【備前長船刀剣博物館】日本刀の魅力を、英語でどう伝えるか。試行錯誤の挑戦(後編)
岡山県瀬戸内市「備前長船刀剣博物館」に、多言語支援員として着任したイギリス人のトゥミ・グレンデル・マーカンさん。日本刀の真の魅力を海外に伝えていくことを目指して、来日しました。前編記事につづき後編では、日本刀について英語で伝えることの難しさや翻訳で工夫していること、これからの目標などについて教えていただきました。
刀にまつわるエピソードやストーリーも伝えたい
――トゥミさんは今、具体的にどんな仕事をしていますか?
トゥミさん 備前長船刀剣博物館の多言語支援員として、展示の翻訳や、外国人観光客への案内をしています。最近では、2022年8月から9月まで開催した夏季特別展「長船の系譜 -700年の栄枯盛衰-」で山鳥毛(*)に関するキャプション(説明文)や、展示の翻訳を担当しました。
*山鳥毛 鎌倉時代中期に作られたとされる国宝の名刀。備前長船刀剣博物館所蔵。
――日本刀にまつわる言葉は難しく、翻訳しづらいものも多いと思います。どのように魅力を伝えていきますか?
トゥミさん はい。たしかに日本刀のキャプションには「刃文」や「金筋」などの難しい言葉が使われていて、まったく同じ意味の英語は存在しません。仏教的なキーワードも多いですね。翻訳をするとどうしてもニュアンスが変ってしまいますから、どうやって伝えていくべきか、毎回試行錯誤しています。
たとえば、「匂い」は、日本刀の金属の結晶の美しさを表す単語ですが、英語で直接表現できる単語はありません。ですから私は、「匂い」を「scent(香り)」と表現しました。花の香りが空気に漂うようなイメージを持ってもらえるように考えたのです。
日本刀のキャプションには、その刀が「いつ・誰が・どこでつくったか」といった情報が記載されています。ですが、それだけでは日本刀のことを知らない外国人には魅力が伝わりにくい。だから翻訳をする際には、その刀を扱っていた人のエピソードや、刀にまつわる面白いストーリーも入れられたらいいなと考えています。解説を読んで心を動かされたり、クスっと笑えたりすれば印象に残りますし、「その時代の歴史や文化も知りたい」など、新たな欲求も出てくると思います。
杉原さん 刀のキャプションの翻訳は、ひと筋縄ではいきませんよね。そもそも日本語としても分かりづらいのに、英語で分かりやすく伝えるのはもっと難しい。トゥミさんからもよく言葉についての鋭い質問をもらいますが、どうやって答えたらいいか、いつもすごく悩みます。
さらに、翻訳には日本文化への理解も必要です。たとえば、日本で「織田信長」といえば、すぐにイメージしてもらえますが、海外の人に伝えるとしたら、彼が生きた時代や背景、人物像などの説明から必要になりますよね。
どう翻訳するべきかの明確な答えはなく、おそらく他の博物館とも協力し合いながら、時間をかけてベストな伝え方を探っていく必要があるのかな、とも考えています。今の段階では、トゥミさんに1年かけて、日本刀の基礎知識、歴史や文化など、あらゆることを学んでもらうこと。そこからが多言語化のスタートですね。
トゥミさん はい。ただ言葉を訳すだけでなく「博物館として何を伝えたいか」ということも常に意識して、分かりやすく、誰にでも分かるような言葉で表現したいと思います。また、私は職人の技術にも興味があるので、職方さんたちともコミュニケーションを取りながら、彼らがやりたいことや、展示したいことなどの視点ももらうようにしています。
海外に伝えたい日本刀の魅力
――杉原さんとトゥミさんが、海外の人に伝えたい日本刀の魅力とは何でしょうか?
杉原さん 私が望むのは「とにかく博物館に足を運んで、本物の日本刀を見てほしい」ということです。今はインターネットなど、バーチャルで日本刀を見ることもできますが、やはり本物を目の当たりにするのとは違います。そして、自分の目で実際に見て感じたものを、大事にしてもらいたい。これは、海外の人だけでなく、日本の人たちに対しても伝えたい想いです。今は日本でも、日本刀は遠い存在になってしまっていますから。
日本刀は、あらゆる日本文化の歩みが集結した結晶です。刀身は伝統的な鍛錬技術によって約3万3000枚もの層に圧縮されていますし、鍔(つば)には木彫り、金工細工、装具には伝統の織物が使われています。さらに、武道や居合、日本史など、日本刀から派生したいろいろな文化を学ぶこともできる。そういった意味でも、特別な価値のある存在です。
トゥミさん 海外の人に日本刀の魅力を届けるためには、日本の歴史、経済、芸術のすべての観点が必要ですよね。また、私は日本刀そのものの魅力に加えて、この備前という土地で日本刀の約半数がつくられてきたこと、刀匠という存在があることなども伝えていきたいです。
――イギリスには、日本刀のように文化が総合的に集結したようなものはありますか?
トゥミさん 一つに集結したものとなると、ちょっと思い浮かばないですね。イギリス王室やシャーロックホームズ、紅茶など、イギリスを象徴的するような文化が複数存在しているイメージです。そういう意味でも、日本刀は世界でも珍しい、独特の存在だと考えています。
海外と日本をつなぐ架け橋として
――お二人の、今後の目標を教えてください。
杉原さん 「インバウントの旅行者はどんなことに興味を持っているか」「どんな展示なら面白く感じてもらえるか」など、さまざまな海外のニーズをくみ上げて、それらを生かした展示をトゥミさんと一緒につくっていきたいです。
トゥミさん ここに来てから、いろいろなことに自由度高くチャレンジさせてもらえているので、とても感謝しています。ゆくゆくは外国の博物館との連携にも挑戦したいです。10年ほど前に、イギリスの大英博物館で日本刀の展示会がありました。また、そういう企画ができればうれしいですね。日本刀への理解を海外へ広められるような文化交流ができることを目指していきます。
杉原さん トゥミさんは、4年前にもインターンでこの博物館に来てくれて、戻ってきてくれました。彼のように「また来たい」と思ってくれる人を増やしていくことを私たちは願っています。トゥミさんが、日本刀にどんどん詳しくなっていく様子をそばで見ているのはうれしいし、これから一緒にいろいろなことに取り組めることを楽しみにしています。
文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
福冨 崇(きづきアーキテクト株式会社取締役)
前回の杉原さんへのインタビュー記事