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ローコストでも「もっと学びたい」導く知恵――静岡・ふじのくに地球環境史ミュージアム(後編)

 廃校となった高校の校舎を活用して2016年にオープンした静岡県立の自然系博物館「ふじのくに地球環境史ミュージアム」(以下、ふじのくにミュージアム)は、展示にも学校の机などの資源を再活用しています。「再生」の精神に立つ展示デザインは国内外から高い評価を得ています。工夫を凝らした常設展示室や、展示交流員による「地球家族会議」など、来館者が自ら主体的に学ぶ意欲を刺激する展示づくりをリポートします。


順路サインとともに地球と生命の歴史をたどる

 館内の廊下を歩いていると、ところどころに小さなフレームが掛けられていることに気づく。縦20センチ、横30センチ程度の小さな箱で、よく見ると、表面のガラスに「~年前」「~月~日」と書かれてあり、小さな展示物のようだ。

廊下には標本箱を活用した案内が点在し、館内の順路を時系列で示している

 「これはフロントヤード内の観覧の順路と、おおよその位置を知らせるサインです。昆虫用の標本箱(ドイツ箱)でつくられています。順路の全長を、地球の歴史あるいは私たちの暦の1年間(365日)に見立てて、いま館内のどのあたりにいるのか、そして地球の歴史上、その頃にはどのようなイベントが起きていたのかを学べる仕掛けです」と、渋川浩一・学芸部長(教授)は説明する。

 スタート地点は、地球が生まれた46億年前。1年の始まりだから日付は「1月1日」となる。「展示室3」の手前まで進むと「40億年前」とあり、日付は「2月17日」に。その頃にちなみ、標本箱の中には約40億年前に形成されたと推定されている岩石の標本が納められていた。

40億年前にあたる位置にある標本箱には、その頃にできたとされる岩石が展示されている

 順を追って見ていくと、生命が誕生したと言われる35億年前で「3月29日」、超大陸が出現したという19億年前が「8月3日」だ。地球表層が氷河で覆われた「全球凍結」状態になったとされるのは7.3億年前の「11月4日」であり、最古の大型多細胞生物が登場したのが6.3億年前の「11月12日」だ。そこでふと、1年のうち11月も半ばになっているのに、まだ人類はもちろん、他の哺乳類も登場していないことに気づく。

 館内の順路が終わりに近づき、日付が「12月31日」に近づくにつれて、標本箱と標本箱の間隔が狭くなっていく。地球史イベントが目白押しに表れるのだ。魚類の一部から両生類が進化して陸上に進出したのが「12月2日」に当たる3.7億年前、恐竜が反映したのは「12月12日」の2.5億年前だ。

 その後、600万年前の「12月31日」の午後12時17分になって、やっと人類が誕生する。地球の歴史の長さに対して、人類の歴史がいかに短く、ささやかなのかがわかる。

人類発祥の600万年前は1年間に換算すると「12月31日午後12時17分」だという

 最後の標本箱は「12月31日24時00分」の“現在”、すなわち私たちが暮らしている現代のものだ。ホモ・サピエンスが誕生してから20万年で世界中に拡散し、農耕や牧畜を開始し、文明を築きあげてきたことが記されている。

 全ての展示室を回っても11教室分なので、決して疲れるほど歩くわけではない。一通り巡って見終わった後にもう一度、この順路サインだけをたどりながら地球と生命の歴史を実感する――そんな風に、コンパクトな館内を繰り返し歩いて“復習”するのも、この館の楽しみ方の1つだろう。

◆前編記事はこちら↓

机・いす・黒板を縦横に駆使したデザイン

 展示には、かつて高校の校舎だったころに使用されていた机、いす、黒板などが様々な形で再利用されている。『ふじのくにの海』というタイトルの「展示室3」では、部屋の中央に、机を縦に3つ重ねて構成した展示ケースが8つ並んでいて、それぞれに「縄文人も、グルメです」「ペリーとサンマ」「深海生まれの川魚」などといった、目を引くキャッチコピーが書かれている。

壁と展示ケースの上部の陸上が白、株の海中は青に塗り分け、「水の世界」を想起させる

 部屋の下半分が青く塗られており,ふだん見えない海の中の世界の神秘性をイメージさせるだけではない。標本は青い部分に配置し、照明にも淡く青いフィルターをかけることで「水の世界」を効果的に演出する仕掛けもある。

 また『ふじのくにの生物多様性』をテーマにしている「展示室7」では、学習机の天板を重ねて展示用の台として再活用している。貝殻など小さい標本を載せる展示台は天板を20枚ほど重ねた構造で,見やすい高さとなっている。シカやイノシシ、鳥など比較的大きな標本の展示台は天板を8枚ほど重ねたものになっていて、こちらも程よい高さに感じられた。

展示物をのせる台は、学習机の天板を再利用して重ねてつくってある

資源再利用でローコスト化と展示の魅力向上を両立

 取材時の同ミュージアムでは、企画展『イネ・米・田んぼ ― 人がつくる米、米がつくる世界 ―』が開催されていた。この展示でも、室内中央に学習机の天板が数十枚ずらりと並べられ、田んぼを想起させる展示台として活用されていた。天板の土台には横にした木製のいす(かつて図工室などで使われていたもの)が再利用され、ちょうど展示物を見下ろしやすい高さになるよう調整されていた。

 渋川氏は「こうした学校の什器は、それを目にした来館者がかつての学び舎の記憶を呼び起こして懐かしさを感じつつ、自然に学びの態勢に入っていただくためのアイテムの1つとして活用しています。資源の再活用にもつながりますし、コスト的にも助かる部分があります」と説明する。

企画展でも学習机の天板などを再利用し効果的な見せ方を追求している

 こうした展示室の空間デザインやストーリー性、再生の精神などが高く評価され、ふじのくにミュージアムは英国「FX国際インテリアデザイン賞博物館展示部門 最優秀賞」や、ドイツ「German Design Award 2018」、国内では「DSA日本空間デザイン大賞」「第6回 日本展示学会賞」など、国内外で数多くの表彰を受けている。

「対話型展示」で来館者と未来をつくる

 「展示室9」のタイトルは『ふじのくにと地球』だ。壁面には気候変動や水不足、資源不足などの環境問題(同館では「環境リスク」としている)についてのデータが分かりやすく表示されている。特徴的なのは、真ん中に丸い穴がある、大きな四角いテーブルだ。

ミュージアムインタープリターが議長を務める「地球家族会議」には、
常設展示の観覧者なら誰でも参加できる

 ここで、平日は1日2~4回、休日は1日6回開催の「地球家族会議」が開催される。在籍する15人のミュージアムインタープリター(展示交流員)が日々交代で講師を務め、地球環境リスクの1つを議題として取り上げ、来館者と言葉を交わしながら地球環境問題について考えていく。「食料」「生物多様性」などテーマが多岐にわたるため、何度も参加する来館者も少なくないという。

 常設展示の最後となる「展示室10」のタイトルは、『ふじのくにと未来』。身近な自然に潜む現象などをヒントに、人間活動による地球環境への負荷を軽減、持続可能な社会の実現に向けた取り組み事例などを紹介し、未来のあり方について自分事として考えるきっかけを与える展示室だ。
 
 例えば「百年後も毎日お風呂に入れる?」というコーナーでは、節水につながるものとして期待される「泡」を用いた技術を学び、「エネルギー消費の少ない移動ってどんなかたち?」では、ハコフグの体型やハチの巣の構造の元となっているハニカム構造などから、軽量かつ頑強な構造を伴ったエネルギー効率の良い移動を考えていく。

 移動による環境負荷の軽減に資する事例としては、ほかにも地産地消などが挙げられ、「自然を『往(い)なす』暮らし」というコーナーでは、自然との向き合い方、その考え方を問うていく。

100年後の豊かな静岡のために「何ができるか」などを問うコーナーも

 この展示室の最後には「百年後の静岡が豊かであるために」というコーナーがあり、「あなたにとって豊かな暮らしとは何ですか?」「百年後の静岡が豊かであるために、あなたは何ができますか?」などといった4種類の問いが掲げられている。横にある机にはそれらの問いが書かれた「百年カード」が置いてある。来館者がそれぞれの意見やアイデアを自由に書いて投函すると後日、展示室内の特設ボードに張り出されて展示の一部となる。

 渋川氏は「何かを『書く』、すなわちアウトプットするためには、情報を一度自分の中に取り入れ、そのことについて考える必要があります。『書く』ことは物事を自分事と捉えていただくには好適な作業です。最初はカードに書いていただけるか不安だったのですが、子供たちだけでなく、ご年配の来館者の方々も楽しそうに書かれています」と話す。これまでに集まったカードはすべて記録・保管していて、「『百年後の静岡が豊かであるために』をテーマとする館のイベントなどでも活用しています」(渋川氏)。

問いに対して感じたこと、考えたことを書いた「百年カード」を展示物として掲示する

 元・校舎を様々な工夫をもって再活用するふじのくにミュージアム。だが、生物標本などの資料を保管するのに好適な温度・湿度を適切に管理し、外光による紫外線の影響を完全に遮断するなどのためには、大がかりな改修が必要となる。当初とは想定外の使い方をしているため、予想外の事態が生じることも頻繁にあり、いくら改修しても「多くの場合、完璧にはほど遠い」と、渋川氏は指摘する。
 
 それでも、元・学校という“場の力”や、学習机・いすといった学び舎の資源を再利用しつつ、「地球環境史」という新たな切り口で展示ストーリーを煮詰め、効果的に展開していくふじのくにミュージアムの取組は、博物館や美術館にとって展示の新しい可能性を示唆するものとなるだろう。

◆前編記事はこちら↓

(取材・文・写真・構成:山影誉子、編集:三河主門)

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