太田記念美術館のSNS活用術、浮世絵の魅力「推し活」の本気度でまっすぐ伝える
X(旧Twitter)やInstagramなどのSNSを活用したプロモーションは、ほとんどの企業・団体にとって欠かせないマーケティングツールになっています。浮世絵専門の「太田記念美術館」も、SNS上でユニークな投稿を続け、たびたび話題を集めているマーケティングに優れた美術館の1つです。SNSを上手に活用して浮世絵の魅力をわかりやすく伝え、馴染みのなかった若者にも「この美術館に行きたい」と思わせる力があります。魅力ある投稿を続けられる発信力の秘けつに迫りました。
きっかけは「潰れるかも」という危機感
太田記念美術館のXのフォロワーは約19万人(2023年11月現在)と、全国の美術館・博物館の中でもトップクラスの数を誇る。人気の秘密は、浮世絵の存在を「身近なもの」にしてくれる、わかりやすくて楽しいSNS投稿の数々だ。
ただ、発信をはじめた最初のきっかけは、「危機感」だった。
「当館は公益財団法人ではありますが、私立の美術館であり、国や自治体、企業といった後ろ盾がありません。予算も潤沢ではなく、『いつ潰れるか分からない』という危機感が常にありました」
こう証言するのは、太田記念美術館の日野原健司・主席学芸員だ。もともとは東邦生命保険相互会社の社長を務めた五代目の故・太田清藏(1893〜1977年)が自身のコレクションを公開するために設立した美術館である。しかし東邦生命は1999年に経営破綻し、外資系の保険会社に引き継がれて現在は会社もなくなっている。
「だからこそ、なんとか入館者を増やさなければ、という焦りのようなものをスタッフ全員が抱えていました」と日野原氏は語る。
とはいえ、大々的に広告を打って大勢の人を呼び込めるような財政的な余裕はない。そこでスタッフの間から、「SNSを集客に使ってみよう」というアイデアが出てきて、2012年8月に旧Twitterのアカウントを開設することとなった。
スタッフの中にSNSに詳しい者はいなかったが、一般企業やほかの美術館の投稿を参考にしながら試行錯誤を繰り返していくと、フォロワーは少しずつ増えていった。そして、いくつかの投稿がトレンドに上がるようになってきたころから、入館者数が増えてきたという。
「統計が取れないので明確な関連性は分かりませんが、20~40代の若い方が当館に足を運んでくれるようになったのは、やはりSNSが後押ししたものだと考えています」と日野原氏は分析する。
コロナ禍で客足が減ってしまった時期には、入場者数を取り戻そうと展覧会の内容や切り口を工夫して集客を目指してきた。そうした努力を支えてくれたのも、やはりSNSでの情報発信だったそうだ。
「江戸時代もハロウィン」意外な紹介に注目集まる
2023年10月30日にはハロウィンにまつわる投稿が話題になった。
「#ハロウィン ということで、毎年恒例、江戸時代のタコのコスプレ?を描いた浮世絵をご紹介」――。
浮世絵とコスプレという意外な組み合わせに、スマホ画面を滑らせていた指が思わず止まる。当時の人々の暮らしに興味が湧き、浮世絵が一気に身近なものとして感じられる投稿だった。また昨年のハロウィンの時期には、江戸時代版の“ジャック・オー・ランタン”の紹介もしている。
ウケを狙わない。投稿の主役はあくまでも作品
誰もがこうした話題になる投稿をしたいと考えているが、狙ってもうまくいかないのがSNSの世界だ。どうしたら同館のような投稿ができるのだろうか。発信の際に工夫していることを聞いてみると、「ウケようとしないこと」だと日野原氏はいう。
「逆説的ですが、ウケようと思って書くと空回りするんです。無理に話題性を狙ったものは炎上するリスクもある。投稿の主役は、あくまで作品です。気の利いたことを言わなくても、その魅力やおもしろさを発信するだけで十分に伝わります」(日野原氏)
「江戸のハロウィン」の投稿のように、話題の時事ネタやSNSのトレンドになっている話題にアンテナを張り、そこにつながるような作品の紹介も心掛けているという。
「来館者数を増やしたいのはもちろんですが、当館が所蔵している浮世絵や美術そのものに関心を持ってもらうこともSNSを運用する目的です。展示していない作品も含めてネタになるポイントを探し、いろいろなタイミングで小まめに発信しています」(日野原氏)
投稿者のセンスや文才に頼るようなSNSにはしたくなかったという。日野原氏は「当館のSNSは、私を含めた3人の学芸員が自由に投稿するスタイルになっています。ですから文章に個性を出してしまうと統一が取れなくなってしまいます。それは避けたいと思っていました」と、誰でも同じ水準で発信できることの重要性を強調する。
一般的な企業や施設では、広報担当がSNSを運用しているケースが多いだろう。しかし少人数で運営する太田記念美術館では、広報部門のスタッフは抱えている業務が多く、慣れないSNSの発信にまでは手が回らない。そこで学芸員が担当することになった。実際に始めてみると、学芸員がSNSを投稿することに大きなメリットを感じるようになったそうだ。
「作品の魅力を熟知している学芸員だからこそ、魅力やおもしろさを誰よりもよく知っています。今でいう(若者がお気に入りのアイドルらを熱烈に信奉する)『推しを推す』ような感覚で、真っすぐ伝えることができる点がメリットです。他の専門家に確認を取る必要もなく、スピーディーに発信できることは、学芸員がSNSを発信する強みだと感じています」(日野原氏)
知られていない作品の“推しポイント”紹介して客を誘う
作品の紹介だけでなく、SNSは展覧会やイベント告知などの情報発信の役割も担う。だが、単純に「〇〇日から企画展をやります」と発信するだけでは、なかなか関心を持ってもらうことは難しい。その理由を日野原氏は「人は『知らない作品』を見に行こうとは思わないからです。人が見たくなるのは、知っている作品やなじみのある作品なんです」と解説する。
太田記念美術館では展示会の告知をする際、展示される作品そのものを投稿し、掘り下げた“推しポイント”も同時に発信するようにした。知られていない作品の良さ、おもしろさ、見るべきポイントを紹介すると、人は興味を持つようになる。そうすることで「この作品を生で見てみたいと思う人が増え、足を運んでくれるようになりました」(日野原氏)。
これに気づいたのは大きかった。実際に、作品自体を紹介する投稿には短時間で多くの「いいね」が集まるという。見たことがある作品や推しポイントを知っている作品なら、本物を見に行きたくなってしまうものだろう。
「これは自分にもいえることなのですが、どんなに有名な作品でも、案外『人はきちんと見ていない』ものなんです」と日野原氏。だからこそ「実は帯に動物の絵が描かれています」とか「ここの木目は意図して残されているんですよ」といったことを伝えると、興味を持ってくれる人が増えるのだという。
SNSの反応が次の展覧会のヒントにも
SNSでの反応から、現在の流行や一般の方の感じ方を知り、それが次の展覧会の企画のヒントになることもあるそうだ。また、フォロワーが今まで気づかなかった事実を教えてくれることもあり、SNSを始めてから「新しい学びを得ることも増えました」(同)。
もう1つ、ほかの美術館の展覧会やイベントの告知を小まめに発信していることも、同館のSNSの特徴だといえる。これには太田記念美術館の投稿を、他の美術館・博物館に情報ツールとして使ってもらい、フォロワーのさらなる増加につなげたいとの思いも当然ある。だがそれ以上に、「浮世絵や美術館ファンのすそ野を広げる」ことになるのだと、日野原氏は力を込める。
「大々的に宣伝されている展覧会じゃなくても、おもしろい企画をやっていたり、めったに見られない貴重な作品を展示したりしている美術館は数多くあります。それを世間に知らせたいという気持ちですね。館内にチラシを置いて見てもらうような感覚で投稿しています」(日野原氏)。
さらに同館は、note上でオンライン展覧会を開催しているほか、浮世絵に関するさまざまな記事の発信もしている。noteの記事ではXで紹介された作品情報が、さらに深掘りされて、より読み応えのあるものになっている。
狙いは、せっかく発信した情報を埋もれさせないアーカイブ(記録・保存)の力を確保したかったからだという。
「SNSをはじめる際に、私たちは3つの要素を実現したいと思っていました。1つ目はエキジビション(=exhibition、作品の紹介)。2つ目はインフォメーション(=information、展覧会などの情報発信)。3つ目はアーカイブ(=archive、作品の記録・保存)です。1つ目と2つ目はうまくいきましたが、3つ目のarchiveを実現するのがなかなか難しいと感じていました」(日野原氏)。
Xには毎日膨大な数のポストが上がるため、せっかく話題になった投稿もすぐに流れて埋もれてしまう。まとめサイトをつくるなどの解決策を考えたが、現実的ではなかった。そこで出てきたアイデアがnoteの活用だったという。
noteなら投稿に手間がかからず、過去の投稿が探しやすい。例えば、「秋の満月」の浮世絵をテーマにした記事を、翌年の同じタイミングで見てもらうこともできる。「noteは長い文章を書けるので、Xでは紹介しきれなかった作品も紹介できるし、さらに掘り下げた話題も提供できます」と日野原氏。Xとはまた違った角度から、浮世絵への興味を広げている。
100%でなくていい、コンスタントに続けること
こうした質の高いSNS投稿を続けることに難しさを感じている博物館・美術館の関係者も多いだろう。日野原氏はSNS運用のポイントを「100%のものを出そうとするのではなく、70~80%のものを出し続けることが大事だと思います」と指摘する。たしかに、「常に完璧なものにしよう」と意気込んでいるとそれが負担になり、結局は続かなくなったというケースは多いだろう。
「学芸員なら、作品の推しポイントはすでに頭にあるはず。その中からピックアップして投稿する、といった感覚でやってみるといいでしょう」と、日野原氏はアドバイスする。
そのためには「1日1回は投稿する」とか「週1回、週末に必ず出す」など、締め切りをつくることがオススメだという。投稿者自身が楽しみながら、気負わずに続けていくことが、SNSでフォロワーが増え続ける秘けつなのだろう。
(取材・文:馬渕祥子)
※扉の写真=以下から一部を切り抜き=は喜多川歌麿『五人美人愛敬競 兵庫屋花妻』(太田記念美術館蔵、写真提供も)