博物館が考える、刀剣文化のつなぎ方
かつては「一家に一振」といわれた日本刀。ですが、今は日常生活から離れた存在になってしまいました。一部の愛好家や、居合道などの経験者以外は、刀に触れたこともない人がほとんどでしょう。
しかし、刀剣文化の灯を絶やすまいと、刀の魅力を発信し続ける人たちがいます。その一人が「備前長船刀剣博物館」の主任学芸員・杉原賢治さんです。今回は、杉原さんに刀剣文化を守り継ぐための取り組みについてお伺いしました。
武器ではない日本刀の魅力とは?
――備前長船刀剣博物館では、刀剣文化を後世に伝えるために、さまざまな取り組みをされています。刀剣が戦いの中で使われることはなくなりましたが、現代社会にも通じる日本刀の魅力はどこにあるのでしょうか?
日本刀には千年以上の歴史がありますが、武器としてだけでなく、作られはじめた当初から、最高級の美術品や財産のほか、神にささげる宝物、信仰の対象などの価値づけがなされ大切にされていました。現代においても、その価値感は変わっていません。
これらの価値づけがなされることは、日本刀の作刀工程に秘密があります。
例えば刀身。材料となる「玉鋼」は、砂鉄と木炭を使い、日本古来の方法で作られた純度の高い鋼です。その「玉鋼」を熱して何度も折り返すことにより、地鉄には緻密な肌が生まれ、焼き込れ温度の調整では、映りや刃中の働きも生まれます。また、土置きと呼ばれる工程では刃文のデザインによっても、完成時にさまざまな表情が表れてきます。このため、完成した刀身は「鋼の芸術品」ともいわれます。
それから研ぎ。この工程で、刃文や地鉄の肌目が際立ちます。また、刀の魅力を引き出すためには、いくつかの種類の砥石を使い、研磨することが重要になります。「刀を生かすも殺すも、研ぎ次第」といわれるほど、大切な工程です。この際に使用される砥石は、数種類~数十種類にのぼりますが、そのすべての砥石が採れるのは、日本だけになります。つまり、研磨の技術も、日本独特の技術ということです。
刀身を納める鞘には、蒔絵や螺鈿(らでん)、漆芸などの技術が使われ、
鐔(つば)には魚子地やすかし彫りなどの技術がふんだんに使われています。これらも一つ一つ、手作業によって作られています。
このように、日本刀は、日本の伝統技術が結集する最高級の美術品です。個人的には日本文化を象徴する位置付けとして世界に発信できる存在だと思っています。
博物館は、学びのきっかけをつくる場所
――そうした日本刀の魅力を伝えていくために、刀専門の博物館として大切にしていることは何ですか?
これは私の私見ですが、「博物館」は何かを学ぶ場所だと考えています。「美術館」は、アートを見て学ぶこともありますが、おのおのが自由に感性を養う場所だと思います。ですが、私たちは「博物館」なので、感じるだけでなく、何か一つでも学んで帰っていただくことを意識して、展示を行っています。
なので、当館では刀剣そのものの説明や刀にまつわる歴史、美術的価値などをしっかり解説しています。刀に詳しくない方でも、「こんな刀があるんだ」、「こういう見方もできるんだ」という気づきを得て、日本刀への理解を深めてもらえるように。
実は、当館に来てくださるお客様は、2種類のタイプに分かれているんですよ。一つは、日本刀が大好きで、刀の見方を分かっている方。もう一つは、瀬戸内市観光の一環として来てくれる、刀にあまり触れたことのない方や、刀剣を初めて見る方です。
展示で心がけていることは、刀剣を初めて見る方や、刀剣に興味を持ちはじめた方にテーマの詳しい趣旨を紹介しつつ刀剣の魅力を伝え、その上で展示作品ごとの見方のポイントを分かってもらうことです。刀の見方が分かるようになると、刀剣についてより詳しく知ることができるようになりますから。
――確かに、刀剣を博物館で見る際、刀のキャプション(解説文)が難しいと感じる方がいらっしゃるかもしれません。
そうですね。よく「匂いが強く、沸がよく付き、鎺元(はばきもと)には金筋が…」なんて書かれていますが、きっと何のことだか分からないですよね(笑)。だから、キャプションには「初心者が読めるような工夫」をしなければならないと思います。
当館では、刀についてよく知らない方向けに、昨年からキャプションに、学芸員のおすすめポイントとして刀の見どころのイラストを入れることにしました。
例えば、金筋。これは文字だけで「金筋が刃中に見られる」と説明しても、刀にあまり触れたことのない方には分かりません。でも、イラストで「ここに金筋があります」と示せば、金筋の意味や、どの部分にあるものなのかを知ることができます。用語が分かれば、「金筋は他の刀にもあるのかな?」という風に、刀剣への興味を広げてもらえるんじゃないかと思っています。
ただ、展示自体は、初心者に向けたものだけでなく、さまざまな人に興味を持ってもらえるように企画しています。このため、一人でも多くの人に「初めて知った」や「こんなことがあるんだ」などの驚きを提供したいと思っています。
――「新世紀ヱヴァンゲリヲン」や「刀剣乱舞-ON LINE-」とのコラボなど、先進的な企画もされていますね。アニメやゲームをきっかけに来館した人たちには、どのように日本刀の魅力を伝えていきますか?
まずは、刀とキャラクターがどういう関わりを持っているかを伝えます。そして、刀にもアニメ(ゲーム)にも偏ることなく、どちらもバランスよく学べるような展示を目指したいですね。
また、アニメ(ゲーム)に出てくるエピソードに関連した歴史の話もしていきたいと思います。例えば、ゲームやアニメでは初めて刀を手にした人が簡単に敵を斬っていますが、本来1~2年程度の修行であんなにバッサリと斬れるようにはならないんですよ。
でも、江戸時代には剣豪と呼ばれる人たちがいて、見事な剣さばきを見せています。この時代の武士は、武芸に励むことが誉れとされていたので、15歳から隠居するまでずっと剣術に励み、技を磨き続けることができたからなんです。何十年もの時間をかけて、達人の域に達していたわけです。だから実際は、刀を持ったからといってすぐに斬れるようになるわけではありません。そういった小話も織り交ぜていきたいですね。
――面白いですね。でも、昔からの刀好きの人などは、アニメやゲームを入り口にすることに違和感を持ったりしませんか?
そういう方もいらっしゃいます。ですが、私たちや瀬戸内市が願っているのは、刀剣文化がこれから先、二千年、三千年と続いてくれることです。興味を持つきっかけは何でもいい。そこから興味を持ち、刀を好きになってもらえれば、その人たちが次の刀剣文化の担い手になってくれます。
仮に、「アニメやゲームから入ってくるのはいかがなものか」というご意見をいただいたとしたら、「こういう企画を通して、今まで興味がなかった人に刀の魅力を知ってもらうことができる。日本刀を後代に伝える文化のすそ野を広げるためのチャンスですよ」と伝えたいと思います。
――子どもや若い世代には、日本刀の魅力をどうやって伝えていますか?
日本史を習っていない小学校低学年の子には、興味を引きそうなネタをからめてお話することもあります。
例えば、「アニメやゲームではたくさんの敵を1本の刀で斬っているけど、これは達人レベルの技術がないと無理なんだよ」とか、「両手と口にくわえて3本の刀で戦うキャラもいるけど、刀は1本1kg近くあるからそれで振りまわすのは困難だし、まして甲冑を着た敵を斬るのは難しい。下手すると刀が折れてしまうよ」とか。また「刀のランクで斬れ味が変わるのではなく、使う人の技術に大きく左右されるんだ」とか。シビアかもしれませんが、ゲームやアニメで出てくる刀との違いを教えるのも大事なことですよね。
また、高学年の子や中高生には、その刀が活躍していた時代の歴史の話をしたり、模造の鎧を身に着けてもらったりしますね。その状態で刀を抜いたらどんな風に動けるか、実際の動きや働きを体験してもらっています。
きっかけさえ与えてあげれば、好きな子はそこから自分で調べはじめます。その入り口づくりが、私たち博物館の大切な役割なんです。
職人と共につなぐ刀剣文化
――備前長船刀剣博物館の大きな特長は、工房が併設されていることですね。工房の職方の方々とは、普段どのように連携されていますか?
そうですね。学芸員といえども、日々刀を作っている側の人間ではありません。このため、「餅は餅屋」ということで、日本刀講座や刀づくり体験、工房内のスペースの説明などは、刀の職人さんが一番くわしいので、お任せしています。
刀は奥が深く、本や刀剣の資料だけでは分からないことがたくさんあります。なので、職人さんには普段から刀の製作についていろいろ質問していますね。例えば、刀鍛冶には「材料になる玉鋼はどこ産の、どの部分を使っているのか」、「産地によって違いはあるのか」、「燃料の炭の産地はどこか」、「火床の火の温度はどうやって見分けるのか」、「鉄を折り返すタイミングは?」などを教えてもらいました。
また、鞘師には「鞘の材料となる朴(ほお)の木は、どの産地のものを使っているのか」、「どれくらい木を寝かせてから製作に入るのか」といったことを聞いています。職人さんから直接話を聞くことで、本や資料からだけでは得られない、本物の知識を深めることができます。これを、刀の展示にも生かしています。
逆に私の方から伝えることもあります。考古学的な視点から、「ここに昔刀を作っていた遺跡があるんですよ」というお話をしたり。そういうときは職人さんも熱心に耳を傾けてくれます。そうやって会話を重ねながら、お互いに情報交換をしています。
――刀剣文化を守り継ぐためには、刀鍛冶など刀にかかわる職方の後継者を育てることも必要だと思います。これには、どのような取り組みが必要だと思いますか?
これは難しい課題ですね。後継者を育てることは必要ですが、現状、日本刀の需要が少ないので、職人になれたとしても、なかなか生活していくことができないんですよ。
だから、長期的な話にはなりますが、刀が好きな人を増やして、その人たちが「一家に一振」買ってくれるような環境をつくる。それが、回り回って後継者を育てることにもつながるのではないかと考えています。日本刀が売れてもっと需要が高まれば、刀づくりに携わりたいと考える若者も増えていくのではないでしょうか。
――「一家に一振」を実現するには、どうしたらいいでしょうか?
これも、今まさに議論を重ねているテーマです。日本刀を昔のように結婚式や葬式など家族のイベントに欠かせないものとして啓発していくべきか、もっと実用性を持たせた形で、日常生活に溶け込ませるような提案をするべきか…。
刀は武士だけのものだったと思われがちですが、実は日本人なら天皇から農民まで、みんなが持っていたものです(※)。現代人は刀が身近にないからこそ、「すごく高価で、厳かなもの」と考えてしまうのかもしれませんが、本来は腕時計やアクセサリーのような、身近な日用品だった。そういう存在に刀を戻していきたい、という気持ちもありますね。
(※太刀・打刀・脇指・短刀を合わせて「刀」と呼んでいました)
ただ、それには少し問題がありまして。「刀が怖い」という人も多いんですよ。
――刀が怖い?
例えば、刀好きだった父親が亡くなったり、先祖代々伝わった刀が見つかったりすると、家族は残された刀の扱いに困ってしまうんですね。「家に刀があるのはぶっそうだ」ということで手放す人もいたり、処分に困って切断し、鉄くずにして捨てたという話を聞いたこともありました……。それは、刀を大切に守ってきた先祖や、刀にとっても悲しいことです。そういうことにはなって欲しくないですね。
また、当館に刀を寄贈してくださる人もいて、ありがたいのですが、私としては、そういった刀は、そのまま大切に持ち続けていただくのが一番いいと思っています。なぜなら、その刀は家をずっと守ってきた、家族の一員のような存在だからです。
刀の手入れは、それほど難しくはありません。基本的には古い油をふき取って、新しい油を塗るだけ。自分で手入れをすれば愛着も湧きますし、ご家庭で刀を守ってくだされば、怖いという印象も変わっていくと思います。
そして、刀の研ぎや拵(こしらえ※外装のこと)の製作を、ぜひ職人さんたちに頼んでほしい。そうなれば、職人さんの生活の糧になりますし、未来の後継者を育てることにもつながりますから。
「日本刀の聖地」を目指して
――備前長船刀剣博物館が、これから目指すものを教えてください。
これも私見ですが、「地元に愛されない文化財に未来はない」と思っています。なので、何よりも地元の人たちに、刀剣文化の魅力を知ってもらいたいですね。
備前刀は、平安時代の中頃から作られてきました。国宝に指定されている刀剣は現在111口ありますが、そのうち47口が備前刀です。自分たちの住んでいる場所で、貴重な刀の文化が培われてきたことを誇りに感じてほしい。まずはそこからがスタートです。
そうして、地元の人たちが刀剣文化の担い手となり、刀の魅力をどんどん発信していくようになれば、全国、そして世界中の人に愛され続ける文化になっていくと思います。
これは、私たち学芸員の努力だけではなし得ないことです。文化観光課を始めとした市の職員、刀に携わる職方のみなさん、地域住民など、さまざまな人たちと連携しながら目指していくことになるでしょう。
「日本刀の聖地」としての地位が確かなものになるように。これからも刀剣文化の素晴らしさを伝え続けていきたいと思います。
文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
福冨 崇(きづきアーキテクト株式会社取締役)