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美術品を見せる収蔵庫

美術館や博物館に展示されている作品は、その施設が所蔵しているコレクションのほんの一部に過ぎません。収蔵庫に眠っている多くの作品に光を当てようと、収蔵庫そのものを公開する「見せる収蔵庫」の取り組みが各地で進んでいます。

15万点を公開する巨大「収蔵庫」
デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン(オランダ)

オランダ、ロッテルダム中心部に2021年11月、巨大な銀色のお椀型の施設がオープンしました。6階建てで高さ約40メートル、延床面積約1万5500平方メートルのデポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲンは、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館(改修のため2028年まで閉館中)が170年以上にわたって収集してきた15万1000点以上の作品を保管する収蔵庫です。

この施設が世界中から注目を集めているのは、収蔵庫でありながら、すべての作品を一般公開することを前提に作られているからです。

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館は、ゴッホ、レンブラント、ダリなど幅広いコレクションで知られていますが、展示できるのはわずか8%。ほとんどの作品が、収蔵庫に保管されていました。しかし、当時の収蔵庫が何度も浸水したことから新しい収蔵庫の構想が生まれ、20年近くをかけて「見せる収蔵庫」が生まれたのです。

デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン外観
(写真=デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン提供、Ossip van Duivenbode撮影)
収蔵庫内の様子(写真=デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン提供、Iris van den Broek撮影)
デポの館内(写真=デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン提供、Ossip van Duivenbode撮影)

公開されるのはコレクションの数%

「コレクションの8%しか展示されていない」――。これはボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館に特有のことではなく、世界の主要な美術館・博物館でも収蔵品の10%以下しか展示されていません。そんな中で、「見せる収蔵庫」に注目が集まっているのです。

最も古い試みの一つが、カナダ・バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学人類学博物館です。ここは、1970年代初めの設計当初から、コレクションすべてを展示することを前提に作られました。しかしこの博物館も、収蔵品の増加に設備が追い付かなくなり、1980年代末にはスペース不足のために収蔵を制限せざるを得なくなりました。

収蔵スペース不足は、各地で問題化しています。2011年に、文化財保存修復研究国際センター(ICCROM)と国連教育科学文化機関(UNESCO)が共同で、136カ国1490の美術館・博物館に調査を行ったところ、3分の2が収蔵スペース不足を訴えていました。展示施設とは異なり、収蔵スペース不足が問題になっても、投資はなかなか行われないのが現状です。しかし、「見せる収蔵庫」であれば、より多くの作品を公開できるため、投資の対象になりやすくなります。

さらに、キュレーションされていないため、訪れる人は一般的に知られていない作品や、今の流行ではないけれど自分の感性に合う作品にも出会うことができます。「見せる収蔵庫」の推進者たちはこれを、作品の「民主化」と呼んでいます。

「見せる収蔵庫」といっても、デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲンのように、収蔵庫をまるごと公開する施設もあれば、一部を公開する施設など、さまざまなアプローチがあります。各地の取り組みをいくつかご紹介しましょう。

保管、研究、展示の機能を持つ
シャウラガー(スイス)

シャウラガー(Shaulager)は"schauen"(見る)と"lagern"(保管する)を組み合わせた言葉で、近現代美術の保管、研究、展示の機能を兼ね備えたこの施設の特徴をよく表しています。

シャウラガーは、エマニュエル・ホフマン財団のアートコレクションのため、スイス・バーゼルで2003年に建設されました。コレクションはバーゼル美術館で定期的に展示されていますが、展示されていないときも、美術の専門家や教育関係者は、シャウラガーでアクセスすることができます。また、施設には展示スペースもあり、美術館としての機能も持っています。

シャウラガーの外観(写真=シャウラガー提供、Tom Bisig撮影)
ポール・チャン作品の収蔵庫内の様子 ©Paul Chan (写真=シャウラガー提供、Tom Bisig 撮影)
展示室 "Jeff Wall. Photographs 1978 - 2004" (写真=シャウラガー提供、Tom Bisig撮影)

来館者に「収蔵」機能を知ってほしい
ザ・ブロード(アメリカ)

2015年にアメリカ・ロサンゼルスで開館した美術館、ザ・ブロードは、バスキア、ジャスパー・ジョーンズ、草間彌生、アンディー・ウォーホルなどの現代アート2000点以上を展示・保管しています。

収蔵庫は、建物の中央に浮かぶように配置されています。来館者は収蔵庫をくり抜くように走るエスカレーターや階段で展示スペースを移動しながら、巨大な窓から保管庫の中の作品を見ることができます。ジョアン・ハイラー館長は、開館時のロサンゼルスタイムズの取材に対し、「(展示だけでなく)保管や保存も美術館の重要な機能であることを来館者に理解してもらうにはどうすればいいかを考えた」と話しています。

収蔵と保存の役割を一手に担う
国立現代美術館清州(韓国)

韓国の国立現代美術館は、展示を中心としたソウル館、果州館、徳寿宮館のほかに、収蔵と保存に特化した清州館から構成されています。

清州館は2018年にできた5階建ての建物で、1階と3階の一部は開放型収蔵庫となっており、収蔵作品を見ることができます。2階と3階の一部も収蔵庫で、来館者は窓から所蔵品が収蔵されている様子の鑑賞が可能です。4階の特別収蔵庫は、同美術館が1971年から収集してきた約1600点のコレクションを保管しており、曜日限定で研究者や美術関係者に開放されています。

「見せる収蔵庫」の可能性

前述のブリティッシュコロンビア大学人類学博物館は、かつては解説がなく、照明も不十分で、「暗い」「展示物の品位が感じられない」などの苦情が上がっていたそうです。しかしここで取り上げた、最近の「見せる収蔵庫」は、鑑賞のしやすさも考えて設計されています。

テクノロジーも「見せる収蔵庫」の魅力を大きく広げるでしょう。一つひとつの作品に解説をつけなくても、タブレットなどで個々の作品の解説を見ることは可能です。ザ・ブロードのハイラー館長は、来館者がタブレットやスマートフォンで、目の前の作品の情報を呼び出す仕組みができないか検討しているとロサンゼルスタイムズに話しています。

最近ではメトロポリタン美術館、ルーブル美術館、スミソニアン博物館などが、所蔵作品をデジタル化して公開しています。収蔵スペース不足の解消や作品の「民主化」のためだけでなく、デジタル情報とは異なる実物の魅力を多くの人たちに伝えるうえでも、「見せる収蔵庫」の取り組みは大きな可能性を秘めているといえるでしょう。