地方には価値ある観光資源があるものの、その近隣にいる人々が魅力に気づいていないことも多い。デジタルコンテンツ制作の専門家として、美馬氏は「観光資源を活かすために『この技術、ツールが最適なのではないか』と提案もできます」と話す。
これまで実物がなければ表現が難しかった地域文化の価値や魅力を発信できるAR/VR/AIなどのデジタルテクノロジーは、これからますます重要な「表現ツール」となっていくだろう。
(取材・文・写真:山影誉子、編集・構成:三河主門)