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朝ドラ『らんまん』で見せた高知県の誘客ノウハウ、文化・観光の連携「自主的に手を挙げ参加」が強み(後編)

 NHKの連続テレビ小説(以下、朝ドラ)で脚光を浴びた植物分類学者、牧野富太郎(1862〜1957)を生んだ高知県。同県にある牧野植物園を中核施設としながら、全県で朝ドラ『らんまん』にちなんだ観光キャンペーンを展開することで、2023年(令和5年)の来県観光客数は過去最高の更新を見込んでいます。この勢いを実現した背景には、文化施設と観光関係者が連携して集客に力を注いできた長年の蓄積が功を奏していたのです。


朝ドラを起点に企画展を開催

 高知県立牧野植物園(高知市)では2023年の11月3日から企画展「牧野富太郎物語 〜 ある植物分類学者の生涯」をスタートした。2024年5月12日まで開催する同展は、朝ドラ『らんまん』の主人公である「槙野万太郎」のモデルとなった牧野富太郎博士と、その人生に関わった人々に焦点を当てた。ドラマのエピソードを交えながら、改めて「史実」に基づいた牧野博士の業績と人生を紹介する企画展だ。

 植物画ギャラリーでは、植物図の名手でもあった牧野博士が自身の著作『日本植物志図篇』や『大日本植物志』に描いた各種の植物図とともに、ドラマに登場した長屋をイメージした部屋も展示している。

ドラマの一場面をイメージして牧野植物園が製作したセットや
NHKから寄贈された小道具も置いてある
『らんまん』でも登場した「ヤッコソウ」の細密な植物図
(所蔵:高知県立牧野植物園)

 中には『らんまん』に関連して、ドラマ内で実際に使われた小道具などを展示するコーナーもある。ドラマに登場したエピソードを思い起こしながら、実際の史実もきちんと知ることができ、植物分類学者としての牧野博士をより身近に感じられる内容となっている。

大河ドラマ『龍馬伝』が変えた高知の観光施策

 同じような内容ではないものの、高知県は観光博覧会として「牧野博士の新休日」を2023年4月の『らんまん』放送前後から展開してきた。多くの文化施設や博物館、美術館、観光施設などが、牧野博士が県内で発見した植物や地元にちなんだ草花を紹介する取組を進めてきた。

※前編はこちら↓

 こうした全県を挙げて観光博覧会に取り組むきっかけとなったのが、実は2010年に放送されたNHKの大河ドラマ『龍馬伝』だったという。

 『龍馬伝』は江戸幕末の土佐藩(現・高知県)出身で主人公となった坂本龍馬役を、歌手・俳優の福山雅治さんが演じた大河ドラマだ。この『龍馬伝』の放送が発表された2009年に、高知県はドラマとの連携による博覧会「土佐・龍馬であい博」を年間イベントとして企画。2010年1月6日から高知市のJR高知駅前をメイン会場とし、さらに高知県内の安芸市、土佐清水市、高岡郡梼原町にもサテライト会場を設けて県外客を呼び込むキャンペーンを約1年間にわたって実施した。

 高知県観光政策課の仙頭裕貴・課長補佐は「土佐・龍馬であい博は、高知県の第1期産業振興計画のリーディングプロジェクトでした。主演だった福山さんの人気もあって『龍馬伝』の視聴率は好調で、県外からも多く訪れていただきました」と話す。実際に、2009年までは年間300万人台にとどまっていた高知県の観光客数は、大河ドラマと連携した博覧会効果によって2010年は同435万人へと急伸した。

 リーマンショックの影響などによって2007年〜2009年に700億円台に落ち込んでいた観光による高知県内の消費額は、土佐・龍馬であい博のあった2010年には1000億円を超える水準に跳ね上がった。

高知県の県外からの観光客数=棒グラフ=と、消費額=折れ線=の推移
(出所:高知県/H18=平成18年=2006年、R4=令和4年=2022年)

観光博覧会「連続開催」で誘客を刺激し続ける

 2011年はその反動と東日本大震災もあって観光客数は380万人台に落ち込んだ。ただ、県は「『龍馬伝』による集客の勢いを持続させつつ、県内の観光関係者が意識を高め続けられるよう、博覧会を継続することに決めました」と仙頭氏は当時を振り返る。

 高知県は観光博覧会の継続開催で、観光客誘致のブースト効果をつないできた。

  • 志国高知 龍馬ふるさと博(2011年3月~2012年3月、高知県全域)

  • リョーマの休日キャンペーン(2012年4月〜2016年3月、第2期産業振興計画、高知県全域)

  • 楽しまんと! はた博(2013年7月〜2014年12月、高知県西部の幡多郡:四万十市、宿毛市、土佐清水市、黒潮町、大月町、三原村)

  • 高知家・まるごと東部博(2015年4月〜12月、高知県東部:室戸市、安芸市、東洋町、奈半利町、田野町、安田町、北川村、馬路村、芸西村)

  • 奥四万十博(2016年4月〜12月、高知県中西部:梼原町、津野町、須崎市、中土佐町、四万十町)

  • 志国高知 幕末維新博(2017〜2018年、高知県全域)

  • 土佐れいほく博(2019年7月〜12月、高知県中部)本山町、大豊町、土佐町、大川村)

 このうち、明治維新150周年を迎えるのを機に2017年から2年間に開催した「志国高知 幕末維新博」では、高知市の名勝である桂浜に近い「坂本龍馬記念館」の本館のリニューアルと新館の増設を実施し、2018年4月21日にグランドオープンした。「幕末維新博の2年目にあたるタイミングで観光の主役である坂本龍馬にちなんだ記念館の改修成果もあり、2018年は来県観光客数が441万人と過去最高を更新しました」(仙頭氏)

高知県観光政策課の仙頭裕貴・課長補佐(右)と飯田聖子チーフ

 数珠つなぎ的に観光博覧会を開催してきた結果、2013年からコロナ禍前の2019年まで、高知県の観光客数は400万人台を維持できた。観光総消費額もコロナ禍までは1000億〜1100億円前後の高水準で推移していた。

観光連携の意義に開眼した「こうちミュージアムネットワーク」

 こうした観光博覧会を何度も重ねてきたことは、単に来県観光客数や観光消費額を伸ばしただけではない。高知県内にある文化施設や観光施設が相互につながり合い、連携することに「有効なのだ」と、文化施設や観光施設に手応えを感じさせてきた側面も強くある。

 「観光博をやろうと声をかけると文化施設などから自主的に手が挙がります。これは、これまでの博覧会が誘客に効果的だったと判断してもらえたこと、それに加えて『こうちミュージアムネットワーク』といった文化施設といわばツーカーで連携できるパイプがあったことが大きい」と、仙頭氏は強調する。

こうちミュージアムネットワークが入る高知県立高知城歴史博物館

 こうちミュージアムネットワーク(KMN)が誕生したのは2003年(平成15年)で、20年の歴史を持つ。きっかけは2001年度に江戸期の土佐藩主だった山内家の「山内入国400年共同企画」を、関係する高知県内の博物館が連携して開催に取り組んだことだ。翌年には県の「文化施設人材育成事業」で連携組織の強化が必要との認識が強まり、KMNの発足へとつながった。

 現在では高知県内の各自治体にある文化施設(博物館、美術館、植物園、科学館など)や図書館、特定非営利活動法人(NPO)など、71団体・組織が加盟している。高知県内にある文化施設は、ほぼ全てだ。

「ほとんどの学芸員とすぐに連絡が取り合える」関係を構築

 仙頭氏は「個人的には県内にいるほとんどの学芸員さんと、すぐに連絡が取り合える関係ができています。観光政策課など県の観光関連部署がスムーズに協議会を立ち上げられるのも、このネットワークが非常に有効に働いているからです」と断言する。この種の行政と文化施設の学芸員レベルがスムーズに連携できるネットワークは、他の都道府県にもないという。2010年放送の大河ドラマ『龍馬伝』以後から観光博覧会の開催を“連打”してきたおかげもあり、県の観光施策と県内の文化施設などが緊密な関係を築くことができたようだ

 牧野植物園植物研究課の小松加枝・牧野富太郎プロジェクト推進専門員は「県の観光政策課などの部署で観光博覧会をリードしている人たちが、『龍馬伝』の時代から文化と観光を結ぶ役割をずっと続けていることも大きいと思う」と話す。仙頭氏ら県の担当者がジョブローテーションであまり動かずに、文化施設と信頼感を持って関係を構築してきたからこそ観光博覧会などの企画でもスムーズに事が運びやすい、との見立てだ。

牧野博士の生誕地にある牧野公園(高知県佐川町)には銅像も立つ

 仙頭氏も「今回の『らんまん』の放送決定後も、(KMNに加盟する)県内のほぼ全ての文化施設が、協力するべきだと判断し、それぞれが何をすべきか、どうすればより効果的かを話し合う素地ができていました」と述べる。それが貴重な成果となって積み重なってきたからこそ、素早い連携が可能になっている。

高知県単独の観光セールスにも文化施設が自主的に参加

 高知県は毎年、東京や大阪、名古屋、福岡、広島で旅行業者向けに県内観光のセールスプロモーションを実施している。4月から10月にかけて年6回を開催するが、東京や大阪では県知事も出席して観光の魅力をアピールするという。

 「これには県内から文化・観光系の約60企業・団体が、“手挙げ式”で参加します。誘客を図りたい文化施設や旅館・ホテル、各地の観光協会などが自主的に参加しています」と仙頭氏は解説し、その効果で各地の大都市圏では高知の最新観光情報を基にツアーを造成している。こうした県内の施設と観光が連携した誘客活動については、牧野植物園の小松氏も「施設側が自然に観光との連携を考える土台となっています」と肯定的にとらえている。

牧野植物園内で、企画展に向かう通路では牧野博士の笑顔が来園者を出迎える

牧野博士に「天の計らい」? 

 朝ドラ『らんまん』の放送が2022年2月に決定される以前から、牧野植物園では車いすで入園できるバリアフリーの整備や、車いすを利用する来園者も自分の目線で植物に触れることができる「ふむふむ広場」を開設。また、「まきのQRガイド」と呼ぶ多言語での園内デジタルガイド(英語、中国語:簡体字/繁体字、韓国語)も2021年11月に開始した。

 さらに製薬などの企業との植物成分の有効性を共同研究する「植物研究交流センター(愛称:ラボテラス)」を新設し、2023年5月にオープンさせている。

 牧野博士の出身地である高知県佐川町の牧野公園も、放送前から周遊道の整備や解説案内板のリニューアルを進めており、2023年6月には同町に新しい観光拠点「まきのさんの道の駅・佐川」が開業している。

 「天の計らいなのか、牧野博士に関連した観光施設整備が進んで完成するタイミングで『らんまん』が始まったのです。『やはり博士はもっちゅう』(運を持っている、の土佐弁)と、みんな不思議な気持ちでいます」と、仙頭氏や小松氏ら関係者は口をそろえる。

2025年は『アンパンマン』関連の朝ドラも

 朝ドラの放送決定後から機動的に文化施設と観光を連携させて博覧会などのキャンペーンを推進してきた高知県は2025年に、『アンパンマン』などの代表作がある高知県出身の漫画家、故・やなせたかし氏(1919〜2013年)をモデルにした新たな朝ドラ『あんぱん』の放送が待ち構えている。高知県観光政策課の仙頭氏は「次は何ができるか、何をすべきかと早くも考えねばなりません」と、明るい表情で思案を巡らせていた。

 行政や企業・団体が地域の中にある文化施設とネットワークを組みながら連携し、機動的に観光キャンペーンを企画して集客効果を高めて維持に努めてきた高知県の取組は、文化施設と観光事業者・自治体が一体となって地域の文化観光の魅力づくりや情報発信を考えていく上で、参考になり活用できる内容が多くある。

※前編はこちら↓

(文・取材・構成:三河主門)

※扉の写真は高知県立牧野植物園の展示館中庭(提供:高知県立牧野植物園)