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なぜ、直島は「アートの島」といわれるようになったのか(後編)

ベネッセハウス (写真:山本糾)

瀬戸内海の美しい風景と調和したアート作品を、島内のいたるところで楽しめる「ベネッセアートサイト直島」。直島、豊島、犬島を舞台に、株式会社ベネッセホールディングスと公益財団法人 福武財団が展開しているアートプロジェクトの総称です。このプロジェクトに30年近く携わり、島の変化を見守ってきた三木あき子さんへのインタビュー後編です。

今回は、島の人々との関係性、直島のプロジェクトが目指すものについてお話を伺いました。

三木 あき子氏
<プロフィール>パレ・ド・トーキョー(パリ) チーフ&シニア・キュレーター(2000-14年)、ヨコハマトリエンナーレ2011アーティスティック・ディレクター、同2017コ・ディレクターなどを歴任。バービカンアートギャラリー(ロンドン)、BALTICアートセンター(ニューキャッスル)、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館、弘前れんが倉庫美術館など国内外各地の主要美術館のゲスト・キュレーターも数多く務める。

家プロジェクト「角屋」 宮島達男"Sea of Time ’98"

対話をくりかえし、深めていった住民との信頼関係

――福武代表の強い想いをきっかけに、直島、豊島、犬島はアートの島と呼ばれるようになっていきますが、一方で、予想を超えて有名になってしまったことに戸惑いを覚えた住民の方もいらっしゃったと思います。これらの島でプロジェクトを展開していくことについては、どのように住民の方たちから理解を得ていったのでしょうか。

それに関しては、これが正解、というものはなく、時間をかけて、丁寧に信頼関係を築いていくことが必要なのだと思います。正直、私が携わるようになった1990年代の半ばの直島では、まだまだ活動に懐疑的な島民の方も多く、たとえば、直島の「家プロジェクト」の1つ「角屋」の宮島達男さんの作品では、1998年のオープンに向けて住民参加の作品のタイムセッティング会が行われましたが、担当者が住民の皆さんに声をかけてやっと参加してもらうような感じでした。しかし、数年前に再度タイムセッティングをした時は抽選をしないといけないほどの関心の高さでした。結局、「こういうことをやってみるのはどうでしょうか」と地道に住民に呼びかけ、対話をくりかえしながら、少しずつ理解を得ていくことが基本だと思います。

また、島によっても、エリアや集落によっても、プロジェクトに対する人々の温度感は違います。その辺りをひとまとめにせず、住んでいる人たちや、島の個性を引き出しながら、対話を続けていくことは、時間がかかっても大切にしなければならないプロセスだと思います。

たとえば、犬島は高齢化と過疎化が深刻な小さな島ですが、医療廃棄物の処理場をつくるという話が持ち上がり、それに対して、福武代表が「そんなことは許されない」と、処理場の建設を阻止すべく、製錬所跡を買い取り、犬島でアート活動を始めた、という経緯があります。

また、植樹活動や豊島の産業廃棄物の不法投棄問題解決に向けての福武代表の協力なども島の住民のみなさんはご存じだったので、「島のことを思ってくれている」と共感していただける部分もあったのではないかと思います。

とはいえ、ベネッセアートサイト直島は、これらの島を決して観光地にすることを目指しているわけではないので、あまりにもたくさん人が来すぎて、生活が営めなくなるような事態にはならないように、気を付けなければいけません。島の人たちにとって住みやすい環境であることがまずは第一です。

家プロジェクト「護王神社」 杉本博司"Appropriate Proportion"
© Hiroshi Sugimoto  Photo Sugimoto Studio

究極の目標は、「よく生きる」について考え、地域と一緒に発展していくこと

――今、観光地化を望んでいるわけではないというお話がありました。直島のプロジェクトが目指しているものとは、一体何でしょうか。

ベネッセとは、ラテン語でBenesse、すなわち「よく生きる」という意味です。ベネッセアートサイト直島は、来訪者が、アートに向き合い、美しい自然に身を置き、住民の方々と交流することによって、「Benesse よく生きる」について考えるきっかけとなり、地域と一緒に発展していくことを目指しています。負の遺産や過疎化で傷つけられた島の人々にとっても、自分たちの住んでいる場所に誇りと自信を取り戻し、自主的に地域の活性化を考えることに繋がっていくことが重要です。

現在では、実際、島のいろいろな方々がプロジェクトに関わられています。案内ボランティアだけでなく、直島銭湯「I♥︎湯」 は地元の方々によって運営されていますし、美味しい飲食店もたくさんでき、島全体に活気が戻ったことは大きな変化です。

福武代表は、人々が幸せになるためには、経済的な発展も大事だが、それだけでは人は幸福にはなれない。人々が幸せになるには幸せなコミュニティを作ることが重要で、幸せなコミュニティとは、人生の達人であるお年寄りの笑顔があふれる場所であると常に発信しつづけています。

島であるが故に傷つけられた部分があるかもしれないですが、一方で、島であるが故に、昔ながらの暮らしぶりやコミュニティの在り方、風景も守られてきたわけで、島ごとに個性と魅力あふれる文化が蓄積されています。そこに新たな魅力を感じてやってくる若い人たちもいます。また、アートに興味を持った若者が直島に来て、島のお年寄りと交流が生まれることもあり、実際、都会からやってきた若い女性と島のおじいさんがカップルになられたという例もあります。(笑)

なぜアートは人を惹きつけるのか

――直島は、高松からフェリーで50分ほどの香川県の離島です。決して交通アクセスが良いとはいえませんが、全国から多くの人が訪れ、ホテルはなかなか予約が取れないほどの人気だといいます。なぜ人はこれほどまでにアートを求めるのでしょうか?

答えになっているか分からないですが、なぜアートなのかということでいうと、やはり“視覚言語”であることは大きいのではないでしょうか。アートは知識がなくても、言葉が分からなくても、年齢や国籍の境界を越えて、多くの人たちに訴えかけることが出来ます。これは、私がアートに関わり続けている理由の一つでもあります。また、答えがひとつではない。見る人によって、いろいろな捉え方ができ、作品をみて考えることを促してくれます。また、アートという異質なものが入ることで、日常の風景が違ってみえたり、作品を通した他者の視点に触れることで、今自分のいる場所や、自分自身について見つめ直すきっかけになったりもします。

また、実は、このアクセスの悪さも重要な意味を持っています。例えば、昨年残念ながら亡くなられたフランスのアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーは、鑑賞体験はある種の宗教的な巡礼のようなものと捉え、作品に至るまでの距離をことさら重要視して、世界中の人々の心臓音を集めたアーカイブの場所を、よりアクセスの悪い豊島に作ることを望みました。

ここでの体験は、都会の美術館で作品を観るのとは違い、そこに至るまでの長い道程や時間の体験自体が、作品鑑賞の一部のため、特別な体験を生み出すのです。

クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」 (写真:久家靖秀)

――ベネッセアートサイト直島のプロジェクトでは、昔から培われてきた島の歴史や文化を引き継ぎながら、アートを展開してきたと思いますが、アートと文化は、どのような関係性をつくっていけると考えていますか?

文化や伝統というものは、ある意味で固定化されるものではなく、時代によって刷新を続けていくものだと考えています。人間が生きて、営みを続けていく以上、変化は避けられないですし、文化も作られ醸成されるものです。そして、それらとアートは対立するものではないと考えています。むしろ、アートが媒介することで、身近にある古臭いと思われていたものの価値を見出したり、改めて気付いたりすることがあります。アートは、そういった他者の視点やトリガーのような存在、未来に継承すべき価値を異なる感性で理解するきっかけにもなり得るのではないでしょうか。

それで言うと、福武代表が良く言う言葉に「街も人も、見られることによってきれいになる」ということがあります。人に見てもらうことで、美しさを保とうとするし、大事にしていこうという気持ちになる。現代アートが介在し、多くの人に見てもらうことは、昔からあるものを受け継ぎ、大切にしていくことにもつながっているようにも思います。

土地の個性を活かす「直島メソッド」

――今はもう直島という場所は、世界的に知られるアートの島になりました。若い移住者も増えているといいます。直島のプロジェクトを通して、感じたことを教えてください。

「ローマは一日にしてならず」と言いますが、やはり時間をかけて継続すること、そして確固たるビジョンと信念を持った牽引者の存在と、行政と民間とコミュニティ・住民が協力し合い、共に育つ関係を築くことの大切さを感じています。また、自然と文化芸術と産業を区別したり対立するものとして捉えるのではなく、いかに共存、調和させていけるのかという視点もますます重要になりつつあるように思います。

アートや建築をきっかけに、都市と地方、若い世代とお年寄りが出会えるような流れを創出し、さまざまな人を巻き込みながら、地域の活性化につなげたことや新しい生き方の提案を評価して、フランスの「アール・プレス」という雑誌は、「直島メソッド」と命名しました。この日本の小さな離島の取組みがひとつのメソッドとして、今や、世界中の各国から関心を得て、欧州だけでなく、中国やロシアなど様々な地域から同じような取組みをしたいと問い合わせが来ます。それぞれの土地に沿った形で、このメソッドが世界中に拡がり応用されていくと素晴らしいと思います。

実は、30年という期間を経て、また、コロナ禍を経験して、今こそ、次なる段階をどう展開していくのか、つまり、数を増やすとかではなく、より深い体験をしてもらうことなど、「ベネッセアートサイト直島に来た人に、どういう体験をして、何を感じてほしいか」を改めてより真剣に考えないといけないのではないかと個人的には思っています。

最後に、福武代表が、直島での長きにわたる活動からの気づきとして大切にしている3つの点をご紹介します。

一つ目は、「自然こそが人間の最高の教師である」。すなわち、人間は自然から謙虚に多くのことを学ぶことの重要性。

二つ目は、「経済は文化のしもべである」。お金を稼ぐことは大事だけれど、それが目的になってはいけない。
利益を文化に還元していくことの重要性。

三つ目は、「在るものを活かし、無いものを作る」。破壊と創造をくりかえすのではなく、先人たちが守ってきた景色や暮らしを未来に継承しながら、一方で必要に応じて新しさも加えていき、新しい価値を見出していく。

これは、現在のサステイナブルな社会の考え方に繋がっていますが、概念だけではなく、ベネッセアートサイト直島の30年を超える実践から生まれた言葉です。

今後も、この地方の小さな離島が、よりサステイナブルな社会、未来のコミュニティの在り方やこれからのよりよい生き方について考え、実践を試み、世界へと発信していける場所であり続けることを願いたいと思います。

取材/文化観光コーチングチーム「HIRAKU」