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「竹の美」根付く文化が発信源――観光と連携で大分県立美術館が磨いた集客コンテンツ

 地域に根付いた文化を、どうすれば国内外から人を呼び込める「コンテンツ」にできるのか――。多くの文化観光関係者が課題感として持っているテーマだと思います。ともすれば「ありふれていて、大した面白みはない」と捉えがちな地域の文化を、いかに磨き抜いて文化と観光の“集客素材”に育て上げるか。そんな課題に取り組んできた文化観光拠点施設、大分県立美術館のチャレンジをひもといてみました。


 大分県立美術館は、英語表記の「Oita Prefectural Art Museum」の頭文字をとった「OPAM(オーパム)」の愛称で県民に親しまれている。JR大分駅から徒歩10分の立地にあり、大分市の繁華街に近い。美術館そのもののデザインも、建築家・坂茂(ばん・しげる)氏の設計による竹工芸の編み組をモチーフとしたファザードがとても美しい。

竹の編み組をモチーフにした外観が美しい大分県立美術館
(大分県立美術館提供、©Hiroyuki Hirai)

日本一の竹工芸コレクションを目指して

 マダケ(真竹)の生産量が日本一の大分県は、竹を素材にした工芸品や、竹を活用した生活様式が古くから根付いてきた。1967年(昭和42年)には大分市に工房を構えた竹工芸作家、生野祥雲斎(しょうの・しょううんさい)が、竹工芸で初めての人間国宝(正式には「重要無形文化財の保持者」)に認定された。地域の特産品ともなる竹は、その地下茎のように地域文化の根底を支えてきた産業資産でもある。

人間国宝となった生野祥雲齋・作「陽炎」(1958年 、大分県立美術館提供)
「此君礼賛―おおいた竹ものがたり」より生野祥雲齋・作「船形盛籃」
(1939年、大分県立美術館提供) 

 その地域性を受けて、OPAMも国内トップクラスの竹工芸コレクションを誇る。その数は300点以上。「OPAMの前身である『大分県立芸術会館』が1977年に開館した当初から、竹工芸を集めてきました。OPAMでは『日本中の竹工芸の歴史が理解できるように』と考えて、地元・大分のものだけでなく関東(栃木県)や関西(大阪府)の竹工芸品も収集してきました」

 こう説明するのは、大分県立美術館学芸企画課の池田隆代・上席主幹学芸員だ。OPAMは竹工芸コレクションとして日本一の規模と充実度を目指していることに加え、OPAMを地域の拠点として「竹文化」をあらゆる角度から楽しめ学べる文化観光の普及・浸透にも力を入れようとしている。

大分県企画振興部芸術文化スポーツ振興課の蔵本昂平主任(左)と
大分県立美術館学芸企画課の池田隆代・上級主幹学芸員

 文化観光とは「文化」と「観光」を両輪として地域に人を呼び込み、地域経済を元気にしていく取組だ。大分県はそれを地域で古くから愛されてきた「竹」という素材で展開しようとしている。

文化観光の魅力を形にした「竹会」2023年10〜11月に開催

 竹をテーマとしたコレクション展での特集展示展は、定期的に開催している。2023年(令和5年)は6月から11月にわたって開催しているOPAMの竹工芸コレクション展「此君礼賛(しくんらいさん)―おおいた竹ものがたり」。「此君」とは竹の異称で、古代中国「晋」の文人・王子猷(おう・しゆう)が「なんぞ1日も此の君無かるべけんや」(1日たりとも、此の君なしではいられない)と、竹を深く愛した故事に因むという。

 6回目となる2023年の第1期展示は同年6月29日から9月3日まで実施。7回目の第2期は9月7日から11月12日まで開催する。「回を重ねるごとに竹を目的とした来館者は増えています。展示室で来館者の様子を見ていると、竹の編み方を熱心に鑑賞している方が多いですね」と、池田氏は話す。

「竹会 OITA BAMBOO ART & LIGHTS 2023」フライヤー

 「竹に会う」と書いて「竹会(たけえ)」。2023年の10月17日〜11月4日の19日間にわたってOPAMを舞台に開かれる新しいイベントだ。キャッチフレーズは「竹を見る、知る、考える、作る、遊ぶ、聴く、語る、味わう、そして好きになる」として、徹底的に竹の魅力を伝えることにこだわるという。

 昼間は竹工芸の作家による公開制作があったり、夜には竹工芸作品をライトアップして鑑賞に新たな視点を生み出したり。ほかにも竹を楽器にした音楽ライブや、作家とともに竹細工をつくるワークショップ、竹の器で楽しめる食事なども提供するという。
 
 竹会はOPAMのある大分市だけではなく、竹産業の発祥地である別府市や、県内の主要観光地である竹田市、日田市といった周辺地域とも連携して、広く展開していく取組だ。竹を活用したライトアップで人々を魅了する既存のイベントとの組み合わせではあるが、OPAMが中心となって「竹をテーマとしたカルチャーツーリズム」を企画するのは、今回が初めてとなる。
 
 国内有数の温泉地がある別府市は「竹・ルネサンス実行委員会」を通じて、同市の竹細工伝統産業会館を会場に秋の月夜の下、竹灯りの風景や演奏会が楽しめる「竹と月夜の調べ」を開く。かつて江戸幕府の天領(直轄領)だった日田市は「日田天領まつり」で竹燈籠(とうろう)の灯りで江戸時代の賑わいを再現する「千年あかり」を開く。このほか竹田市では「竹楽(ちくらく)」、臼杵市では「うすき竹宵(たけよい)」などが開催され、県内各地で竹を魅せるライトアップイベントが同時期に催される。

別府市「竹と月夜の調べ」2022年フライヤーから抜粋

温泉地・別府が竹産業のエコシステムを生む

 生活用品として使うものを「竹細工」、美術品として扱えるものを「竹工芸」と呼ぶ。

 大分県の企画振興部芸術文化スポーツ振興課の蔵本昂平・芸術文化企画班主任は「日本有数の温泉地として別府に全国各地から湯治客が集まるようになると、湯治客は滞在中の生活用品として竹細工を購入しました。竹は軽くて使いやすいので、おみやげ品にもなり好評でした。プラスチックが少なかった時代だけに、観光客の増加に比例して別府を中心に竹細工の工房が拡大し、大分県内で産業として発展していった歴史があります」と解説する。
 
 竹細工はその美を競い合うようになり、工芸作品として高級品や美術品も作られるようになっていく。皇室への献上品やお茶席で使われる竹工芸にも発展していった。
 
 1938年(昭和13年)には日本で唯一の公立の竹工芸の教育・訓練機関である「大分県工業試験場別府工芸指導所」が設立された。現在は「大分県立竹工芸訓練センター」として、全国から志望者が集まる。受講者は授業料を免除され、2年間のカリキュラムを経て、毎年約12名が竹工芸作家の“卵”として巣立っていくという。こうして大分県内には「竹産業のエコシステム(生態系)」が構築されていった。
 
 こうした地域の文化・産業的な背景から、竹工芸のコレクションで全国有数になったOPAMは、文化観光拠点施設として「竹をテーマとしたカルチャーツーリズム(文化観光)」に独自性を見いだしていった。OPAMの池田氏は「2020年(令和2年)に制定された文化観光推進法では『地域の文化資源を生かす』ことが大前提。『大分にしかないもので、大分でしか体験できないことが大事ではないか』と考え、たどりついたのが『竹』でした」と振り返る。

大分県立美術館の館内。
1階のアトリウム奥が公開制作スペース「しっぽの森」、手前がミュージアムショップ

 OPAMにある展示作品を鑑賞するだけでなく、「別府に行けば竹製品の製作過程や、製竹の工程も見ることができる。温泉では竹籠(かご)を持って移動し、竹ざるで地獄蒸しを食べられ、また自分で竹細工を作ることもできる。工芸店では普段使いの製品だけでなく、ちょっとぜいたくなバッグを購入できるし、竹工芸の作家に会うこともできる」(池田氏)――。そんな地域文化の独自性をコンテンツ化して、観光との連携を図ったのが「竹会」という文化観光の新たなステップとして結実した。

竹産業の関係者が総出で「文化と観光」の連携を支援

 竹会は県内各地で開催される面的な広がりだけでなく、地元の竹に関係する人々や企業・団体を巻き込んだ多層的な展開を企画していく“深み”もある。
 
 JR別府駅から車で約10分の場所にある別府市竹細工伝統産業会館は、竹細工の歴史や竹細工の竹編み技術を詳しく知ることができる展示が好評だ。大分在住を中心とした作家の作品を紹介しているほか、竹細工を体験できる「竹の教室」も開いている。

別府市竹細工伝統産業会館は竹細工を総合的に学べる「竹の教室」を開いている

 この教室は別府市が主催し、「初級コース」と「中・上級コース」に分かれていて、最大5年間は通えるという。全課程を修了すると、竹ひごから作品作りまで自分で全部できるようになるというから本格的だ。最近では受講生を抽選で決めるほどの人気ぶりだという。
 
 竹細工のつくり手や竹工芸の作家も協力している。JR別府駅前の広場には、足湯ならぬ「手湯」がある。親子連れや観光客が、次々と竹のドームの中に吸い込まれていく。2022年5月には、その手湯を飾る竹細工のモニュメントが設置され、2023年8月にリニューアルした。

別府駅前の「手湯」を飾る竹細工のモニュメント

 この作品を手がけたのは竹藝家のこじまちから氏だ。自身の工房を「シェアアトリエ」として多くの人に開放している。入り口では、コロナ禍で始めたプロジェクトで製作した「おおいた竹アマビエ」が人々をお迎えする。こじま氏をはじめ、布職人や靴職人らアーティスト10人で作った作品だ。

シェアアトリエ入り口にある「おおいた竹アマビエ」。
9月9日から2024年2月(予定)の間、JR別府駅の「みどりの窓口」で展示される

 こじま氏は「大分の真竹からは非常に細い竹ひごをつくれるので、竹細工や竹工芸の製作に向いているのです」と、竹産業での大分の優位性を解説する。「コロナ後にインバウンドが再び盛り上がってきましたが、ここを訪ねてくる海外客は日本の竹製品に強い敬意を払ってくれます。欧州には竹林がなく、完全なプラスチック文化。ですから欧州から来た人はここで竹工芸に出会って感動するんですね」(こじま氏)

「おおいた竹アマビエ」などを制作した竹藝家・こじまちから氏

苦労を重ねて「観光と連携した文化発信」に結実

 OPAM主催で10月に開催する「竹会」では、県立竹工芸訓練センターで学ぶ訓練生がガイドやワークショップにボランティアとして参加することを検討している。また一般から募集して「ツアーにアテンドできるガイドを育成する事業も行なっており、ガイド育成講座を修了したボランティアもガイドとして参加する予定だという。

「比君礼賛―おおいた竹ものがたり」の
コレクション展示室前に立つ蔵本氏(左)と池田氏

 大分県の蔵本氏は「最初からこのようなイベントを立ち上げるのは簡単ではありません。観光との連携は経験も乏しく、正直なところ難しかった。でも、竹を軸とした地域文化を連携できたことで、コンテンツとしては『いい形になった』と思っています」と話す。
 
 竹という素朴で、日本人の日常にある素材を、地域の文化として育んできた大分県。地域にある産業エコシステムにかかわってきた歴史と創意、人々のつながりを結びつけることで、海外からも注目される文化観光の強力なコンテンツを作り上げつつある。
 
(取材・文:西野聡子、文・構成・編集:三河主門)
 
※扉の写真は、大分県立美術館の「此君礼賛―おおいた竹ものがたり」展から生野祥雲齋・作「陽炎」(1958年 、大分県立美術館提供)の一部を使用

(追記:2024年1月17日 以下に関連記事)


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