<第4回>ワークショップ「地域の人にひらかれたミュージアムをつくろう」開催レポート(前編)
西澤真樹子さんイントロダクション
「人を迎えるミュージアム 何からはじめる?誰とする?」
私は旅に出ると、必ずその土地のミュージアムに行きます。そのときに「魅力的だな」と感じるミュージアムは、「何を学んで、どんな風に過ごしてほしいか」が自然と感じられる施設です。そういうミュージアムからは、来館者を歓迎してくれる空気が感じられます。
お客さまに楽しんでもらいたいという気持ちが伝わるミュージアム
たとえば、伊丹市の「伊丹市昆虫館」は、展示ケースがとても低い位置にあります。大人は屈んで見る必要がありますが、ベビーカーに乗っている子どもには、ちょうどいい位置です。私はこれを見たときに「ああ、子どもたちに標本をかぶりつきで見てほしいんだな」と分かりました。
そして、展示の高めの位置には「クワガタムシじゃないのはどれ?」という虫クイズが掲示されています。これは大人の目線にあるので、子どもにクイズを出しながら会話が弾むような仕掛けになっています。
また、別の展示室では、すべてのケースの前にカラフルな台が並んでいました。子どもがその台に立つと、大人と並んで、同じ目線で中のものが見られるようになっています。このように、「来てくれた人にこういう風に過ごしてほしい」ということがしっかり感じられるミュージアムに出会えると、とても幸せな気持ちになります。
それから、私たちが参加できるような呼びかけがある施設もうれしいです。2022年の夏に訪れた広島県立美術館では、安野光雅氏の絵本の一ページから、自分のほしいものを見つけてスケッチをするというセルフワークショップが行われていました。
コロナ禍で対面のワークショップがなかなか難しい中でも、「来てくれた人たちに楽しんでほしい」「思い出をシェアしてほしい」という想いが伝わってきて、温かい気持ちになりました。
一方で、「残念だな」と感じる場合もあります。単純なことですが、最寄り駅にそのミュージアムのチラシがないとか…。ミュージアムの体験は、移動中からも始まっているので、地域の人に関心を持たれていないのかなと寂しくなってしまいます。
また、せっかく美しい建物なのに、養生テープでべたべたと注意書きが貼ってあったり、禁止事項がたくさんあったりすると、お客さまに対する工夫や歩み寄りが見えず、残念に思います。
さらに、キャプションがあちこち曲がっていたり、情報が特に説明もないまま古かったりすると、どうしてだろうと考えてしまいます。ただ、古くからある博物館であるほど、こうした課題はたくさん出てきますし、人手もない中で、どこから手を付けたら良いか分からず悩んでいる館も多いでしょう。
本日は、課題を一人で解決するのではなく、地域の人々と連携して魅力的な館づくりに挑戦した2つのミュージアムにご登壇いただきます。ぜひ、参考にしてみてください。
ミュージアムによる取組の紹介
横倉山自然の森博物館(学芸員・谷地森さん、地域おこし協力隊・宮地さん)
谷地森さん 横倉山自然の森博物館は、高知県高岡郡越知町(たかおかぐんおちちょう)にある町立の博物館です。町のシンボルである「横倉山」のふもとにある博物館で、横倉山の自然や、横倉山で産出された化石類が展示されています。建物は安藤忠雄氏によるデザインで、彼の特徴がよく出ています。
越知町は人口5100人あまりの小さな町なので、博物館の館長は越知町教育委員会の教育長が兼任しています。博物館のメンバーは、学芸員の私と事務員のパート職員2名、地域おこし協力隊の宮地さんです。
宮地さんは、もともと横倉山自然の森博物館の友の会であるフォレストクラブの一員でした。今日は、そのフォレストクラブが行った事業について、宮地さんからお話しします。友の会は博物館が開館してすぐに立ち上がった団体で、現在183名の会員がいます。
子どもが楽しめるミュージアムに!工夫を凝らしたキッズパネル
宮地さん 友の会フォレストクラブは、横倉山自然の森博物館の展示や教育活動を通じて、横倉山の自然史に関する知識や関心を高めてもらうことを目指しています。しかし、博物館の展示は大人向けで、子どもが興味や関心を向けられるような内容ではないことに課題感を持っていました。
親子連れも来てくれているのに、展示は子どもの目線より高い位置にありましたし、解説文は難しく、ルビも振られていません。解説を補うためのパンフレットやワークシートなども配っていましたが、これも大人向けのものでした。
そこで、子どもが興味や関心を持ちやすい展示ツールが必要だと、フォレストクラブが中心となって「みんなでつくる横倉キッズパネル」事業に取り組むことにしました。
実施にあたっては、友の会メンバーだけでなく、教育活動に関心のある市民や、教育学部の学生などにも参加してもらい、その中で実行委員会を立ち上げました。高知県内の補助金も獲得し、その資金をもとに活動をスタートしました。
活動は2日間をかけて行いました。1日目は、参加者に博物館内を見学してもらい、展示物の問題点について洗い出していただきました。その後、班に分かれて、出てきた問題を解決できるような解説パネルの案やワークシートを作成しました。
イラストをたくさん入れたり、やわらかな文章にしたり、ルビを振ったりしながら、子どもに興味を持ってもらうことを意識して、みなさん作成してくれました。そして、2日目にそれらをみんなで鑑賞し、意見交換を行いながらブラッシュアップしていきました。
こうしてできあがったパネルは、地元のデザイナーにレイアウトを整えてもらい、実際に展示室に掲示しました。
そして、パネルの効果を知るための効果測定も行いました。調べたのは、パネルの設置前と設置後で来館者の「理解度」「親しみやすさ」「満足度」がどう変わったかです。来館したお客さまに付いて回り、展示室内の動線や滞在時間、発話などをチェックしました。この調査には、アルバイト、学芸員、実習生、地域おこし協力隊など、さまざまな人に協力していただいています。
これによって、展示パネルが増えたことに気付いてくれた人がいることや、キッズパネルを置いたコーナーの滞在時間が増えたことが分かりました。また「子ども向けの解説があってうれしい」とか「子どもたちがこれまで以上に展示を見ていた」という声が、地域の小学生の保護者などから上がりました。
館外にひらいた取組が、地域内外の人とのつながりを生んだ
町内外からのリピーターからも好意的な評価を得られましたし、町外の協力者がこの町の博物館と関わりを持ってくれるという大きな効果も得ることができたので、良かったと思っています。
西澤さん ありがとうございます。博物館にはたくさんの課題や改善点があるので、優先順位をつけたり、もらった意見を絞りこんだりするのはとても大変ですよね。この事業では、キッズパネルに絞って取り組まれたことが成功のカギだったと思います。まわりから意見を聞くときのコツみたいなものは、あったのでしょうか?
谷地森さん 「もう、ダメ出しをしてください」とお願いして、気になった展示に直に意見を書いたふせんを貼ってもらいました。ぜんぶで100を超える意見が出てきました。読んでいると悲しくなるような厳しい意見もありましたし、「これは今すぐ対応できる」というものもありました。
西澤さん その中から、どの意見を取り上げるか、どうやって決めていったのですか?
谷地森さん まず気をつけたのは、博物館のコンセプトから外れていないかどうかです。その上で「これは子ども向けの紹介を加えたらもっと伝わりそうだな」というものに絞って選びました。「これは今は対応できないな」という意見は外しました。
西澤さん 宮地さんは、このプロジェクトを実施したときは職員ではなく、まだ友の会の一員だったと思います。外の立場から博物館を見ていたときと、実際にパネルづくりに取り組んだ後で、イメージが変わったことはありますか?
宮地さん 外から見ていたときは、「もっと子ども向けのパネルを大きく貼りだせばいいのに」とか「やわらかい文章でつくればいいのに」と思っていました。でも、実際にやってみると、きちんと専門性のある内容で、かつ子ども向けのパネルをつくるのはすごく難しいということが分かりました。あとは、安藤忠雄氏が建築した建物自体も見どころの一つなので、その雰囲気を壊さないものをと考えていくのも、難しかったですね。
西澤さん そうですね。中にいると外の声が聞きにくいし、外からは中の事情が分かりにくいので、その間をつなぐのはすごくむずかしいですよね。
たとえば、山梨県立博物館では、平成18年度から「通信簿ツアー」というものを実施しています。これは、来館者に「県立博物館の通信簿」という可愛いデザインの冊子を渡し、博物館の良いところや悪いところをチェックしながら館内をめぐってもらうツアーです。
こういう形で、県民やお客さまから積極的に意見をもらえる仕組みをつくり、博物館づくりに生かしている博物館もあります。
(後編につづく)