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文化観光におけるミュージアムグッズの必要性(前編)

文化についての理解を深めるための観光、「文化観光」。
この生まれたばかりの「文化観光」という言葉を広め、深めるために、各分野の専門家や地域で活躍する人々の寄稿やインタビューをご紹介します。
今回は、博物館学の観点からミュージアムグッズの役割を広める活動に取り組む、ミュージアムグッズ愛好家の大澤夏美さんに寄稿いただきました。

筆者はミュージアムグッズ愛好家として、博物館学の観点からミュージアムグッズの重要性を広める活動に取り組んでいる。なかでも博物館が独自に開発したオリジナルグッズの役割は非常に大きく、博物館の「財産」を広め、来館者を中心に広く博物館の存在意義を伝えるものになると考えている。
また、文化観光の側面からも、その地域の文化に対する理解を深めるという点において、ミュージアムグッズを活用することができると考える。本稿では事例を交えながら、文化観光におけるミュージアムグッズの活用について、筆者の考えを述べていこう。

1.  ミュージアムグッズの基礎知識

そもそもミュージアムグッズとは何だろうか。まずミュージアムショップとは、博物館が刊行した書籍、出版物や収蔵・展示物に関係のある品物を販売する売り場や、売店のことを指す。また、ミュージアムショップが扱う商品は、館が所有するコレクションや、館のロゴ、建築デザイン等の財産を活用して開発した館独自の商品と、専門の卸売業者や他館のミュージアムショップなどから仕入れた既存の商品に大別できる。本稿では両者をミュージアムグッズと定義し、前者をオリジナルグッズとする。

ミュージアムショップは、博物館にとっては教育普及、広告宣伝、収益の意味を持ち、テナントにとっては収益、ステータス、利用者にとってはショッピングの楽しみや、感動や知識の再確認、知的コミュニケーションの道、があるとされている。

つまり、ミュージアムグッズは博物館や利用者にとっての「メディア」であるのだ。利用者にとっては博物館での経験や思い出を載せて日常に持ち帰り、博物館にとっては館の社会的使命(ミッション)を伝達する。
文化観光においても同様に、その地域の特性やコンセプトを伝えるものとして、ミュージアムグッズを積極的に活用してはどうだろうか。

2. 地域の印刷産業と協同したミュージアムグッズ

ここで興味深い事例として、新宿区立漱石山房記念館の「夏目漱石「夢十夜」メモ帳」を、拙著『ミュージアムグッズのチカラ』(‎ 国書刊行会、2021年)内にて行ったインタビューの内容を中心に紹介したい。

「夏目漱石『夢十夜』メモ帳」(全2色/各500円)
新宿区立漱石山房記念館

メモ帳の表紙と本文用紙には、夏目漱石の人気短編『夢十夜』の「第一夜」の一節が活版で印刷されている。幻想的な世界観や、「百年待つてゐてください」という漱石の選ぶ言葉の美しさを表現するのに活版印刷は最適だ。
表紙は漢字と仮名で文字の大きさを変えており、さらに「夢十夜」が収録された『四篇』の初版本をもとにした旧字旧仮名遣い総ルビを採用している。複雑な組版に高い技術で応えているのが見て取れる逸品である。

メモ帳の組版。複雑な組版から高い技術が伝わる

このミュージアムグッズ開発のきっかけは、記念館の利用者のリクエストであったという。館内に漱石の作品の一部を抜粋し展示したコーナーがあり、これを見た利用者から「ぜひ漱石の言葉の美しさを堪能し、持ち帰ることができるミュージアムグッズが欲しい」という意見があったそうだ。

漱石の言葉が並ぶコーナー。洗練された言葉選びを堪能できる

特筆すべき点として、このメモ帳は記念館に近接する佐々木活字店と協同して制作したミュージアムグッズであることが挙げられる。佐々木活字店は活字の鋳造製作、印刷を手掛けている中小工場だ。平成23年に新宿区地域文化財登録もされている。
活版印刷でオリジナル文具も制作している佐々木活字店に、記念館側がミュージアムグッズ制作の相談に伺ったところ、「新宿区の施設からご依頼を頂けるのは嬉しい」と快く協力を申し出たのだそうだ。

佐々木活字店四代目の佐々木勝之さん

活字の製作や組版、印刷などの作業面での協力だけではなく、紙の選定やデザインまで佐々木活字店が相談に乗り携わっているのがポイントであろう。前述の佐々木活字店が手掛けたオリジナル文具「東京活字組版」での経験も生かされ、漱石の文章の美しさをいちばん際立たせるミュージアムグッズに仕上がっている。
新宿区立漱石山房記念館がある地域一帯には、印刷業にまつわる中小工場が多く集まっている。明治時代に秀英舎(現在の大日本印刷)、博文館(現在の共同印刷)などの工場建設や移転に伴い、下請けとなる中小工場が新宿区に集積するようになったとのことだ。文学館と印刷業の相性の良さを鑑みても、まさに地域の産業と博物館が協同した好例である。

3.ミュージアムグッズ製作で大切なこと

文化観光の文脈において、博物館は地域の歴史や文化的な背景を収蔵品や研究成果を通じて伝える場所である。そのためミュージアムグッズも、地域産業や伝統工芸などと協同して開発することが地域の文化や歴史、魅力を伝えることにつながると考える。

ぜひ今後ミュージアムグッズの開発を検討されている事業者の皆さんは、地域の産業に目を向けてみてほしい。地域の歴史や産業と博物館とのつながりの中に、収蔵品や社会的使命、地域の特性やコンセプトを伝えるアイデアがあるように思う。
後編記事では、ミュージアムグッズ製作の際に心掛けてみてほしいことを紹介する。実際にミュージアムグッズのアイデアを練る際に、博物館の財産をどう活用すべきか、財産はどこに眠っているのかを捉える一助になればと願う。

文化観光コーチングチーム「HIRAKU」専門家
大澤夏美(ミュージアムグッズ愛好家)

<プロフィール>
1987年生まれ。札幌市立大学でメディアデザインを学ぶ。在学中に博物館学に興味を持ち、卒業制作もミュージアムグッズがテーマ。北海道大学大学院文学研究科(当時)に進学し、博物館経営論の観点からミュージアムグッズを研究し修士課程を修了。会社員を経てミュージアムグッズ愛好家としての活動を始める。現在も「博物館体験」「博物館活動」の観点から、ミュージアムグッズの役割を広めている。
著書に『ミュージアムグッズのチカラ』シリーズ(国書刊行会)、『ときめきのミュージアムグッズ』(玄光社)がある。

<参考文献>
一般社団法人 新宿区印刷・製本関連団体協議会 「新宿区は印刷文化の拠点」http://insatsukanren-shinjuku.jp/concierge/shinjyuku_insatsu.html
 
漱石山房記念館 「吾輩ブログ」
https://soseki-museum.jp/blog/blog_info/4405/
 
竹尾 「あの紙、この紙」
https://takeopaper.com/special/anokono/detail/14122241.html
 
田所陽子
1996「ミュージアム・ショップ」倉田公裕監修『博物館学事典』 pp.290,東京:東京堂出版
 
能美栄子
2002「ミュージアムショップとは?〜その役割と先進事例〜」『博物館研究』37(11),13.
 
山下治子
2008「博物館と物販・飲食サービス」全国大学博物館学講座協議会西日本部会『新しい博物館学』pp.189-191. 東京:芙蓉堂出版