「刀剣ファンの心つかむ」ミュージアムグッズづくりで初の交流会議、備前長船刀剣博物館と徳川美術館
日本刀の産地として刀剣を専門とする備前長船刀剣博物館(以下、長船刀剣博、岡山県瀬戸内市)と、刀剣ファンからの人気が高い徳川美術館(名古屋市)の文化観光に取り組む担当者らが2024年2月、初めて顔を合わせて意見交換の会議を開きました。
テーマはミュージアムグッズや体験などの「商品造成」。文化観光のキーポイントとして、来館者を惹きつける商品づくりに力を入れてきた両者が、それぞれの視点からグッズ開発について知見と意見を交換しました。
刀剣でつながる2つの館
長船刀剣博は古くから地元で生産された日本刀「備前刀」を中心に展示する、国内でも珍しい刀剣専門の博物館で、瀬戸内市が運営する。特に、2020年にクラウドファンディングで購入し所蔵した国宝「太刀 無銘 一文字 ( 山鳥毛 )」を目玉としている。
同敷地内は「備前おさふね 刀剣の里」として鍛刀場や工房が併設されており、刀職(刀工、刀鍛治)による鋼の鍛錬や、刀装具の製作、刀身への彫刻、研ぎなど職人による製作工程を実地見学することができる。
一方の徳川美術館は、江戸幕府を開いた徳川家康の遺品や御三家筆頭である尾張徳川家に伝わる名品を展示する。特に700振(本)以上あるという日本刀のコレクションは国内有数だ。近年ではゲーム・漫画・アニメで多くのファンを産んでヒットした『刀剣乱舞』に登場する6振を所蔵していることで、多くの刀剣ファンから注目を集めてきた。
2月22日の午後、長船刀剣博を訪れた徳川美術館の学芸部で刀剣を担当する学芸員の安藤香織・係長と、管理部の鈴木裕之・課長、吉川由紀・係長の3人は、まず鍛刀場や博物館を見学。その後に文化観光を担当する瀬戸内市や長船刀剣博の職員学芸員、瀬戸内市観光協会や「備前おさふね刀剣の里ふれあい物産館」の販売・商品企画スタッフらとの会議に臨んだ。
まず、瀬戸内市の産業建設部文化観光課で観光振興を担当する関洋平・主査が、2021年度(令和3年度)から文化観光拠点施設となった長船刀剣博のグッズづくりについて説明した。
「初年度は熱い湯やお茶などを入れると刃文(刀剣の刃の模様)が浮き出るマグカップや山鳥毛アクリルスタンドなど土産物の開発が中心でしたが、2年目(2022年度)からは刀剣専門の博物館ならではのミュージアムグッズをつくろうと様々な商品を企画・開発しました」と述べ、その中のヒット商品を紹介した。
Tシャツ「街中にも着ていけるデザイン」を目指して
特に人気となったのが、日本刀の刃文を複数重ねてデザインしたTシャツだ。「博物館での学びを日常で振り返えられるようにする」(関氏)を基本的な考え方としたという。
最初は刃文をリアルで写実的に表現しようとしたが、関氏は「そうすると刀の印象が生々しすぎて、ちょっと普段の生活では着て歩きにくい感じになってしまいました」と商品開発の初期を振り返った。
長船刀剣博の学芸員で刀剣専門家の杉原賢治・主査は「そこで、それぞれの刃文の特徴がわかる線を描いてみて、それをデザインとして仕上げてもらって最終的な商品のデザインになりました」と経緯を説明。
特に、瀬戸内市の文化観光課に所属する石田すみれ・主任や山本翔子・主事など女性職員が商品企画への参画してからは、「デザイン重視で質の高い商品づくりを進める機運が高まってきました」(関氏)と述べた。
グッズの企画・開発には、刀剣の里ふれあい物産館で販売を担当するスタッフも参画している。刀剣が好きで長船に移住してきて、ここで働いているという。
そのスタッフである有川璃菜さんと本田麻実さんは「せっかく買っても、外に着ていけない、パジャマ代わりにしかならないTシャツでは駄目ですよ、と提案しました。着て街を歩いても恥ずかしくない、むしろ着て歩きたいと思うデザインを目指しましょう」と提言したという。
長船刀剣博の杉原氏も「これを着て駅前のショッピングモールを歩けるか、を判断基準にしました」と付け加えた。そうして生み出した「刃文Tシャツ」は、製造したロット数が何度も売り切れるヒット商品になった。
販売スタッフの2人は「インバウンド(訪日外国人)客からの人気も非常に高く、『もっと大きいサイズはないのか』と求められることもたびたびです」と話す。山本氏らも「今後はサイズなどのバリエーションを増やすことも考えたい」と意気込みを見せた。
ダイレクトに見せず「デザインに凝る」
徳川美術館も、刀剣をあしらったTシャツを商品化している。同館の吉川氏は「基本的には刀剣のシルエットしか入っていないデザインです。ダイレクトに刀剣を見せるより、刀剣の持つ歴史や背景まで含めて楽しめる商品を目指しています」と解説。「刀剣ファンの方には、グッズとしてかわいい上で、ご自身と同好の士だけがわかる『さりげなさ』から、ご好評をいただいています」と述べた。
徳川美術館は、人気作品『刀剣乱舞』に登場する日本刀のうち、6振の刀剣を所蔵している。いずれも尾張徳川家伝来の名刀だ。
後藤藤四郎(短刀 銘 吉光 名物:国宝)
鯰尾藤四郎(脇指 銘 吉光 名物)
物吉貞宗(脇指 無銘 貞宗 名物:重要文化財)
南泉一文字(刀 無銘 一文字 名物:重要文化財)
本作長義(刀 銘 本作長義…《以下58字略》:重要文化財)
五月雨郷(刀 無銘 郷義弘 名物:重要文化財)
同作品のファンの間で人気のこれら6振を、徳川美術館は「とくびぐみ」と呼ぶ。最初はファンが同美術館にあるため「徳美組」と呼び始めたもので、それぞれの刀を“推し”ている熱烈なファンがいるという。
大手とコラボで女性ファンの消費意欲を刺激
2015年に刀剣育成シミュレーションゲーム『刀剣乱舞』のサービスが始まった直後から、徳川美術館にはファンから「鯰尾藤四郎の展示はいつか」などの問い合わせが入るようになったという。まだ世間にブーム的な動きは出る前だったが、徳川美術館は「どうやら鯰尾がゲームに出ているらしい」と把握できたことから急遽、鯰尾藤四郎の公開を決定。それに伴ってステッカーも制作したところ、来場したファンが買い求め、何回か増刷したそうだ。
美術館としては異例のスピード対応だったといえるが、この対応がその後の刀剣ブームや積極的なグッズ開発へとつながった。ゲームをきっかけとした刀剣ファンには、美術館に馴染みのない人も多かったため来館を躊躇する声もあったそうだ。だが明確に女性をターゲットとしたグッズは、徳川美術館からの“歓迎メッセージ”にもなったという。
来館者の急増やグッズがメディアに繰り返し取り上げられたことで、その需要を取り込みたい企業とのコラボも増えた。管理部の鈴木氏は「浴衣・帯セットや下駄、かんざし、オイルフレグランス、ポーチなどを、マルイなどとのコラボで多数とりそろえてきた」と紹介する。
いずれもミュージアムグッズの枠を超えて「女性に人気の小売店でも扱ってもらえる商品づくりを進めている」(鈴木氏)という。マネージャーの安藤氏も「徳川美術館なので葵の御紋がアクセントに入っている商品が多いが、必ずしもそれにこだわらなくていいのではないか」と、これからの商品開発に期待する。
というのも、徳川美術館の来館者は半分が観光客でもあり、「徳川美術館としての魅力は伝えつつも、普段使いができるものを」が基本方針となっている。
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ビールやバーガーなど地域で「山鳥毛」を活用
一方の長船刀剣博は「基本的に、まずは山鳥毛の一点推しを推進する」(関氏)が方針だ。和菓子メーカーから転職して瀬戸内市の職員となった関氏は「最初に長船刀剣博を訪れた時は、日本刀の写真をあしらった安価なクリアファイルくらいしかなかったのです」と振り返る。
これでは地域にお金は回らない。2020年にクラウドファンディングで集めた資金で国宝・山鳥毛を購入・所蔵してからは、これを活用して「地域にも波及効果が広がる連携に力を入れてきました」(関氏)。
「山鳥毛 里づくり応援団」を地元で組織し、「山鳥毛ビール」や「山鳥毛ハンバーガー」、地元産の高級イチゴを「山鳥毛いちごだより」として売り出すなど、地元業者を巻き込んで開発し、現地の小売店や飲食店で扱ってもらえるようにした。
関氏は「若い一人旅の女性客が山鳥毛ラベルの日本酒を買えるようにしたいと、物産館と応援団が地元の酒造会社に掛け合いました。最初は『そんなの売れないよ』と渋っていたのですが、やってみたら大当たり。次年度は持ち歩きしやすい小ビンも展開し、こちらもヒットしました。そうした実績が広がって、オセロの盤面が転換するように山鳥毛の名前を使った商品づくりが広がったのです」と満足げに話す。
瀬戸内市はこのほかにも、刀の柄(持ち手)に使う鮫(さめ)皮を活用したお守りを製作する体験観光商品を、瀬戸内市観光協会などと協力して開発。鮫皮は刀の柄に巻く糸のズレを防止する滑り止めの役割を果たす。実用面だけでなく装飾性も求められるため、鮫皮の「親粒」と呼ぶ大きな突起のある中心部だけを使い、残りの大部分は安価で売っていたという。
鮫皮の残りからつくったお守りについて、同観光協会の金森真弓さんは「滑らない=合格祈願として、またサステナブルな視点からも教育旅行の需要やインバウンド向けの商品として期待しています」という。
徳川美術館は刀剣以外のグッズ人気も模索
徳川美術館は「地元とコラボして様々な商品を展開できるのは、長船刀剣博の強みですね」(鈴木氏)と評価する。徳川美術館も地元とのコラボを何度も提案してきたが、名古屋という大都市では注目されにくいとの悩みも抱えているそうだ。
現状では「グッズの売上高で刀剣関連が占める比率が高いが、刀剣以外の商品をどう伸ばすかが課題」(安藤氏)として、刀剣以外でも来館者の人気を集めるグッズづくりにも力を入れている。2025年は開館90周年を迎えることもあり、刀剣グッズでの経験を活かしながら新しいグッズの展開を検討している。「いかに美術館にも足を運んでもらうか、誘客に力を入れていきたい」(同)。
地方の刀剣専門博物館と、都市部にある多種多様な所蔵品が並ぶ美術館。それぞれにグッズ開発の方向性に違いはあるものの、刀剣という熱烈なファンが多い分野でのミュージアムグッズの商品力向上は「観光地としての魅力を高めるのに不可欠」という意見は両者で一致していた。
文化観光拠点施設にとっては、観光客が立ち寄りたくなる気分や意欲を高める一助となるグッズ開発の重要性が、よく認識できる会議となった。
(取材・文・写真・構成:三河主門)
※扉の写真は備前長船刀剣博物館の外観
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