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元・校舎の不利「逆に活かす」 プロ注目の展示力――静岡・ふじのくに地球環境史ミュージアム(前編)

 2016年3月26日に開館した「ふじのくに地球環境史ミュージアム」(静岡市)は、廃校となった高校の建物を活用した静岡県立の自然系博物館です。元・校舎という展示や収蔵資料の保管などに制約が多くある中で、多彩な展示手法を駆使して「地球環境史」の紹介に力を入れています。文化観光コーチングチームの関係者からも「他とは一味違う」と評される展示の工夫に迫りました。


  JR静岡駅からバスで約30分。小高い丘の上に着くと、緑に囲まれた“校舎”が姿を見せる。ふじのくに地球環境史ミュージアム(以下、ふじのくにミュージアム)は、統合によって廃校となった「静岡県立静岡南高等学校」の建物を利用してつくられた博物館だ。

元・学校が来館者を“学びモード”へ誘う

 「富士山や南アルプス、伊豆半島、駿河湾などの多様な自然環境と、そこに生きる様々な生物たち。静岡県は、自然科学に関心ある多くの方にとって非常に興味深い地です。私も研究者として同じ思いですが、そうした豊かな自然を調査・記録し、広く一般に普及する静岡県立の自然系博物館は、この館ができるまでありませんでした」と設立の経緯を振り返るのは、学芸員・研究員でもある渋川浩一・学芸部長(教授)だ。

 静岡県にも県立の自然史博物館を設立してほしい、という地元の有識者らによる働きかけは古くからあったものの、なかなか実現には至らなかった。しかし、2013年6月に川勝平太・静岡県知事が再選を果たすと、翌2014年7月には県立自然系博物館の基本構想検討委員会が発足し、それから2年も経たずに、ふじのくにミュージアムは開館までこぎつけた。

人と自然の関わりを考える地球環境史

 ふじのくにミュージアムでは、館名にもある「地球環境史」を「人と自然の関わりの歴史」ととらえている。エントランスの目の前にあるオープンなスペースは、「地球環境史との出会い」というタイトルの最初の展示室だ。印象的なのは、黒板をイメージした大きなスクリーンと向かい合うように置かれた一組の学習机だ。

 「ここが高校だった頃、実際に使用されていた学習机です。来館者の学び舎の記憶を呼び起こし、押しつけでなく、自然に学びの態勢に入っていただくためのアイテムの1つとして活用しています」と、渋川氏は狙いを語る。

エントランス前にある「展示室1」は、置いてある机が学校を思い出させる

あえて説明は少なめ、文字は小さめに

 スクリーンに向かって右側の壁には、動植物の標本や土器など「文明と環境」に関する展示があり、左側には、ヒノキの年輪や年縞(湖沼などに長年かけて堆積した層)など、「環境考古学」について知るための標本が並べられている。

 これは何だろう、と標本の下にあるラベルを見ると、文字はかなり小さめだ。近づいてやっと読むことができる。これについて、同館の塚本健次・企画総務課長が「意図的に、近づいてようやく読める程度の文字サイズにしてあります。標本を、できるだけ間近で見ていただくための工夫です。説明文も一般的な博物館や美術館よりも短いと思います」と説明する。

 インターネットを検索すれば各種情報が簡単に手に入る昨今だが、渋川氏は「博物館は実際の標本をじっくり見ることのできる場所です。そして、お仕着せの説明文を一通り読んで満足いただくのではなく、観覧される皆様それぞれの思いや考えを広げていって欲しい、すなわち思考を拓いて欲しいという想いから、ラベルの文字サイズはあえて小さめに、説明文もぎりぎりまで少なく研ぎ澄ませているのです」と話す。

標本の下にあるラベルは文字が小さめで、近づくことで読むことができる

 館内は校舎をほぼそのまま利用しているため、展示室のほとんどが元は教室だ。廊下に沿って同じ造りの部屋が整然と並んでいるという学校らしさが、そのまま残っている。

部屋ごとに表現したいテーマを選んで展示を構成

 教室が並ぶ学校の造りそのままなので、ただ標本とその説明文を並べるだけでは、単調になり、印象に残らなくなりかねない。そこで11ある常設展示室では、部屋ごとそれぞれに表現したいテーマを抽出し、さらにそのテーマを直感的に理解していただけるようデザインしたという。一見すると所蔵品が淡々と並ぶようにみえる展示室も、入るとそれぞれに個性的なデザイン空間が広がり、飽きさせない。

 例えば「展示室2」は、『ふじのくにのすがた』というタイトルで、自然の恵みと脅威という表裏一体の二面性を紹介する部屋だ。展示室外の廊下の壁には濃いグレー色の「2」と薄いグレー色の「2」が少しだけ重なるように並べてあり、展示室の内側の壁も濃いグレーと白の2色に塗り分けられている。
 
 「白いエリアでは水や地熱、食物などの自然の恵みを、濃いグレーのエリアでは水害や地震、噴火といった自然の脅威を、それぞれ紹介しています。脅威と恵みは、一見対極的ながら、自然というものに対する私たちの見方を変えただけの表裏一体のものです。このことを直感的に理解いただくため、真っ二つに塗り分けた部屋のデザインを採用しています」(渋川氏)

展示室の外にある数字の表示は全てデザインが異なる
自然がもたらす「脅威と恵み」の二面性を表現した

時代で変わる「人と自然の負荷」シーソーで表現

 「展示室5」を見ると、廊下側に表示される「5」という数字が1つはまっすぐ立ち、もう1つは大きく傾いている。「ふじのくにの環境史」というタイトルの部屋で、中をのぞいてみると、大きなシーソーのような展示台が4つ並んでいる。

「展示室5」にはシーソー型の展示台を置いている

 部屋に入って一番手前のシーソーは「縄文時代」で、奥に向かって「弥生時代」「江戸時代」「現代」と時代ごとのシーソーが並ぶ。シーソーの片側(廊下側)にはその時代の人の生活を示すジオラマが、反対側には動植物を含む自然環境のジオラマが、それぞれ置かれている。

 縄文時代のシーソーは平行だが、時代が進むにつれ人の方が次第に下がっていく。人が自然にかける負荷が重くなっていくこと、つまり人の存在が重くなっていくことを表現したものだ。

手前から奥へ「縄文」「弥生」「江戸」「現代」と時代が進むほど、
人・文明の存在が重くなり、自然が軽視されていく様子を表現した

 現代のシーソーは大きく傾き、人が乗っている側は床につきそうだ。ふと周りを見渡すと、壁面に書かれた説明文やパネルも、奥に向かうにつれ斜めに傾いていく。それらを見ていると、時代が進むにつれ、人と自然とのバランスが次第に崩れてきたことが、直感的に理解できる。

天井の低さ・部屋の狭さを逆手にストーリーを紡ぎだす

 自然系博物館というと、天井の高いホールに置かれた恐竜やクジラなどの大きな標本などをイメージする方も多いだろう。しかし、ふじのくにミュージアムは元が校舎であるため、天井の高さも低く、そうした見栄えのする“派手な”展示物を置くことができない。
 
 渋川氏は「1つひとつの部屋が狭いこともあり、展示物や解説文を絞らざるを得ません。だからこそ展示する標本は、それぞれの部屋のテーマやストーリーを最も効果的に表現できるものを選びに選び抜いています。いわゆる『お宝』の標本に頼った展示ではなく、派手さはないものの、それぞれの部屋、そして館が伝えたいメッセージを、厳選した展示物と空間デザインをもって最適な形で表現した展示なのです」と強調する。空間の制限を逆手にとって、ストーリー性を磨くことに力を入れたのだ。

天井の低い「元・教室」の空間を有効に使っている
(左から塚本健次・企画総務課長、渋川浩一・学芸部長)

 「ふじのくに地球環境史ミュージアム」という名前にも様々な思いが込められている。博物館という言葉を選ばずに「ミュージアム」としたのは、従来の「博物館」に対するイメージにとらわれない施設を目指したからだという。

 あえて県立や静岡という言葉を入れず『ふじのくに』としたのも、静岡(ふじのくに)から日本(富士山のある国)、そして世界につながる地球環境を考察し、発信していく館となってほしいとの願いを込めた。
 
 後編ではその地球環境史を、より来館者に楽しんでもらうための動線づくりや様々な仕掛け、また来館者参加型の展示についても紹介する。

◆後編記事↓

 (取材・文・写真・構成:山影誉子、編集:三河主門)

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