見出し画像

旅行者が文化を理解し地域を歩く観光体験を設計する【第6回】文化観光ワークショップ開催レポート(その②)

 訪問客に価値ある周遊体験を提供する「ストーリーづくり」に焦点を当てた文化庁の文化観光オンライン・ワークショップが2023年11月14日と21日の2日間、開かれました。2日目(DAY2)は、観光庁「広域周遊観光促進のための派遣専門員」などを務める株式会社アンドアイの室田明里(むろた・あかり)代表に「地域資源のコンテンツ化と持続的な運用方法 〜 文化観光編 〜」をテーマに講演していただきました。その講演内容をダイジェストでご紹介します。


◆基調講演 「地域資源のコンテンツ化と持続的な運用方法 〜文化観光編〜」

観光庁 広域周遊観光促進のための派遣専門員
文化庁 日本遺産事業派遣コーチ、行政事業仕分け委員
株式会社アンドアイ 室田 明里 代表

室田 明里 氏

 本日は地域文化・観光資源のコンテンツ化と、持続的な運用方法の「文化観光編」についてお話します。私は学生時代に演劇部に所属していて、「舞台をどう構成するか、観客にどういう感情を持ってもらうか」をずっと考えてきました。観光でも「どういうものを、いかに見せ、魅力をどう伝えるか」を考えながら仕事をしています。

地域資源のコンテンツ化―3つのポイント

 地域資源のコンテンツ化について、重視するポイントは以下の3つです。

  • Point 1 コップ1杯の水が欲しいひとに、バケツ1杯の水は多すぎる

  • Point 2 どう地域資源をつなげて見せるかを考える――「地域観光資源の三ツ星理論」

  • Point 3 リピートにつなげるために「次回予告を仕込んでおく」

 そもそも観光とは何でしょうか。私は「追体験」だと考えます。「テレビで見た映像や、写真で見たあの風景を、実際に見てみたい」「友達から聞いた場所に行ってみたい」という事前情報がまずあり、それを自分自身でも追体験しに行く。これが観光です。 全く知らない土地に行ってみるのは“冒険”ですね。

 私自身も南米ボリビアにある「ウユニ塩湖」の写真を見て、友達と一緒に「行こう!」と盛り上がり、南米を周遊した追体験がありました。ウユニ塩湖は塩で地平線いっぱいに真っ白な景色が広がっています。雨が降り、水が溜まると鏡張りのような水面が広がります。この天と地の境目が無くなるような風景はアジア系の旅行者に人気です。
 一方、欧米系の旅行者は白い大地が広がる景色に感動するのだそうです。このように出身地などによって感じ方にも違いが出るので、「どんな人に届けるのか」を考えることも、非常に大事になります。

 また目的地はウユニ塩湖でしたが、夕焼けまで時間があったので、観光ガイドが古い列車がたくさん並ぶスポットに案内してくれました。写真を撮りたいわけではなかったのですが、ガイドさんからポーズまで要求されて写真を撮って盛り上げていただいたことは、意外と思い出に残っています。このような「+α(プラスアルファ)の体験」というのも旅の満足度を上げる要素となることを、ぜひ意識していただければと思います。

 観光客や博物館・美術館の来館者は、①全くその土地や収蔵品のことを知らない、②いくつかは知っている/話せるくらいには知っている、③とても詳しい/専門家――の3タイプに大別できそうです。この全員に「すべて同じ内容」を伝えても、満足は得られないでしょう。

Point 1 コップ1杯の水が欲しいひとに、バケツ1杯の水は多すぎる

 観光で文化施設に来館する人は、文化財について「知らないか、聞いたことがある程度」「いくつか知っている程度」という層がメインでしょう。知識のある方はむしろ少数です。ですから、もう少し提供する知識をわかりやすく伝える努力――イベントやドラマ、劇やクイズなどの物語的な要素を取り入れながら「楽しみながら知ってもらう工夫」が重要になります。

 来訪者の中には「ついでに寄った」という人もいます。観光の場面では「前提知識がなくともその場で知って楽しめる仕掛けづくり」や、「案内人を用意する」などの配慮が必要となってきます。ターゲットに合わせて、少しずつ違った情報を、小出しにしていく。これが効果を生むことが多くあります。そうした事例をいくつか挙げてみます。

 事例その1の「サッポロビール工場見学プレミアムツアー」は、近くに資料館があり、見学できるツアーです。「ここでしか飲めない貴重な復刻ビールを試飲できるツアー」に釣られて訪れると、最初に映像で7分間の歴史背景の映像が流れます。ここで概要を知ってもらい、その後は約15分~20分かけて資料館を見学して、最後にお待ちかねの試飲体験が待っています。

 ビール(の試飲)だけを期待してきている来訪者も、ビール醸造の歴史を知ることで「そんな苦労があったのか」と世界観に入り込め、さらに深い価値を感じるようになります。 ビールについて詳しくない人でも十分に楽しめる映像は、観光体験を豊かにするものでした。

 事例その2は、富岡製糸場(群馬県富岡市)を舞台として「富岡市全体を巡る」企画です。子供から大人まで楽しめる「謎解き」で、マップを埋めながら地域や園内を周遊してもらう仕組みになっていて、新規の観光客にも楽しんでもらいながら集客数を増やしています。とても好評だったので3回も開催されましたが、ひとたび企画を作れば内容の変更がない限りこのマップを印刷するだけで何回も使える内容になっています。

 事例その3は「東京ディズニーランド」のアトラクションです。列に並んでいる間に、モチーフになった作品のストーリーを知らない人も、その内装などから世界観を知ることができるようになっています。
 例えば、『くまのプーさん』の物語。どんな内容だったかを忘れて、もしくは知らなくても、物語をモチーフにしたアトラクションは列に並んでいる間に絵や音声を通じて世界観に入り込んでいけるよう、ストーリーを知る機会を提供しています。

 事例のポイントをまとめると、「コップ1杯の水が欲しいひとに、バケツ1杯の水は多すぎる」多すぎる情報に溺(おぼ)れると、何も残らないという話です。

 コップ1杯の水が欲しい人には、やはりコップ1杯の水を渡して「おいしい、もう1杯飲みたいな」と思ってもらえるように、少しずつ違った情報を渡して、小出しにしていくことが必要です。

Point 2 どう地域資源をつなげて見せるかを考える―「地域観光資源の三ツ星理論」

 次に、東京ディズニーランドを例にしながら、「地域観光資源の三ツ星理論」を考えてみましょう。

 観光体験には3つの種類があると私は考えていて、それを「三ツ星理論」と呼んでいます。

 1つ目が「目的地」となりうる体験です。「ディズニーランドに行く」ことは、それ自体が目的地化した体験になるため、三ツ星理論の中で、私はこれを「三ツ星」体験と呼んでいます。ミシュランなどのレストランガイド本でも、三ツ星レストランは「そのレストランに行くためだけに旅をする価値がある」として高く評価されます。これと同様に、目的地になり得るのが「三ツ星」体験です。

 2つ目は「近くに行ったら足を伸ばす」という「二ツ星」体験。ディズニーランドが三ツ星体験の目的地だとしたら、園内にある『ホーンテッドマンション』『プーさんのハニーハント』といった各アトラクションは、「近くに行ったら足を伸ばす」の二ツ星が当てはまります。逆説的ですが、こうした二ツ星体験が密集している場所だからこそ、ディズニーランド自体が目的地(=「三ツ星」体験) になっているのです。

 そして3つ目が「その場でできる」という「一ツ星」体験。三ツ星、二ツ星の近くにあって、予約が不要で、すぐにできる体験のことです。ディズニーランドなら「欲しい時にその場で購入」ができる土産店がたくさんあります。 ポップコーンも同様で、それを目的に行くわけではないのですが、あったら買ってしまうし、楽しい。

 これらが観光の現場では非常に重要になります。三ツ星となる単一のキラーコンテンツをつくろうとしてもなかなか難しい。二ツ星体験の散らばりを意識し、周辺に多くの一ツ星体験があって、それらがギュッと集約された場所が、目的地=「三ツ星」体験になり得るのです。

 1度の旅で「3つ以上の体験ができると旅の満足度が高まる」そうです。みなさんの地域にある「近くに行ったら足を伸ばす体験はどこか」、そして「その周辺で、その場でできる体験はなにか」を考えていただきたいと思います。

Point3 リピートにつなげるために「次回予告を仕込んでおく」

 Point3は「次回予告を仕込んでおく」です。熊本県の天草地区には、目的地となり得る三ツ星体験の資源として「イルカウォッチング」があります。約200頭のイルカがいるので、「イルカが90%以上の確率で見える」のがセールスポイントです。

 これを目的に天草を訪れる人は多いのですが、 1回が約1時間半のツアープログラムで、参加者の多くはイルカを10分も見れば飽きてしまう。なので、天草を2度目に訪れても、イルカウォッチングにはリピートでなかなか訪れてもらえない。そんな悩みが天草にはありました。

 この2回目以降のリピート再訪への誘導を昔からうまくやっているのが、神社仏閣の特別公開です。「10年に1回の特別公開」や「30年に1回の御開帳」などのように、仏像やお堂の特別公開を実施しています。

 大手の神社仏閣は広大な境内を持っています。多くの伽藍(がらん)や文化財などを保有している寺院では、実は10年に1回の特別公開の場所を「1年ごとに場所をずらしながら10年間続けている」というケースもあります。特別公開する場所を区切って順繰りに回していくことで、「せっかくだから行ってみよう」と動機付けするのと同時に、次も訪れるための仕掛けを前もって用意している、つまり次回予告を仕込んでいるのです。

 このように「次回予告をどうデザインするか」をイメージさせることも、リピーター獲得には大事なります。これは言い換えると「地域連携を通じた自施設にまつわる文化ファンの拡大や顕在化」や「維持費の低減」などにつながります。

 三ツ星理論で重要なのは、地理的・利用可能時間的なものを整理し、「複数の体験をつなげること」であり、三ツ星体験や二ツ星体験を目的にして集まった観光客の周囲に「どう一ツ星の体験をそろえておくか」が大切になります。そして「次を予告させる仕掛けを最初から想定しておく」ことも注意を払う必要があります。

 このような一ツ星、二ツ星をたくさん集めた三ツ星の観光体験を、いかに持続的に運用していくかも重要です。

 例えば、「人形浄瑠璃」の展示がされている徳島県立阿波十郎兵衛屋敷(徳島市)ではミュージアムショップで「海苔(のり)」を販売しています。徳島は、日本遺産にも認定されているように「藍(あい)」の原料産地です。藍は江戸の庶民にも人気で、徳島の藍商人は大きな財力を持つことになりました。そこで多くの豪商が生まれ、彼らの支援によって「人形浄瑠璃」や「阿波踊り」などの芸術文化が育っていったのです。

 その芸術文化は、「海苔」を扱う漁業や「藍」生産を扱う農業を営む庶民にも広がり、育まれました。藍商人がたのしんだ文化芸術を起点として徳島の地域の風土や歴史、産業は密接に絡み合って発展してきたわけです。そんなバックグラウンドも一緒に紹介する手法の1つが「海苔販売」や「藍染販売」になっています。

 この「海苔販売」は全国から視察に来るほどのヒットとなっています。ミュージアムでは定期的に「人形浄瑠璃」の公演があり、その公演の前に映像とガイドの解説があります。

 地域が持つ歴史的な資源の関連性に視点を広げて関連性を紹介しながら、“ついで買い”ができる一ツ星資源「海苔・藍染の販売」を展開したことがヒットにつながりました。全売上高の46%を海苔と藍染の販売が占めるまでになり、阿波十郎兵衛屋敷の運営にも大きく貢献しています。

 1つひとつは小さなことですが、それらを集めて連携することで文化観光として地域の価値や魅力が増していくのです。

(基調講演終わり)

==================================================

◆ワークショップ講評

◎文化庁 参事官(文化拠点担当)付 文化観光支援調査官 竹内 寛文 氏

 来訪者が、旅全体を通じて文化を理解できるようなコンテンツづくりを意識することがポイントかと思います。講師から「三ツ星理論」で資源の整理をし、組み合わせてコンテンツにするというお話がありました。博物館・美術館の学芸員の方は主に館での展示企画やガイドなどの案内を、観光事業者の方は体験コンテンツの運営や地域への集客を担うといった役割分担をしていると思います。それぞれが持っている資源や取組を組み合わせて周遊を生み出す、つまり商品化していくには、マーケットにはどういうニーズがあるかを探りながら、試行錯誤を続けていくことが必要でしょう。
 今日のワークでは、各地域や館には資源がたくさんあり、観光客の期待に応えるコンセプトを表現していくために、何をチョイスすべきか、迷ってしまう方も多かったようです。みなさんの認定計画には「主要な文化資源」の記載欄があります。これを機に、その記載内容と取組の方向性に書かれている内容を、みなさんで見返してみてはいかがでしょうか。

◎文化庁 参事官(文化拠点担当)付 博物館支援調査官 中尾 智行 氏

 自館からどのように収入を生み出し、地域に人をつなげていくのか。文化資源の価値と魅力をしっかり発信していくことが文化観光であり、そのためには一言で表すようなコンセプトも必要となります。例えば、ベネチアであれば「水の都ベネチア」というコンセプトがあります。ゴンドラに乗り、美しい石造りの橋の下を通り、シーフードを食べる。観光客が期待していた「水の都ベネチア」というコンセプトをわかりやすく味わう。このように資源をつなぎ合わせ、ストーリーとして見せていくことが文化観光では重要になります。
 ワークショップにおいて参加者の話を聞いていると、自分のいる博物館・美術館の館内だけで完結する体験企画を考えられている方が多いようです。しかし、観光客を迎える文脈では、地域周遊のなかで博物館がどのようなポジションにあるかを考える必要もあるかと思います。例えば、「博物館の展示室に入らず、お手洗いだけを利用されている方が多い」という話では「お手洗いしか利用してくれない」というマイナス側面だけに囚われるのではいけません。「地域周遊の中で必ず立ち寄る、お手洗いという誘客装置がある」ととらえられたら、お手洗いから博物館の中へどう足を運んでもらうかなどの工夫や企画も生まれるのではないでしょうか。利用者のニーズを汲み、うまく誘導することが重要だと思います。