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みんな違ってみんないい:山梨から生まれた「ウェルビーイング」(後編)

文化についての理解を深めるための観光である「文化観光」。この新しい「文化観光」という言葉を広め、深めるために、各分野の専門家や地域で活躍する人々の寄稿やインタビューをご紹介します。

今回は、山梨県文化観光推進地域計画のコーチングを担当している、小山侑子コーチの寄稿です。前編では、山梨県らしい文化観光における地域計画の推進アプローチを紹介しました。後編は、個性豊かな館がワンチームとなるための秘訣をお伝えします。

異なる背景や思想を持つ関係者が地域計画を進める上で必要な3つのポイント

私は複数の文化施設が参画する地域計画を進める上で大事なことは、特に下記の3つにまとめられると考えています。

地域共通のコンセプトを持つこと

一つ目は、地域共通のコンセプトを持つこと。山梨で言えば議論の出発点となった「ウェルビーイング」。これは、発散しがちな議論の中で、常に自分たちが立ち戻れる重要な「軸」となります。

共通のコンセプトを決める際に気を付けることは、誰かの意見を一方的に相手に押し付けることがないようにする、ということです。コンセプトを持つことと同じくらい、コンセプトを決めるプロセスも重要です。

清春芸術村

検討チームの誰もがコンセプトを自分ごととして捉えられるように、抽象度を上げたり下げたりしながら、相手の捉えやすい形になるように対話を重ねていきます。コーチングでも意見を押し付けるのではなく、皆さんが自由に発言し、各館の魅力や「らしさ」を引き出せるようなファシリテーション、きっかけや気づきを与えるアプローチを心掛けています。

最終的には、発案者だけでなく、受け取り手の言葉で自然とそのコンセプトの定義が出てくる状態になって、初めて成功といえるのです。こうしたプロセスを経てコンセプトは検討しているチームにおける共通言語となり、そのコンセプトは事業とセットで地域住民や観光客など多くの人々に伝わり、共感を生みだしていくものとなります。

誰しもが発言しやすい環境づくり

二つ目は、異なる意見や考え方・価値観を歓迎、リスペクトし、参画メンバーの誰しもが発言しやすい環境づくりを心掛けることです。
言い換えると、心理的安全性が高い環境ともいえます。

山梨県立美術館

文化観光における地域計画では、異なるバックグラウンドや強み・課題、今後の展望を持った複数の文化施設や自治体がワンチームとなって事業を推進します。

そうした中で、お互いに率直な意見を言えない状態が続くと、気づけば事業の計画が、影響力の大きい発言者がいる施設の取組ばかりになってしまいます。

それどころか、納得しないまま連携を強いられる施設と、影響力の大きい施設とでは足並みは揃わず、短期的な事業の実行でさえも、ままならなくなるケースもあります。

事業を行っている当事者だけで話すと、どこまで相手に踏み込んでいいのか、など躊躇することも多いでしょう。実際、山梨の4館のみで集まって話す際は、少し遠慮気味に皆さん話されることもあったそうです。そういったときに、コーチなど外部の人間がファシリテーターとして入ると会話も円滑になります。

共に事業を創り上げていく視点をもつこと

三つ目は、参画する施設の中核メンバーの一人ひとりが、自分たちの施設だけでなく、地域の一員として、ともに事業を創り上げていく視点やマインドセットを持つことです。

平山郁夫シルクロード美術館

地域の視点を持って事業を創造し、マネタイズもできていれば、推進する全員がメリットを感じられ、持続可能な取組として地域とともに成長していくことが出来ると考えています。

山梨のケースでも、コーチングの場で「地域の一員」としての視点を各拠点の皆さんに取り込んでいただくことは、「山梨の来訪者へどのような価値を届けるのか」という問いへの回答を考える上でとても重要でした。

例えば、中村キース・ヘリング美術館の従業員には、山梨県出身の方はおらず、皆さん一人ひとりが山梨に住むことを選んでいました。豊かな自然、東京からもそれほど離れていない、温泉がある、ご飯も水も空気も美味しい、癒される……。

中村キース・へリング美術館

山梨には山しかない、なんてことはない!ここにいる私たちこそ山梨のファンではないか。日々の生活では当たり前になってしまい、ついつい忘れてしまいがちな「この土地にいる理由とその土地の魅力」がコーチングの過程でどんどん明らかになっていきました。

多様な個性を活かし、同じ方向へと導くリーダーシップとは

上記の3つのポイントに加え、その土台をつくるリーダーシップについてご紹介させて頂きます。

特に「各館それぞれが持つ個性を地域の魅力へどう紐づけるか」という議論を行う際、リーダーの存在は欠かせません。しかし、正解がない議論の中で「俺の言うことを聞け!」というトップダウン型のリーダーシップでは、各施設の良さを存分に生かせず、個性を無くしてしまうこともあります。

また、議論の場で色々な意見が出ても、議論がなかなかまとまらないときに「好き勝手言って困るな」と捉えるか、「各館が色々な意見を出してくれてありがとう。目指すゴールはA地点だと考えていて、そこに到達するためには、各館の持つ異なる武器をどう組み合わせると良いだろうか。知恵を出し合って一緒に盛り上げていけないか?」と働きかけるコミュニケーションを取っていくのかはリーダー次第です。

後者のように、ファシリテーターとして各施設が持つ個性を引出し、同じゴールへと導くことは非常に重要になってきます。

「参加者にはこちらの意見や計画の内容は伝えている。計画書にも書いてある。理解できない方が悪い」と一方的な意見を押し付けるのではなく、関係者全員が同じ目線で、同じ共通言語・認識を持ち、「腹落ち」するまで対話し続けることをあきらめない。当事者としてともに考え、伝えることが大事になってきます。

山梨の4館での議論を良い方向に進めるために心がけたことを、山梨県の地域計画担当者・中野和子氏に聞きました。

山梨県観光文化部文化振興・文化財課 中野和子氏

地域計画を進める上で各館の方々のアイディアに対して、これは絶対ダメです、と私から伝えることはありません。各館の皆さんが本当に事業のことを深く考えていらっしゃるので、「まずすべて耳を傾けて聞く」ということを大事にしていました。

特に「この山梨の4館はすごい!」と思ったのは、各施設の方々一人ひとりが文化観光の関係者の方々に対して「我々の館はこうありたい!」と熱心に話されている場に立ち会ったときです。

施設に対する強い思いを感じました。だからこそ、皆さんの熱い想いが実現され、地域としてもいい方向に進んでいけるように自分自身もチームの一員としてサポートできたら、と思ったのです。

今回の山梨4館の団結の背景には、多様性をお互いに認め、リスペクトして、違いを楽しむスタンスが前進のカギでした。皆さんが目指す山梨らしいウェルビーイングの実現をこれからも応援していきたいと思います。

文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
小山 侑子(株式会社LYL 代表取締役)

<プロフィール>
新卒で外資系戦略コンサルティングファーム ローランド・ベルガーへ入社し、5年間従事。大手企業のVision策定からPMI、新規事業立ち上げ等、幅広いテーマでのCXO案件に参画。現在はスタートアップのSeven Rich Groupで執行役員を担う傍ら、CXO、コンサル、ビジネスリーダーへコーチングを提供。