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ガッカリさせない「文化観光」、基本の再確認で地域活性化に貢献を――文化庁・竹内寛文調査官に聞く

 2020年(令和2年)に「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律」(以下、文化観光推進法)が制定され、全国で文化観光の振興に取り組み始めて3年が経過しました。コロナ禍の後で新規巻き返しの第2フェーズに入った文化観光への取り組み方について、文化庁参事官(文化拠点担当)付の竹内寛文・文化観光支援調査官に話を聞きました。

文化庁の竹内寛文・文化観光支援調査官

――新型コロナウイルス感染症が収束し、海外からのインバウンド(訪日外国人)が再び増え始めています。2023年6月の訪日外国人客数は約207万人(観光庁の速報値)と、コロナ前の7割の水準まで回復しました。日本人国内旅行者数も2023年1〜3月期に1億人を超え、前年同期比55%増(国土交通省の速報値)と、旅行需要の回復傾向が顕著になっています。改めて、文化観光推進法の意義と、コロナ後に目指す方向性に変化はないのでしょうか。

文化と観光、両輪で連携深め地域活性化

竹内寛文氏(以下、竹内) 文化観光推進法はその名の通り、美術館・博物館、寺社や城郭などの文化施設を「文化観光拠点施設」として機能強化し、観光客が文化資源を楽しみながら理解を深められる、地域の新たな観光拠点にしていこうというものです。

「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進のイメージ」

 「文化観光推進法に基づく基本方針」(※)では、文化観光を推進する意義と4つの目的を明記していますが、目指すべきことはコロナ禍を経ても変わりません。

(※正式名称は「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する基本方針」)

 まず、文化の振興を起点として、観光の振興、地域の活性化につなげ、その経済効果が地域の文化振興に再投資される「①好循環が創出される」こと。そのために文化観光の拠点施設と関連する地域の事業者が「②連携体制を構築する」こと。魅力ある展示解説・紹介を通じて多くの来訪者の文化への理解を深め、それによって「③満足度が高まる」こと。そして国内外から拠点施設や地域を訪れる「④来訪者を増やす」こと――です。政府の「訪日観光立国戦略」でもインバウンド回復戦略の中に「文化観光の推進」が位置付けられており、訪日旅行者をしっかり受け入れることも求められます。

――2022年度までに、全国で計45の拠点計画・地域計画が法に基づく認定計画となっています。その中で、②の「連携体制を構築する」のが難しいとの声も聞かれます。どのような対応が必要でしょうか。

竹内 文化観光推進法に基づく計画は、文化施設が観光関係の事業者と共同申請することになっていますが、両者の関係性が十分できていないケースもあるでしょう。役所の人事異動などでは、担当者が変わることも避けられません。
 
 拠点となる文化施設と観光事業者が、計画の推進のために定期的に顔を合わせ、進捗共有や改善のための意見を出し合う場を持つこと、観光客向けのコンテンツづくりや商品開発など具体的な事業を共同で実施することから、関係づくりにつながるはずです。誰か一人に任せず、なるべく複数人が関わるといいでしょう。
 
 今後は、拠点施設と地域の複数の事業者をつなぐ「コーディネーター」人材が、地域で活動できるような環境を整えることも必要ではないかと考えています。

福島・徳島はDMOと連携し新ツアーを企画

――連携が進み始めた例もあるようですね。

竹内 拠点計画に取り組んでいる福島県立博物館(会津若松市)では、博物館を起点として地域を周遊するガイドツアーの造成に取り組んでいます。博物館にとどまらず、鶴ヶ城の名で知られる若松城跡の武家文化、酒造店や商家、会津塗はじめ伝統的工芸品の工房がのこる城下町の文化、さらには会津藩を支えた農山村の生活に根ざした有形無形の民俗文化資源を、学芸員や専門家が案内するという博物館発のツアーです。
 
 博物館が中心となって企画し、販売や誘客は共同申請者のDMOが担うといった役割分担をしながら、継続的な事業にしていくことにチャレンジしています。
 
 徳島県の地域計画では、人形浄瑠璃を展示・上演している徳島県立阿波十郎兵衛屋敷(徳島市)がDMOと連携しています。阿波十郎兵衛屋敷は徳島市の中心市街地から吉野川を渡った郊外に立地していますが、吉野川流域には内水路が発達しているため船でアクセスできます。そこで、周辺の文化資源を船で巡る新たなツアーを作れないかと、拠点施設と地域のDMOが一緒にアイディアを出し合っています。
 
――来訪者が地域に興味を持つきっかけを提供するために、タッグを組んでいるのですね。
 
竹内 来訪者が展示を見たことで興味・関心を呼び起こされて、「今度はあそこにも行ってみよう」と街や地域を周遊したくなる動機づけになること。それが実はこの文化観光の中で一番求められている点だと思います。
 
 会津のツアーや徳島の船もそうですが、観光客に日常的に接している事業者と一緒に議論をしながら落としどころを見つけて、形にする。文化観光拠点施設だけで抱え込まず、観光事業者に声をかけたことで、アイデアが活性化してゆくのだと思います。

短い滞在時間で「見るべきもの」提示できているか

――観光客は十分な時間がない中で予定を組みます。そういう人たちにアピールできる展示や見せ方が重要になります。

竹内 文化観光では、できるだけじっくり文化資源を楽しめる環境を整え、地域に滞在することで経済波及を生むことを目指しています。一方で観光客の多くは、1カ所にかけられる時間が限られるでしょう。「この場所で過ごせるのは2時間だけ、ならば何を見るべきか」と考えます。この博物館で特に見ておくべきものは何か。それが分かりやすく示されているかどうか。
 
 個別の展示を見ても、短いキャプションだけではその価値が理解できなかったり、アプリを立ち上げないと基本的な解説が読めなくなっていたり。デバイスの通信量やバッテリーもシビアですし、何より無駄な時間を使いたくないはずです。せっかくアプリを開発してもダウンロードすることが面倒だと使われませんし、バージョンアップなどの更新がなされずに閲覧できなくなっているケースも散見されます。

 やはり目玉になる文化資源について、特にそれが目の前にあるのであれば、現地で適度に解説されている必要があるはずです。観光客がガッカリしていないか、気を配らねばなりません。

多言語展示だけでなく「特別な体験感」も重要

――インバウンドの再拡大で、多言語での展示も重視されています。

竹内 訪日旅行者の多くは日本の文化に馴染みがありません。多言語対応にしても、例えば解説パネルに英文が併記してあっても、日本語の解説文を翻訳しただけでは価値が伝わりません。日本文化の中での位置づけや、海外でいえば何に当たるのかといった例示を工夫しながら、大きな視点で概要が把握できると、理解がぐっと深まることがあると思うんです。

 展示のことだからと拠点施設の中だけで考えるのではなく、どの文化資源にスポットを当てるか、それをどういうストーリー立てで伝えるか、観光事業者やネイティブの方の意見も聞きながら練る必要があるはずです。

 英語対応はボランティアに任せているケースもあるでしょう。しかし、「それで十分だろうか」と考えてみることも大切です。例えば、開館時間外に参加人数を限定して催してみるとか、あるテーマで深掘りしたり、専門家や作家さんとの接点を設けたり、地域の食文化や工芸品をプログラムに取り入れたりと、継続的に工夫し続ける必要があるでしょう。

 これはインバウンドに限った話ではありません。日本文化や地域の「個性的な文化」への高い関心や得難い体験がしたいという観光客のニーズに応えてゆくことです。魅力的な企画が学芸員から出ることもあるはずで、観光事業者のノウハウを組み合わせながら1つずつ形にしていくことだと思います。

文化観光が「観光立国戦略」の主要な柱に

――インバウンド回復戦略の中でも、文化観光は重要項目に位置付けられています。

竹内 政府には観光立国の戦略の中で、2030年に6000万人の訪日観光客数にするという目標があります。この数字を目にされた方は多いかと思いますが、同時に、訪日外国人旅行消費額を15兆円にするという目標も掲げています。1人当たりの消費単価にすると25万円ですが、訪日旅行者数に比べて、伸長が緩やかでコロナ前の2019年には海外から3000万人強が訪れていたのに対して、消費単価は16万円弱にとどまっていました。

「訪日外国人旅行者数・出国日本人数の推移」 出典:日本政府観光局(JNTO)

 遠路はるばる日本を訪れる旅行者には「日本らしい上質な文化に出会いたい」「本物をこの目で見たい、体験したい」というニーズがあると思います。魅力的な文化体験には相応の対価が伴いますから、収益化することでクオリティーの高い展示や体験コンテンツを継続的に提供できる体制を作ることになります。これが文化観光の目指す好循環の実現につながります。文化観光拠点施設は大きな役割を果たせるでしょう。

焦らず着実に文化資源を紹介する準備を

――インバウンド需要を取り込みたいのに、まだ実力がないと考えているのか消極的な姿勢の自治体や施設もみられます。

竹内 インバウンドは特に全国の都市部を中心に急回復していますが、地域差はあるでしょう。機会を逃さないためにも、環境の変化がどのように起きているか把握しておく必要があります。しかし文化観光を推進するうえでは、目先の数字を過剰に意識する必要はないと思います。
 
 重要なのは、観光客を受け入れるために必要な環境を整えること、そして、有形・無形の文化財や文化遺産を紹介する手法を整備することです。「実はこういう歴史や文化のストーリーの中で、我々はこの文化を守ってきた、それだけの価値があるのだ」と、きちんと伝えること。伝わるような工夫を凝らすこと。数ある旅行先の中から「訪れる価値がある」と認識してもらえるよう磨き上げておくことです。
 
 コロナ禍を経て国内外の旅行者が戻ってきた今だからこそ、仮説の検証やニーズの掘り起こしがしやすい環境になっていす。PDCA(計画、実行、評価、改善)を速く回し、小さな改善を積み重ねていくことが重要でしょう。

受け入れインフラ整備は業務効率化にも不可欠

――観光客の受入態勢について、インフラ整備の手薄な施設も多いとの指摘もあります。
 
竹内 例えば、キャッシュレス化です。実際に都市部の博物館や美術館の入場券売り場で、家族連れが「え、ここキャッシュ(現金)オンリーなの?」と困っているのを見たことがあります。実際に現金をどこで引き出せるか、両替できるかなどを博物館の窓口で案内するのは、避けたいところです。
 
 そうならないよう、世界でスタンダードになっているハード部分はきちんと整備する必要があります。ロッカーもキャッシュレス化が進んでいます。バリアフリーや車いす用スロープの整備も欠かせません。
 
 こうしたインフラの整備は、日々の業務の改善や効率化にもつながります。その都度、説明やお手伝いをしていた業務を減らすことができるので、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング=業務プロセス改革)的な面からも重要になります。
 
 来館者をガッカリさせないよう、なるべく機敏に小さなことでも手を打っていくことで、満足度を上げていくことが大切になってくると思います。
 
(聞き手は三河主門、撮影:的野弘路)