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持続的に文化を育む。振興する。経済を回す。

最近、文化振興は、人の営みにとって大事な潤滑油のようなものだと感じることが多い。現在の高度に効率化された社会には、ゆとりや温かみが足りない。ギクシャクしていると思う。

もっと人それぞれが、文化に触れ、一緒に育んでいくことができれば、より豊かな日常を生み出すことで出来るのではないだろうか。

そんな問題意識があってか、数年前から文化観光という取り組みが始まっている。「文化振興を起点に、観光振興を進め、地域を活性化して、文化振興への再投資をする」というものだ。文化振興への再投資が回るほどの好循環を達成できた取り組みこそ、まだ少ないとは思うが、これまでの停滞感から脱する兆しが間違いなく生まれていると感じている。

最近では、「文化の担い手が増えた」、「作り手と買い手という両方の担い手が生まれ、その間や周辺で経済が回り始めた」という話が、インターネットのニュースでも目に付くようになってきた。

文化の担い手は誰?課題は?

言うまでもなく、学芸員、アーティストや職人、そして古くからの伝統を今に引き継ぎ暮らしている人々などは、文化の担い手だ。文化を研究したり、作品を作ったり、文化を体現したり、自分の出来ることをこれまでも粛々と進めてきた。

もちろん、趣味人や富裕層も文化の担い手だ。折に触れ、文化との関わりを持ち、文化を自分の生活に取り込んできた。中には、経済的な支援を行う企業や個人のパトロンもいて、文化振興を下支えする役割も担ってきた。

一方、博物館や美術館などの文化施設への来訪者には、コロナ禍の影響を別にすれば、インスタ映えなどの新しい関わり方も含めて、層の広がりが感じられる。既に文化の担い手であり、担い手候補生でもある。

こう見ると、一見上手くいっているようにも思えるが、何かが足りない気がする。冷静に見ると、「文化振興への再投資が至る所で起きているといった未来」は、まだ遠くにあるような気がする。実現のスピードを上げるには、何が足りないのだろうか。 

課題は色々ある。少し大袈裟だが、学芸員やアーティストや職人の活動は、孤軍奮闘といった状況のように感じる。収入面での課題も大きい。富裕層、パトロンに関しても、世相の変化もあり、支援の総量が減っているような気がする。もしかしたら、中長期に亘って応援するという対象を見つけられないでいるのかもしれない。

一方で、文化施設への来訪者は、「見る喜び」、「楽しむ喜び」に留まり、「学ぶ喜び」に向かう人がまだまだ少ない。新しいものに触れることが重視され、深く知りたい、極めたい、文化を育みたいという感覚は十分に生まれていないのではないだろうか。また、来訪者を受け入れる博物館、美術館などは、コロナ禍の休館や入館者減などが大きなダメージとなり、足元の収益確保に奔走しているところも多い。

このように文化の担い手は揃っているものの、残念ながら立場ごとにバラバラな動きで、一体となって文化を育めているとは言い難い状況と言える。

文化施設は司令塔、学芸員とアーティストは文化の主役に!

この状況を打破するには、それぞれの立場をつなぐ司令塔が必要だ。学芸員、アーティスト、職人、趣味人、富裕層、パトロン、文化施設への来訪者など担い手の多くが個人だということを考えると、司令塔の役割は、やはり組織として動ける美術館や博物館などの文化施設が担うべきだと考える。

まず取り組むべきは、自らが育みたい文化、そしてその他の担い手が育みたい文化を括るコンセプトの言語化だ。さらに、コンセプトに基づいて、「作り手」と「買い手」の交流を能動的に生み出していく活動がいる。文化施設への来訪を促す敷居の低い取り組みから、趣味人や富裕層を満足させる質の高い取り組み、更には思わず応援したくなるアーティストや学芸員や職人と出会える取り組みなどを揃えていく。

もちろん、ある担い手の活動をアーカイブした取り組みを、別の担い手に上手く使って盛り上げたり、立場の違う担い手同士の交流を促したりする工夫も必要となる。文化施設には、文化振興の鍵を握るプロデューサーとしての役割が求められているのだ。

一方、学芸員やアーティストや職人には、自らが育んでいる文化を、受け手、さらには将来の「買い手」に、分かり易く伝える努力が求められる。価値の中身を最も分かっている人だからこそ出来る深みを、体験と共に伝えていく。自分には当たり前と思えることの中に埋もれている沢山の価値も取り出して「見せる化」していく。

学芸員やアーティストや職人は、内に籠るのではなく、積極的に外に出て自分をアピールしていくことが大事なのだ。自分の作品や研究に価値を定め、自分の生き様、日常を伝えることで、より大きな価値に仕立てる努力をする。

顔の見える存在になり、主役の座についていく。その際、自分の持つ技や感覚を伝えるコンテンツ、育んでいる文化に因んだtips、日常の何気ない気づきなどを、写真、動画を交えて残していくことも大事だ。コンテンツがある程度溜まれば、テーマごとにストーリーを作って、シリーズものとして骨太なメッセージを伝えることも出来るようになる。

事業は群で存在感を示し、価値の対価は大きくする!

「作り手」と「買い手」の交流の道具は、展示でも作品や商品でも周遊ルートでもいい。クラウドファンディングでもアーティストレジデンスでもVIPツアーでもいい。それぞれに言語化したコンセプトをしっかりと込め、可能な限り大きな価値に仕立てていく。本物のプロダクトや本物の場所、そしてそれらの組み合わせで、価値とその対価を大きくしていけば良い。

普段はオープンしていない場所を活用して特別感を演出したり、参加もしくは購入できる数を限定して、飢餓感を醸成したりしても良い。自らが主催していない取り組みもコンセプトが合うのであれば、どんどん繋いで大きな塊に仕立ていく。

タイミングを合わせ、一体感を演出していく。仲間を増やせば、発信力が上がり、相乗効果が生み出せる。周遊ルートを作ったり、日帰りではなく泊まりを選択させたりするために必要なボリュームも確保できる。

司令塔の仕事は、育みたい文化のコンセプトをしっかりと掲げて、内外の様々な取り組みのベクトルを合わせて、「経済を回す力」に仕立てていくことだ。学芸員やアーティストをはじめとした文化の担い手すべてを繋いで一体感を持たせる。異なる立場の担い手を常にウォッチしながら、もしくは必要なアレンジをリクエストしながら、「作り手」と「買い手」の交流をプロデュースする。「作り手」と「買い手」の持続的な経済活動を盛り上げていくのだ。

そうすることで、人々には見て楽しむ喜びを超えた学びの意欲が生まれ、パトロンには応援したい対象が見つかるはずだ。一方、学芸員やアーティストは、新たな気づきや資金的な余裕を得ることができる。研究や作品には深みが生まれ、真の担い手へと成長していく道が開けるのだ。パトロンとは、中長期的な関係を築く中で、恩返しをしていく。

こうした出来事の連鎖が、文化施設が起点となって、作り手と買い手の交流を生み、経済を大きく回していく姿だ。

経済を回す推進力の鍵は担い手の生み出す価値

文化観光に携っていると、ツアー造成や商品造成をしても、「地元の学芸員、アーティスト、職人にはほとんど還元することができない」といった嘆きをよく耳にする。旅行会社、広告代理店、デザイン会社ばかり儲かっていると言う。

確かに、そうした会社には少しばかりの利益が落ちているかもしれない。でも、さらに話を聞いていくと、それ以前に勿体無いとしか思えない残念なサイクルが見えてくる。地元の学芸員、アーティスト、職人は、主役になることもなく、旅行代理店や広告代理店からもエース級の人材が来るわけでもない。

全ての取り組みが中途半端となるケースが多いようだ。最悪なケースでは、文化に造詣のない会社が、その場の話題作りと自らの持つネットワークでなんとか一定の人数を集めている。そんな状況すらある。これでは、文化のポテンシャルなど全く発揮されない。

伝えるメッセージ、文化の内容は、文化に精通している担い手、特に学芸員やアーティストや職人が作らなくてはいけない。個々の内容を束ねて、骨太なメッセージに仕立てるのは、文化施設の役割だ。

旅行会社や広告代理店、デザイン会社には、そうした内容を伝えて、表現の最終化と実際のプロモーションだけを頼むのがちょうど良い。文化のプロが大きな価値を携えて依頼すれば、それに呼応する形で旅行会社や広告代理店、デザイン会社もエース級を投入してくる。プロ同士が質の高い仕事を進め、大きな対価を生み出せるのだ。

一方、ツアーに参加する人、商品を購入する人も、そうしたプロの仕事ならすぐに感じ取る。それどころか、場合によっては、文化に深く触れて、文化を育む担い手への道すら歩み始めると思う。担い手になって経済を回し始めるのだ。

さあ、価値を起点に文化の経済を回そう!

持続的に文化を育む。これには、学芸員、アーティスト、職人が孤軍奮闘するだけではなく、文化施設が、司令塔となって文化を育み、担い手の数を増やしていくこと、経済を回していくことが求められる。

文化施設が、学芸員、アーティスト、職人が生み出す価値を束ねて、育んでいる文化の大きな塊として仕立て、価値を増幅させる。同時に、そうした価値を体感・流通する場も提供して、価値の「売り手」と「買い手」の交流を生み出し、経済を回す推進力となる。

学芸員、アーティスト、職人、趣味人、富裕層、パトロン、文化施設への来訪者などの間には本来、垣根がない。だれもが「売り手」や「買い手」になれると思う。こうした文化の担い手が一丸となって取り組めば、そう遠くはないうちに、文化の経済が回っている世界が来るのは間違いない。

そんな世界を目指して、私自身は触媒としての活動を続けたいと思う。今から5年後の未来がとても楽しみで仕方がない。

文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
長島聡(きづきアーキテクト株式会社代表)

<プロフィール>
由紀ホールディングス社外取締役、ファクトリーサイエンティスト協会理事、次世代データマーケティング研究会代表理事、慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授、工学博士。
早稲田大学理工学部助手、ローランド・ベルガー日本代表、同グローバル共同代表を経て、2020年7月、きづきアーキテクトを創業。

・日経COMEMO
https://note.com/kiduki_archi/

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