<第5回>ワークショップ「文化観光における展示づくり」開催レポート(後編)
魅力的な展示で来場者を増やそうと、全国各地の博物館・美術館が知恵を絞っています。前編に続き、「展示の工夫」を考える第5回ワークショップでは、佐賀県立九州陶磁文化館、群馬県立歴史博物館、東洋文庫ミュージアムの3館が、「分かりやすく来場者の興味を引きつける展示」の工夫や方法論について最新の事例を紹介しました。
「磁器文化」発祥の地へ興味を引き出す
佐賀県立九州陶磁文化館 徳永貞紹・副館長
佐賀県立九州陶磁文化館は、同県有田町で昭和55年(1980年)に開館した陶磁器とその関連資料を収集・調査・研究する博物館です。
佐賀県内だけでなく沖縄を含む九州圏域の陶磁文化の研究と振興が目的で、「ポーセリン」と呼ばれた日本の磁器発祥の地にあり、400年以上を経た今も産地であるという「産地型の陶磁器専門博物館」であるのが特徴です。
収蔵点数は約2万9,000点で、うち寄贈品が9割を占めています。
名産地なのに「有田焼の歴史がわからない」反省
令和4年(2022年)4月にリニューアル開館して常設展示を大幅に変えましたが、それ以前の展示ではいくつかの課題を抱えていました。有田という産地にあるのに、陶磁器の全体的な歴史を学習的に掲示する展示だったため、せっかくやってきた観光客が有田焼の歴史ストーリーを学ぼうとしても把握しにくかったのです。
そのため、当館が産地回遊の起点となり、有田ブランドを高めて集客力を向上させるという狙いを定めました。
これを受けて、展示のシナリオづくりでは、以前の陶磁器の通史を網羅的に紹介するのではなく、歴史の中の代表的な項目ごとに部屋を割り振り、そこでダイジェストながら歴史ストーリーを体感してもらおうと考えました。
歴史という縦軸だけでなく、世界に広がった有田焼の特徴を理解してもらうため、空間としての横軸も伝えるようにしたい。それらを象徴するモノ(実物)を絞り込んで解説する、というシナリオを発想していきました。
歴史を7つのイベントでまとめ「体感する」を重視
展示の工夫では、陶磁器の通史を通じて大きなイベントを7つ選び、部屋ごとに見せていく形式にしました。
「①日本磁器の誕生」「②技術の革新」では、原料の陶石や産地の自然背景を土や大地のイメージで表現。
「③日本磁器の完成」では、最高級品である「柿右衛門」と、採算やコストを度外視した献上品「鍋島」を紹介しています。
クライマックスが、世界とつながるというコンセプトを解説した「④海を渡る」の部屋で、欧州の宮殿で実際に飾られたイメージを多数の「有田焼」で表現しました。ここは解説が少なめで、高級な調度品として体感してもらう展示になっています。
海外に輸出する一方で、有田焼は国内市場にも目を向けていたことを理解してもらうため、次の部屋では「⑤暮らしを彩る」として、大名や豪商に扱われた最上品や、当時の浮世絵に登場する陶磁器をグラフィック化した浮世絵とともに並べる等の工夫を施しています。
「⑥新時代の幕開け」では日本の近代化の一端を担った有田焼を紹介し、例えば、床は絨毯敷きにする等当時の雰囲気を味わえるようにしています。
最後の部屋「⑦今とこれから」では、やはり大事なのは未来へ向けてどうするかであり、有田焼に期待すること等のメッセージを動画等で紹介する構成としました。
有田焼の美を体験できるアトラクションも用意
これまで紹介した7つのダイジェストの他に、やはり歴史を横断的に紹介したい「有田焼ができるまで」「有田焼のデザイン」等の内容については別途、7つの部屋が終わった後で来場者に見てもらえるようにしました。
さらに、有田焼の美やデザインの面白さを見てもらおうと、ICT(情報通信技術)を使って効果的に紹介するプロジェクションマッピングの仕組みも採用しています。また小学生以下の子供たちや、有田焼をあまりご存じでない方向けに、サンプリングした有田焼のデザインを組み合わせることで、皿に模様を描く擬似体験ができる「MY ARITA」という体験型アトラクションも用意しました。
有田焼についてだけでなく、来館した観光客に産地やその周辺を回遊してもらうこともコンセプトの1つです。そこで最後には、有田から肥前窯業圏や九州各地の陶磁文化にフォーカスした「やきもの産地マップ」も掲げるようにしました。
最後に、成果としては有田焼と有田という産地への導入装置として、学術研究に裏打ちされた有田焼の歴史・ストーリーを国内外からやってきた来場者にわかりやすく伝えることに成功したと思っています。
一般の関心を引き寄せ「東洋学を身近に」実現へ
東洋文庫ミュージアム 篠木由喜・学芸員
東洋文庫は JR 山手線の駒込駅から徒歩 10 分の場所にある小さな博物館です。今回は特に利用者目線を意識した解説パネルについて、わたしたちの取組をご紹介します。まず、そのような解説パネルがなぜ必要かという部分を、ミュージアムのコンセプトやシナリオの考え方からお話しし、後半に具体的な解説パネルの事例をご紹介します。
100万冊の蔵書・資料をベースに多様な視点で展示を企画
東洋文庫は 1924年に東洋学の研究図書館として設立されました。東は日本から西は北アフリカまでを含めた、東洋世界の歴史や文化についての書籍・資料等約 100 万冊を所蔵するほか、地図や銅版画、浮世絵等も多数保有しています。2011年の建て替えを機に、これまで研究者向けだった施設や研究内容を広く一般に知ってもらおうと、ミュージアムを併設しました。
100万冊もの蔵書があるので、マルコ・ポーロ、漢字、トルコ、イスラム、宇宙等、様々なテーマで展示をつくれます。正規の学芸員は 2 人しかおりませんが、約300人の研究員が在籍しているので、彼らと連携を取りながら、間違いのない内容となるよう作業を進めています。
東洋文庫ミュージアムのミッションは「より多くの方々に東洋学を広め、アジア各地の歴史や文化に興味を持ってもらう」ことです。まずは多くの方に東洋文庫に来てもらわないと実現しないミッションなので、幅広い方々に足を運んで、楽しんでいただけるよう、丁寧に展示をつくっています。
企画展毎に「期待する効果」や「展示からどういう情報を受け取ってもらいたいのか」を、突き詰めて考えています。例えば、主に所蔵資料を紹介したい展示なのか。利用者層を拡大するため、インパクトの大きさを期待しているのか。東洋文庫の理念や取組、成果の認知を内外で高めたいのか――。多くの展示は複合的な目的を持っています。
誰もが知る題材を前面に打ち出す
例えば、葛飾北斎の浮世絵や資料を扱った『東洋文庫の北斎』展(2019年10月3日~2020年1月13日)。浮世絵の展示は安定的に集客が見込めるので、何年かに1度は開催します。ただ、浮世絵は劣化しやすい資料なので、立て続けに光を浴びることにならないよう、長期スパンで計画をたてて、展示に出すタイミングを考えています。
展示テーマを決定すると、目玉となる資料を抽出して、サブの章立てをつくれる関連資料を選んでいきます。
『解体新書』展(2016年1月9日~2016年4月10日)を開催したときの例を挙げます。なぜ解体新書展を開催するに至ったかを振り返ると、東洋文庫は、誰もが知っている『解体新書』の初版を所蔵していること。他の博物館で医学をテーマにした展覧会を実施したらすごく人気が出たこと。さらに2015年に大村智博士がノーベル生理学・医学賞を受賞したこと。東洋文庫も実は医学書のコレクションが充実しているのに、あまり知られていないこと。
これら複数の要素が動機となって、「日本の医学の歩みをたどる展覧会をやろう」と企画をスタートさせました。ただ「医学の歩み」を打ち出しても、一般の方の目にとまらない可能性が高い。そこで、教科書に載っていて、誰もが知っている『解体新書』を主役にして目を引くようにし、次に解体新書が連想される、関連テーマのアイディア出しをして、シナリオをつくっていきました。
この過程では、学芸員や研究者だけで考えても専門的な話になってしまうので、事前にミュージアムを訪れた大学生等に調査をすることもあります。
「医学の展示と聞いて、何が知りたいと思いますか」「どういう知識を持っていますか」などを聞いていくと、一般の認知度がどの程度なのか、どんな展示を期待されているかがわかります。何を導入部に置いて、どんなストーリーで構成すれば最後まで見てもらえるか、といった来館者目線の展示をつくるためのヒントになります。
展示の主眼、キャッチコピー1文で伝える
次に、展示の手法について館内に置いてあるパネルの見せ方を解説します。東洋文庫の資料展示では開館以来、ずっとキャッチコピーを入れてきました。
例えば、『忠臣蔵七段目(ちゅうしんぐらしちだんめ)』という浮世絵なら「秘密の手紙、見られてますよ!」というキャッチコピーを入れました。これによって「どんな内容なのか」「どんな場面なのか」が一目でわかります。こういった工夫で、興味のある友人に連れてこられた興味のなかった人でも解説パネルを読んでもらえることを目標にしています。
表記する言葉は「です・ます調」。語りかけるような平易で、かみ砕いた説明を心がけています。そして、資料が展示の中でどういう役割・位置づけなのかを、特に意識して書き分けています。展示テーマとの関連性を示して流れをつくるとか、鑑賞ポイントに注目してほしいとか、価値があることを知ってほしいとかいろいろな役割があると思います。
具体例をお見せすると、これは中国・清朝の最盛期を生きた乾隆帝がつくらせた『準回両部平定得勝図(じゅんかいりょうぶへいていとくしょうず)』です。清軍と敵対勢力が馬に乗って戦っている勇壮な場面を描いた版画の一つで、いろいろなテーマの展示に出していますが、それぞれに解説を書き分けています。
例えばこれを「名品」として出した時は、「画家・彫工ともに当代一流の名匠を起用し、フランス銅版画の精緻な技術を駆使した作品」として紹介しました。
『大清帝国』展では、この版画を乾隆帝の功績を示すのに最適な資料の1つとして紹介し、キャッチコピーも「朕こそは完全無欠のエンペラー!」と書きました。一方で「清朝・乾隆帝による戦果アピールというプロパガンダ的な要素が強い作品でもある」とも表記して、この資料の大清帝国史での位置付けも理解できるようにしました。
さらに、『本から飛び出せ!のりものたち』展(以下、乗り物展)では、この版画に出ている馬に注目してもらいたくて、馬をよく見るとちょっとヘンな走り方をしていると紹介しました。前足と後ろ足をそろえて走っていて、ウサギのような跳ね方をしているようにも見えます。
「これは清朝には馬を観察して、たくさんの馬図を残した宮廷画家がいたのに、全力疾走している馬の姿を正確に捉えるのは彼の観察眼をもってしても難しかった、だからヘンなんです」と紹介し、それを見てもらおうと考えました。
現代を生きる人の興味を引きつける工夫を
興味がなかった人をも引きつける“裏技”として、今の私たちとのつながりや関わりを提示するという手法が有効です。一般の方に調査をしても「自分に関係することなら見たい」との反応がとても多いのです。
さらに大英博物館の日本セクションの常設展示を見て確信を深めたのですが、ここでも縄文土器にインスパイアされた現代作家の土器を並べていたり、関連する日本のマンガを一緒に展示していたり等、現代とのつながりをすごく意識した展示をされていたんです。
アジア部門のキュレーターに話を聞いても、展示案の段階で、今とどうつながるのかを明確にすることが求められると語っていました。
東洋文庫の展示でも、シナリオづくり(特に導入)や解説パネル、補助パネルといった全ての工程で、現代との繋がりを少しでも示すことが出来るように意識しています。
2019年の『インドの叡智』展の時は、私自身が「御徒町で材料となるスパイスを買ってきてインド風カレーをつくったよ」というパネルを展示したこともあります。深淵なるインドの叡智を紹介した展示ですが、最後にすごく身近なカレーの話があると、親しみを感じてもらえるかな? と思ってつくったパネルです。
子供の目線で「わかりやすさ」こだわる
群馬県立歴史博物館 江原幸太郎・学芸員
群馬県立歴史博物館は1979年(昭和54年)に開館し、2016年にリニューアルを実施しました。今日は、リニューアル時に常設展示の解説パネルをどう変えてきたのか、そのコンセプトを決めるまでの過程と、来館者の行動観察について発表したいと思います。
刷新したのは、各展示室に8〜10枚ずつある「中項目パネル」と呼んでいるものです。展示室には2〜3の大項目を設定しており、その展示メッセージをより細かく説明するのが中項目パネルです。これは従来、タイトルのみ多言語(日本語、英語、中国語、韓国語)で表記し、内容である本文は日本語しかありませんでした。
親が子供に教えられる解説に切り替える
この中項目パネルを、どのようなコンセプトで変えるかについて、私は個人的にマインドマップを書いてみてアイデアを練りました。中心にあるのは「わかりやすいパネル解説」というテーマで、誰をターゲットにするのか、どのように歴史の難しい専門用語を解説するのかという疑問を可視化してみたのです。
現状の問題点を整理すると、まず「パネルに難しい用語が多すぎる」こと、そして「親が読んでも子供に説明できない」という課題もありました。さらに「基礎的な解説がない」のも問題でした。私たち学芸員は歴史が専門ですので、ある程度はみんな知っている前提で話を進めます。
しかし、私が数学や英語の構文を忘れているように、一般の方は思っている以上に中学・高校で学んだ歴史の知識を忘れていることに気づきました。
そこで、パネル刷新のコンセプトとして「読みたくないと思わせない」ことを、まず掲げました。「長いな」と思われただけで読まれません。そこで、学芸員が「読んでもらえるため」の基準として以下の2つを意識することにしました。まず、中高生が読んでも分かる。次に、大人が読んで子供に説明できる、の2点です。「お父さん・お母さんのメンツを潰さない展示」を目指したのです。
ただ、歴史用語の全部を「難解だから使わない」と排除するのは無理があるので、平易な言葉に言い換えたり、簡単に用語の説明となる枕詞を入れたりしています。来館者からは、よく「学芸員さんの説明を聞くと、よくわかるよ」と言われることが多いので、そうしたギャラリートークではどんな説明をしてきたかを振り返りながら、文章にする努力もしました。
Webニュース参考にタイトル&サブタイトル表示
群馬県立歴史博物館は常設展示で、原始時代から時間軸に沿って古代、中世、近世、近現代、と説明する流れでした。そこで、時代をたどっていくなら常設展示を貫くテーマを設定しようと発想しました。それが「群馬の自然と人々の生活」です。
学芸員の立場からすると「古代の律令制」「近代の幕藩体制」等と考えてしまいがちですが、それをそのまま来館者に提示しても伝わりません。このテーマに沿って具体的な話を分かりやすく書くことに時間を費やしました。
中項目パネルのスタイルは、従来の左から、新たに右のタイトルやサブタイトル、本文に加えて英語も記載する体裁に変えました。タイトルで参考にしたのはネットニュース等の見出しです。そのタイトルを読めば、大体の内容がわかるように、また興味を引く内容であるようにします。それで読みたい人は本文まで読んでもらう。
タイトルの修正は現在も進めているところですが、ここでは私が担当している近世・江戸時代の中項目パネルに使っているタイトルの変更案をご紹介します。「上州国の大名」というパネルでは、タイトルが「江戸の北を守る上野国(こうずけのくに)」、サブタイトルが「家康にとっての重要拠点」と付けることで、この展示コーナーで何が言いたいのかがわかるようにしました。
来館者の行動観察で動線や滞在時間を把握
このパネル変更を実施するにあたり、来場者の行動観察をしました。学芸員が展示室内に半日常駐し、展示を見ている人たちの動線や、どんな資料の前にとどまるのか、逆にどの展示や資料の前にとどまらないのかを調べたのです。防犯カメラ等で見ても会話の内容がわからないため、現場で直接見るようにしました。
観察の結果では、やはり大きな展示物やジオラマの前で立ち止まる人は多かったです。わかりやすいからだと思います。一方で古文書などは、ほぼ通り過ぎる方のほうが多いのです。
前半の展示室は滞在時間が長く、後半は短い、キャプションを読むのは高齢男性に多いという結果も出ました。子供を連れた家族は、展示物に能動的に携われる場所での滞在時間が長いことも明らかになりました。
こうした観察は、リニューアル後も続けたいと思います。中項目パネルを刷新したことで、パネルを読む人は増えたか、立ち止まる場所は変わったか等も検証しながら、その結果を次年度のパネル製作に反映していきたいと考えています。
(文・三河主門)