見出し画像

<第5回>ワークショップ「文化観光における展示づくり」開催レポート(前編)

 美術館や博物館の展示は、どうすれば「もっと分かりやすく、魅力的にできるのか」――。展示方法の最新事例を基に「展示の工夫」を考える第5回ワークショップが2023年1月25日、オンラインで開催されました。来館者の文化資源への理解を深める展示のつくり方をテーマに、基本的な考え方や改善の方法、具体的な成功事例についてディスカッションしました。
 講師は株式会社乃村工藝社の亀山裕市(かめやま・ゆういち)氏と、文化庁 博物館支援調査官の中尾智行(なかお・ともゆき)氏です。前編では、お二人の基調講演の内容をご紹介いたします。



文化の「理解」を文化の継承と振興につなげる

文化庁 中尾智行氏 基調講演

「文化観光の目的」とは何でしょうか。文化観光推進法の第2条に「文化資源の観覧等、文化についての理解を深めることを目的とする観光」と書かれています。

この「理解」とは単に文化について知識を得ることだけを指すのではなく、地域で育まれた文化の意味や価値・魅力に共感してもらうこと。将来にわたって文化を継承する意義を「観覧者と一緒に共有する」ことだと考えています。

さらに「文化観光の推進に関する基本方針」という文章には、「文化観光の推進の意義」にとして、多くの人々に文化資源の魅力を伝えることが文化の保存や継承の意義の理解と、新たな文化の創造発展につながる、と示されています。
また、現地の取組に具体化すれば、「人の往来や購買」「宿泊等の消費活動の拡大」を通じて「地域の活性化」を実現する。それを通じて、新しい文化の創造も含めた「文化の振興に再投資されるという好循環を創出する」ことが期待されます

これを受けて、基本方針の中には4つの目標が明確に掲げられています。

文化観光推進の起点となるのは文化観光拠点施設には博物館のほか美術館、社寺や城廓等も含まれますが、ふたつの要件を満たさなければなりません。ひとつは文化資源の保存や活用を通じて観光旅客が文化について理解を深められるような解説・紹介を行なうこと、もうひとつは、文化観光推進事業者と連携することです。

では、観光客が文化理解を深められる解説・紹介とは、どんな内容でしょうか。博物館等の現場では様々な工夫で解説や紹介がなされていますが、文化観光において重要なことは伝える内容が「来館者の理解を深めているか」「共感できる価値を伝えているか」という観点です。

「詳しく知らない人」の身近な驚きを取り込もう

一例を、この「火熨斗(ひのし)」という「古代のアイロン」で説明します。火熨斗は近代まで使われていたので、これを使った記憶がある人や、おじいちゃんやおばあちゃんが使っているのを見たことがある人もいるかもしれません。

写真の火熨斗は古墳時代のもので、日本で最も古い出土例のひとつです。これに関する一般的な解説としては「古墳時代の火熨斗の出土例は 2点のみ」「(新沢千塚126号墳からの)他の副葬品も中国や西アジア由来の珍しい遺物」「冠や指輪、ガラス玉等豪華な海外製の装飾品を身に着けた被葬者は、大陸とのネットワークを持った権力者だった」等とされるかと思います。

こうした解説を読んだ来館者は「すごく古くて珍しいものだ」と知ることができます。資料に関する正確な情報は展示において重要ですが、これだけだとどうしても「情報の羅列」という印象をぬぐえず、興味や関心を引き、「価値を共感する」ことまでは難しいかもしれません。

火熨斗(ひのし)
(写真:文化遺産オンライン)

一方で、私の知り合いで、こうした資料をあまり知らない方が火熨斗をご覧になった時の感想を書き留めたものが右側のものです。「1600年前の人も服のシワを気にしていたんですか!」「折り目正しい服を美しいと思う美意識が、そんな昔からあったんですねぇ」と驚き、「葬られていたのは、海外の先端のオシャレを取り入れた人なんだろうな」と想像しています。

どうでしょうか。「出土例は国内で2例のみ」という情報も確かにとても重要なのですが、そこから何が見えてくるのか、何が考えられるのか、どこが面白いのかという部分で、一般の方の感覚に寄せながら資料の魅力や意義を伝えていく。そこが文化資源の価値を理解し、共感を呼ぶことになるのだと思います。

「読める」だけでは不十分

もう一例を挙げると、ある博物館でこんな解説がありました。子供さんやご家族での来館が多いことから、漢字にはなるべくふりがなをつけて、小学生でも中学年以上であれば読めるようにしています。

パネルにもイラストをたくさん使って易しく親しみやすく見せてはいるのですが、解説文がこれだとどうでしょうか。ふりがなをふれば読めるかもしれませんが、「下刻作用」や「段丘形成」等は意味が分からないでしょう。例えば、「川の水が地面をけずることで、階段のような地形ができました」等とすれば、もっと伝わるかもしれません。

文化観光を進める中では、これまでと異なる来館者層を想定することが大切になります。単純化してみると、地域を訪れる方たちにとって博物館は周遊地のひとつに過ぎず、強い関心や基礎知識も持っていません。

家族旅行の際に連れてこられただけの人や、たまたま見つけた美術館に休憩がてら立ち寄る人もいるでしょう。外国人であれば「平安時代」や「織田信長」も知らないという方も多いでしょう。限られた時間で地域をめぐるため、観覧に大きな時間も割けません。そうした来館者層にどのような観覧体験を提供するのか、しっかりと考える必要があります。

展示の方向性としては、やはり資料(文化資源)の価値と魅力をどう共感してもらうのか。観光の起点として、館内に閉じない観覧体験をどう提供し、地域にどう広げていくのか。観光で街を歩くときにも、その博物館で得た知識や体験を生かしてもらえる、思い起こしてもらえるような展示をつくり上げていく工夫が求められます。

展示のコンセプトやビジョンを掘り下げ、来館者に何を感じてもらうのか、どう態度変容してもらいたいのかを再考すること。そのためには辞書的な情報を羅列するだけではなく、ストーリーとしてしっかりと価値と魅力を提供することが重要になってくると思います。

そしてこれは、文化観光だけでなく、来館者の裾野を広げたい、すべての博物館において求められる視点だと考えています。 

展示は「コンセプト」「シナリオ」「手法」の基本を押さえよう

乃村工藝社 亀山裕市氏 基調講演

本日は「『理解を深める展示』の計画方法」と題してお話しさせていただきます。主な流れを説明すると、まずは文化の理解を深める展示づくりのコツ=「効果的な展示計画のプロセス」を紹介します。

その後、私が実際に関わった事例の中からケーススタディAとして、世界文化遺産となった富士山の文化・歴史を紹介する「山梨県立富士山世界遺産センター」の展示を解説し、続いてケーススタディBとして沖縄県の竹富島にある「竹富島ゆがふ館」を解説します。

手法より「しっかりしたコンセプト」が重要な理由

展示をつくっていく際の効果的なプロセスとしては、3つの段階があり、それに加えて「利用者の視点をもって計画を進める」ことが必要です。3つの段階とは①展示コンセプト②展示シナリオ③展示手法――を考えていく手法です。

理解を深める展示の計画方法

展示を成功させる上で①展示コンセプトは極めて重要です。具体的には、展示をなぜつくっていくのかという理念や目標、目的を考えることで、これを展示コンセプトと呼びます。展示会場に来場する利用者に、どんな体験をしてほしいか、どんな主題を訴求したいのかを考えていくのが最初で、これが展示コンセプトの検討にあたります。

次の②展示シナリオは、展示するモノや情報を選んで整理する作業です。例えば、富士山なら何を見せるか、竹富島なら島の文化からどんな情報を提供できるかを抽出する。その抽出した情報を分類してみて、どんな順番で並べていくか、どんな順番で体験してもらうかの配置を工夫するのが、展示シナリオづくりです。
そして、展示のコンセプトやシナリオを最もふさわしく効果的に伝える手段を考えるのが③展示手法です。映像やジオラマ、ロボット、実験装置、イラスト、漫画、最近では(情報を提供するスマートフォン向け)アプリの開発等も検討することが重要になります。

展示づくりで、よくありがちな失敗が③展示手法ばかりを先走って考えてしまうケースです。「大きい映像と音で見せよう」とか「せっかく建物があるからプロジェクションマッピングがいいんじゃないか」とか。しかし、展示で一番大切なのは①展示コンセプトです。何を目的にするのか、どんな利用者体験を育みたいのかを、文化観光という理念に照らし合わせて考えることによって、様々な好循環を促す地域との連携の内容が明確になり、進めやすくなります。

冒頭の基調講演で文化庁の中尾氏も触れていましたが、展示を見にくる来場者は短時間しか滞在できないし、基本的な知識を持たずに訪れる人がほとんどです。そういう利用者の属性特性を踏まえて、どんな展示なら楽しんでもらえるか、また地域にある他のセクターとの連携が進むのかを検討する。「利用者の視点をもって計画する」ことが重要になると強調したいと思います。

【ケーススタディA】山梨県立富士山世界遺産センター

富士山という「環境文化圏」を多層的に見せた手法

「ケーススタディA」として、「山梨県立富士山世界遺産センター」の事例を紹介します。(※設計当初の内容)

富士山は世界文化遺産としてその価値を認められ登録されました。理由は大きく2つあり、①富士山信仰という固有の文化的伝統②それらを基にした普遍的意義を持つ芸術作品を生み出した源泉――という意義が認められたからでした。

この2点の理解を深めていくことが、富士山世界遺産センターの目指す展示コンセプトです。具体的には、富士山の周辺には25の構成資産が目に見える形で存在します。これを来場者に紹介して理解を深めてもらうことが展示コンセプトの起点でした。

構成資産分布図

展示づくりのために、構成資産の価値を調べていくと1つの特色が見えてきました。25の構成資産のそれぞれが実に富士山の自然環境と深くつながっている点と、構成資産間のつながりで、この「つながり」を見て感じてもらえないと、来場者の理解を深めることはできないだろうと考えました。

これを一言で概念にしようと考えたのが「富士山環境文化圏」という言葉です。これが展示コンセプトの核となりました。

山梨県立富士山世界遺産センターの展示コンセプト

続いて②展示シナリオですが、富士山環境文化圏の何を伝えるべきかと情報を抽出すると、「気象的特性」や「地史的個性」「生息している動植物」等の自然に加え、その自然をうまく取り込んだ「産業」や「信仰・祭祀」、それを描いた絵画や文学、また富士山の麓から遠くまで及んだ生活文化といった人文科学的な情報が抽出されました。

これらを富士山環境文化圏という「つながり」のあるものとして理解してもらう展示づくりのために、まずは、地史や地形、森林・湖水環境があり、その環境に生物が住み、人々の生活や文化が生まれていく、といった積層化した展示シナリオを考えました。

富士山環境文化圏を巡る「3 つの層の空間化」

その③展示手法は、富士山環境文化圏を来場者が歩いて巡れることが1つの特色になるので、富士山環境文化圏を巡る「3つの層の空間化」をめざしています。

山梨県立富士山世界遺産センター

主な展示手法の一つ目は、天蓋のように設置した富士山の形をしたカラフルな直径15mの造形物です。二つ目は、床面に展開した、富士山文化の地理的広がりを現した巨大地図です。富士山信仰の文化は、西は紀伊半島や琵琶湖から、東は霞ケ浦まで広がっています。古くはこれら全てを歩き回る巡礼の道もあったそうです。これを伝えるため霞ケ浦から琵琶湖までも一望できる体験が必要だと考え、床面に展開する地図で表したものです。

空中にある富士山の造形と床面地形の情報の間に挟まれる中間の層には人間の営みがあり、生活文化や芸術文化が生まれていった。それをぐるぐると歩きながら、巡っていただく展示方法を選択しました。

富士山環境文化圏をめぐる三つの層

利用者の視点からどんな工夫がされているか。1つ目は富士山を効果的に深く理解するため、実物の富士山では得られない視界を提供した点です。

富士山の周囲を実際に360度ぐるりと歩いて見ることは難しい。そこで、箱庭のように富士山とその文化を凝縮して見られる空間構成をとっています。

富士山の造形部分をスクリーンとしても活用し、雪が積もった冬から新緑の季節、カラフルな紅葉の秋等、四季の変化を投影表現しています。

また琵琶湖から霞ケ浦まで広がる巡礼道を、この展示空間の中で実際に歩いて体験できる構成になっています。また、展示室と屋外とで共用できるスマートフォンのアプリを使った解説ガイドシステムも用意しました。

【ケーススタディB】 西表石垣国立公園 竹富島ビジターセンター 竹富島ゆがふ館 

竹富島の持続的な観光へ「想像する」を重視してリニューアル

次に「ケーススタディB」として、沖縄県の西表石垣国立公園にある竹富島の文化観光施設「竹富島ゆがふ館」をリニューアルした事例を紹介します。(※設計当初の内容)

 西表石垣国立公園 竹富島ビジターセンター 竹富島ゆがふ館 

大きく4つのエリアで構成された、コンパクトな展示室です。最初に入る「運営サービスゾーン」は来館者を迎え入れて島に導いていくガイダンス空間です。

竹富島ゆがふ館 運営サービスゾーン

2つ目の「シアターゾーン」は通過型の観光客に向けて、島の自然や文化の特色を伝えています。

竹富島ゆがふ館 シアターゾーン

3つ目の「オブジェクトゾーン」は滞在型の観光客や住民の方々に向けて、たくさんの物語を用意し、座って楽しめるものを用意しました。

竹富島ゆがふ館 オブジェクトゾーン

4つ目の「アクティビティゾーン」では、祭や芸能の映像アーカイブを視聴でき、島のオジイやオバアとお茶を飲んで話しながら、手すさびできるワークショップスペースとしました。

竹富島ゆがふ館 アクティビティゾーン

建物の前庭では、島の民具や島で育った野菜等、島民の手でつくられた品々を知るワークショップも開いています。

西表石垣国立公園は、原生的な亜熱帯林や日本最大規模のマングローブ林やサンゴ礁等特有の豊かな自然景観を持ち、その中で暮らしてきた伝統的な沖縄らしい文化が残る地域に位置しています。そうした西表石垣国立公園の魅力から竹富島は多くの観光客が訪れる場所となり、島の生活も観光産業と密接な関係をもつ島となっています。そうしたなか、観光資源として魅力の源泉となっている自然環境と自然と共に暮らす生活文化が失われつつあり、課題にもなっております。その対策の一環として展示づくりが位置付けられた経緯があります。

そこで①展示コンセプトでは、1つ目に「新しい観光」「持続可能な観光」に応えていく観点をもち、通過型観光客と滞在型観光客の双方が楽しめる二重構造の展示計画を発想しました。2つ目として、自然・文化遺産を継承する観点です。「単に説明するだけでは伝わらない」という問題意識をもち、竹富島らしさを「想像する」ことを展示の目玉としました。

竹富島ゆがふ館の展示コンセプト

②展示シナリオとしては、時間のない通過型観光客に応えるシアターゾーンと、滞在型で時間のある観光客が過ごせるオブジェクトゾーンという2つの構成としました。

③展示手法は、シアターゾーンでは自然に寄り添う島の1年の生活や信仰・祭礼、島歩きのマナーを学べる約5分間の映像手法を選択しました。一方、滞在型の観光客がゆっくり時間を過ごせるオブジェクトゾーンでは、主にオブジェや本と、音響展示を用意しました。オブジェでは38個の箱を並べています。一例をあげると、写真のオブジェでは、竹富島からわざわざ海を越えて隣の西表島まで稲作に通っていたという米づくりの文化を語っています。
たわわに実る米と島の景観写真という、記憶の断片で構成したオブジェからかつての生活文化に想像をめぐらせることを狙った展示です。

竹富島ゆがふ館 オブジェクトゾーン

利用者の視点から考えるとポイントは3つあります。
①通過型と滞在型という二重構造の展示計画を具体化して観光客の動態に沿った展示をつくったこと
②文化の理解を気軽に親しみを持って受け入れてもらうように生活感を漂わせる手法を選択したこと
③展示っぽさを排除したこと

展示はどうしても一生懸命に説明してしまうきらいがありますが、全てを説明しきらずに来場者の「想像」に任せる。そのためには座る場所や聴く環境、来館者同士が話せる居心地の良い空間をつくろうと考えました。
 
 利用者の理解を深める展示をつくるには、まず理解して欲しい内容をたくさん調べて、何を伝えるのがベストなのかを整理すること。そして利用者がどんな興味を持っているのかを想定すること。最後に、その利用者の興味を高め深めるには、どんな体験がいいのかを想定すること。

この3つが有効な案になると説明させていただきました。ぜひ利用者の立場から、楽しくて飽きない、疲れない展示を実現していきましょう。
(後編につづく)