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【備前長船刀剣博物館】日本刀は、なぜ1000年を超えても輝きを保っているのか?(前編)

2022年4月より、岡山県瀬戸内市の「備前長船刀剣博物館」に、多言語支援員としてトゥミ・グレンデル・マーカンさんが着任しました。イギリスで生まれ育ったトゥミさんには、「日本刀の真の魅力を海外に広めたい」という目標があります。今回は、学芸員の杉原賢治さんとの対談を通して、日本刀に興味を持ったきっかけや、日本に来た理由などについて教えていただきました。

学芸員 杉原賢治さん(写真左) 多言語支援員 トゥミ・グレンデル・マーカンさん(写真右)

学芸員 杉原賢治さん/2017年に瀬戸内市役所に入職。学生時代は考古学を専攻。平成29年度以降の特別展をはじめ、令和4年度「夏季特別展「長船の系譜‐700年の栄枯盛衰‐」」などの企画を担当。
 
多言語支援員 トゥミ・グレンデル・マーカンさん/2022年4月より「多言語支援員」に着任。博物館の多言語化や刀剣文化の海外への発信などを行う。出身のロンドン大学では考古金属学を専攻。

日本刀との出会いは「The Craft of the Japanese Sword」

――トゥミさんは、なぜ日本刀に興味を持つようになったのでしょうか?

トゥミさん 私は、幼いころから中世の物語が大好きで、特に騎士の剣など金属の武器に興味がありました。イギリスの鍛冶職人の本を熱心に読みこんだり、ロンドンの鍛冶屋さんに1週間滞在して、刀剣製作を体験させてもらったりもしましたね。好きが高じて、大学では考古金属学を専攻しました。

日本刀を知ったのは、18歳の時です。きっかけは、「The Craft of the Japanese Sword(現代作刀の技術)」という一冊の本との出会いでした。これは日本の有名な刀匠、吉原義人(※)さんの著書で、日本刀ができるまでの工程や技術について詳しく書かれています。刀剣好きの私のために、母が誕生日にプレゼントしてくれました。

(※)吉原義人(よしはらよしんど)無鑑査刀匠の称号を持つ。
   海外での評価も高い。

トゥミさん この本は、日本刀を武器ではなく美術品として紹介しています。日本刀の初心者に向けた内容だったので、すごく分かりやすかった記憶があります。専門的に難しく書かれていたら、今ほどの興味を持てなかったかもしれません。この本に出会ったことで、はじめて日本の文化に触れ、「日本刀」に関心を持つようになりました。

そして大学2年生のとき、実際の生の日本刀を見る機会を得ました。吉原さんの本には、刃文(はもん)や地鉄(じがね)、姿(すがた)などの説明もあったので、それらを思い出しながら鑑賞しましたね。本物の美しさを目の当たりにしたことで、日本刀の美術品としての価値を実感し、すっかり魅了されてしまいました。

杉原さん 実は、トゥミさんは4年前にもインターンとして、この備前長船刀剣博物館に来てくれたことがあったんだよね。

トゥミさん そうです。また来ることができてとてもうれしいです。今回は職員という立場なので、もっと深く日本刀のことを学びたいですね。

刀の輝きを保ってきたのは、日本人の精神性

――トゥミさんが来日してから、改めて知った日本刀の魅力はありますか?

トゥミさん 私がとても驚いたのは、1000年以上前の平安時代につくられた刀が、今でもピカピカに輝いていたことです。とても不思議でした。イギリスにも古い時代の剣(つるぎ)は残っていますが、錆だらけだったりしますから…。日本刀が、美しさを維持しながら大切に保存されていることが分かり「日本刀は美術品」という見方がますます強まりました。
 
杉原さん 日本刀が、長い間変わらずに輝きを保っている理由は、日本人の精神性によるところが大きいと思います。昔の日本人にとって、刀は簡単に売り買いするものではなく、上の世代から受け継いで、次の世代につないでいくものでした。つまり、自分のものというよりは「預かっている」という感覚だったのではないでしょうか。長い歴史とともに歩んできた相棒のような存在というか。だからこそ、手入れを怠らなかったのですね。

――なるほど。次の世代に引き継ぐまでの「刀の管理人」という感覚だったのですね。
 
杉原さん ええ。日本は特に高温多湿の国ですから、放っておけば、日本刀は当然錆びてしまう。そうならないよう、昔の人は錆止めの油を塗り、毎日手入れをしていました。そのやり方は、女性も若者も誰でも知っていた。お箸の使い方と同じですよね。日本人特有の連帯感のもとで、「残していく」「伝えていく」という技術が発達していったのかもしれません。
加えて、いつ戦があってもおかしくない時代でもありますから、いつでも使えるように、しっかり手入れをして準備を整えておかなければならなかった、ということもあるでしょう。
 
――イギリスにも日本刀のように、後世のために引き継いできたような武器や道具はありますか?
 
トゥミさん イギリスの伝統的な武器といえば、弓矢です。でも木製ですから、日本刀のように長くは持ちませんし、残したり、引き継いだりする感覚はないですね。自分が所有する慣れたものを使う、という感じだったでしょう。日本刀があれほどピカピカなのは、後世に引き継いでいくためにしっかり守ってきた証だということも、こちらに来てから知りました。

海外から見た日本刀のイメージは「超自然的なもの」

――海外の多くの人たちは、日本刀にどういうイメージを持っていますか?

トゥミさん 海外の人で、日本刀を美術品と捉えている人はほとんどいません。イギリスのビクトリア & アルバート博物館やウォレス・コレクション美術館にも日本刀はありますが、多くの展示の中の一つにすぎず、真の魅力を伝えきれているとはいえないと思います。
 
海外の人たちにとって日本刀は武器であり、侍映画やアニメのイメージもあって「超自然的な力を持っているもの」とか「大きな岩でも真っ二つに斬れるすごい武器」と考えている人も多い。スターウォーズのライトセーバーのモデルにもなっていますからね。
 
杉原さん 「日本刀は硬い」というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、実はやわらかいんですよ。やわらかくて、よくしなるからこそ、斬れるんです。包丁の方がよっぽど硬い。でもそれを知っている人は、日本人でもあまりいないでしょう。
 
トゥミさん 海外で日本刀について調べたいと思っても、インターネットの掲示板を見るか、YouTubeで情報を得るくらいしか方法はありません。でもネットは、伝説めいた物語や、出所不明の怪しい情報であふれている。私は、それをもどかしく思っていました。日本刀の真の魅力をみんなに知ってほしい。そのために、まずは私自身が美術品としての日本刀の価値を理解することが必要だと思ったんです。
 
――そのために今回、多言語支援員に応募されたんですね。
 
トゥミさん そうです。日本では、刀匠資格を持つ刀鍛冶の下で修業をしなければ、日本刀をつくれないというシステムが確立されています。だから日本刀のことをきちんと学びたいのであれば、日本に来るしかありません。

また、日本には「人間国宝」(※)というシステムがあって、伝統の技術を受け継ぐための体制が整っていますよね。イギリスにも国宝や重要文化財はありますがそういったシステムはありません。だから、イギリスの技術は昔のままではなく、時代に合わせて変化していきます。

(※)「重要無形文化財保持者」の通称。

私は考古金属学を専攻していましたし、日本刀ができあがるまでの伝統技術にも興味がありました。この博物館には、研師や鞘師、塗師などの職方もいますから、古くから受け継がれてきた技術も学ぶことができる。ここでしか勉強できないことがたくさんある、すごく恵まれた環境です。

(後編へつづく)