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文化観光の勘どころを共有、初のリアル開催で参加者が得た手応え――令和5年度 文化観光「認定計画事業者会議」(中編)

 東京都品川区天王洲の「T-LOTUS Mティーロータス エム」で2024年1月15日に開かれた「令和5年度 文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業 認定計画事業者会議」。会場を提供した寺田倉庫の発表に続き、岡山県瀬戸内市、大分県、徳島県の3つの認定計画事業者が現時点での取組と課題を発表しました。それぞれどのように地域文化に光を当て、地域全体を盛り上げていったのでしょうか。3者の発表内容と、会議参加者の反応・コメントをまとめました。


刀剣の聖地として展開 岡山県瀬戸内市

 岡山県の南東部に位置する人口約3万6000人の瀬戸内市は、鎌倉時代から日本刀の産地として栄えた地で、岡山県内で国や県の指定文化財が3番目に多い自治体という。瀬戸内市は「備前長船びぜんおさふね刀剣博物館『日本刀の聖地』拠点計画」が2021年(令和3年)に認定された。

発表に立つ瀬戸内市産業建設部文化観光課の若松挙史・課長

 文化観光拠点施設となっている備前長船刀剣博物館(以下、長船刀剣博)は、「備前刀」と呼ばれる地元で生産された刀剣を中心に展示している。地域の歴史・文化ではなく、刀剣に特化した博物館となっているのが特徴的だ。

 敷地内の鍛刀場や工房には職人が常駐しており、鍛刀場をはじめ日本刀に関する製作工程を見学できる。「刀剣の里 ふれあい物産館」も併設されており、備前小刀や刃物類、オリジナルグッズなど刀剣をテーマにした商品を中心に 、地場産品なども販売している。

 瀬戸内市は文化観光の拠点計画を遂行するにあたり、「日本刀に興味をもった方が訪れるべき『日本刀の聖地』としての位置付け確立」をコンセプトに設定、初年度からさっそくコーチングを受けた。

 瀬戸内市の産業建設部文化観光課の若松挙史・課長は「旅先として訪れた長船という地に根付く刀剣文化を『ジブンゴト(じぶんごと)』と思ってもらう。そのために刀剣の魅力を言語化し、人々を巻き込んでいく仕掛けが必要だと、コーチングを受けて認識を深めていきました」と振り返る。

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 コンセプトをつくり込んでいく過程では、長船刀剣博の学芸員のほか、市の観光担当、工房にいる職人(刀職=刀鍛冶)、さらに地域で刀剣イベントを開催する人など、計画に携わる多くの関係者に意見を出してもらった。

 「地域では熱意を持って刀剣文化や観光の振興に携わる人々がたくさんいますが、その思いを言語化してくれる人はいませんでした。コーチングを受ける過程で関係者の思いを形にし、共有できたことは非常にありがたかった」と若松氏は語る。

「刀剣を身近に」Tシャツや日めくりカレンダーなどグッズ開発

 コーチングでコンセプトを共有しながら取組を深化させていったことで、長船刀剣博が所蔵する国宝「太刀 無銘 一文字(山鳥毛さんちょうもう)」の購入資金(寄附金)を募った2020年よりも、関係・交流人口や、地域の消費額・にぎわいなどといった指標が、計画前に比べてアップしてきた。

 若松氏は取組の一例として商品開発のプロジェクトを紹介。「博物館で得た知識を自宅に戻っても振り返ってほしい、刀をテーマにした商品を家に置くなど、かつてのように刀を身近に感じてほしい」という軸を立て、そこから「来館者の中で(刀剣ファンなどが多く)消費意欲が高い20〜40代女性」をターゲットに設定した。

 「日常使いが可能で、刀剣をわかる人に共感を得るもの、そして学芸員や刀職がかかわった本物や、こだわりが感じられるもの」を追求したという。

 刃文はもんの種類をデザイン化した「刃文Tシャツ」や、刃に関する言葉や知識を盛り込んだ「山鳥毛 日めくりカレンダー」を企画・商品開発して発売した。刃文のTシャツについては、単に国宝「山鳥毛」の写真をプリントするのではなく、「これを着て街中に買いものにいけるか」などを会議で話し合って、デザイン性の高い絵柄を追求した。

国宝「山鳥毛」を含む複数の日本刀の刃文を元に
「街に着ていけるTシャツ」(写真右)をデザインコンセプトにした

 評判は非常に高く、売れ行きも好調だという。グッズを販売するふれあい物産館のECサイトも、日本刀の聖地として「刀に特化」した商品構成とし、長船ファンや刀に興味のある人を引き付けるデザインにするなどの工夫を凝らしている。

 瀬戸内市では入館料は販売収入などが予算を上回った場合、瀬戸内市が設けた「備前長船刀剣博物館 刀剣購入等準備基金」に積み立てることができる仕組みを構築している。

 これにより展覧会が大成功して入館料収入が大幅に増えたり、長船刀剣博のオリジナルグッズの売上高が伸びたりした場合や、ふるさと納税以外の寄附などがあっても、一般財源に組み入れるのではなく、基金に積み立てて 博物館の財源にできるという。

 最後に「拠点計画終了後を見据えて、自走できるよう取組を実施するときの心構え、意識すること、考えることを、文化観光コーチとともに行政担当者や長船刀剣博のスタッフなどと一緒に協議を重ね、わかりやすく11項目からなる文章にまとめた『りどころ』を作成しました」と若松氏は説明する。

 拠りどころは、一般企業では「クレド」と呼ばれる企業活動における心情や従業員の行動規範をまとめたものだ。「メンバーが入れ替わっても『拠りどころ』を基にして、「瀬戸内市の『刀剣の聖地』化を進めていければ持続化することができると考えています」と、若松氏は抱負を述べた。

竹が育んだ大分の文化を軸に 大分県

 JR大分駅から徒歩15分に位置する大分県立美術館(OPAM)は、2015年に開館した。もともとは1977年開館の「大分県立芸術会館」が老朽化したために改築することとなり、新しいコンセプトのもとオープンした美術館だ。開館当初のコンセプトは「五感で楽しむことができる」「出会いによる新たな発見と刺激のある」「自分の家のリビングと思える」「県民とともに成長する」というものだった。

大分県立美術館学芸企画課の池田隆代・上席主幹学芸員(左)と
大分県企画振興部芸術文化スポーツ振興課の蔵本昂平・主任

 この美術館を中核とした大分県文化観光拠点計画は、地域に根付き、館の主要コレクションともなっている「竹工芸」をテーマとした。「大分県はマダケ(真竹)の生産量が日本一であり、この真竹を使った工芸品は、遡れば室町時代あたりから生産され続けており、大分県の人々の生活に密接に結びついています」と、大分県立美術館学芸企画課の池田隆代・上席主幹学芸員は説明する。

  この竹という地域文化資源を、訪問者に親しんでもらうために開催したのが「OITA BAMBOO ART & LIGHTS 2023 『竹会たけえ』」だ。OPAMの1階にあるアトリウムを会場にした同イベントは、大分県企画振興部芸術文化スポーツ振興課の蔵本昂平・主任によると「モノ(竹工芸)・コト(体験)・ヒトに出会うように、また近隣の方々にとっては再発見になり、さらにOPAMの建築空間を有効活用するなど、様々な目的を持たせました」という。

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 竹会は会期中に、竹工芸家が毎日会場にいて来館者の目の前で竹細工を制作したほか、来館者が竹ひごを編む体験ができるコーナーを開設。さらにフォトスポットの設置や、竹工芸作品のライトアップ、音楽ライブなども開催した。OPAMの池田氏は「OPAMはコレクション展示室で竹工芸の特集展示を同時期に開催していました。『竹会』とともに鑑賞することで、その技巧のすごさや美しさを実感していただくことができました」と話す。

 会場内には公開制作に参加した作家作品の販売スペースも開設した。「作家の収入となり、作品の意欲増進にもつながりますし、訪問者と作家がコミュニケーションを深めることで、訪問者の購入意欲も掻き立てられました」と蔵本氏。民間事業者と作家との出会いの場ともなり、新たなビジネスが生まれる場にもなっていたそうだ。

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竹工芸を軸に“自走”の方法を考える 

 課題も残されている。「竹会は始まったばかりのイベントであり、『風物詩』として定着するのは時間がかかると思います」と池田氏。そのために、文化観光の拠点計画の終了後も「自分たちの力で続けていける“自走”の方法を確立する必要があります」(同)。
 
 今後は「開館時間前の特別鑑賞付き有料イベントや、民間企業や団体の参画、美術館の外での取組や連携も視野にいれていきたい」と、蔵本氏は抱負を語った。竹工芸を軸とした大分県の文化観光推進事業は、さらに進化を遂げそうな勢いだ。

阿波の文化と吉野川流域を盛り上げる 徳島県

 徳島県文化観光推進地域計画は2020年度(令和2年度)に認定を受け、2023年度に4年目に突入した。県や市の文化観光拠点施設やNPO団体とともに事業を推進している。

阿波十郎兵衛屋敷の佐藤憲治館長(左)と
徳島県未来創生文化部文化・未来創造課の清水公美子係長

 「徳島県にも様々な観光施設や文化教育施設がありますが、『藍住町あいずみちょう歴史館 藍の館』『徳島県立阿波十郎兵衛あわじゅうろべえ屋敷』『徳島県立博物館』『阿波おどり会館』『徳島県立大鳴門橋架橋記念館』の5施設を、中核の文化観光拠点施設に設定してブラッシュアップを推進しています」
 こう説明するのは徳島県未来創生文化部文化・未来創造課の清水公美子・係長だ。
 
 計画では江戸時代から品質の高さを評価され、藍染の原料として阿波に莫大な利益をもたらした「阿波藍あわあい」と、海外からも多くの観光客が訪れる「阿波おどり」、そして国の重要無形民俗文化財にも指定されている「阿波人形浄瑠璃」の3つを、「吉野川・三大あわ文化」として位置づけている。中核拠点に位置づけた5つの施設は、この三大あわ文化を学び、体験できる場所となっている。
 
 拠点計画としてブラッシュアップしてきた内容の1つとして、NPO法人「阿波農村舞台の会」事務局長でもある佐藤憲治・阿波十郎兵衛屋敷館長が徳島の人形浄瑠璃、そして水上タクシーの取組を紹介した。「徳島県立阿波十郎兵衛屋敷」は、県立の人形浄瑠璃専門施設だ。
 
 浄瑠璃とは、三味線の調べを伴奏に太夫が物語を朗々と吟ずる「語り物」と呼ばれるジャンルの1つ。400年ほど前にこの浄瑠璃に、人形芝居を組み合わせた「人形浄瑠璃」という芸能が誕生した。「世界には様々な形態の人形劇がありますが、一体の人形を3人がかりで操るのは日本だけです」と佐藤氏は解説する。

 3人で操作をするため、指先まで繊細で丁寧に動かせ、人々をドキリとさせる豊かな表情や目線なども表現できる。「伝統芸能というものは、その地域、その国の人々が大切にしてきたものが色濃く残っています。伝統芸能に触れることは、日本人の感性に近づくことができる貴重な機会です」(佐藤氏)
 
 ただ、大阪の人形浄瑠璃「文楽」や、淡路島の「淡路人形浄瑠璃」はプロの芸能だが、徳島の「阿波人形浄瑠璃」は、一部の太夫、三味線を除いてアマチュアが担う地域の郷土芸能だ。「芸術性の高さではかなわないかもしれませんが、アマチュアにはアマチュアならではの良さがあります」と佐藤氏は指摘する。

徳島に多い人形浄瑠璃の「農村舞台」活用

 その良さを磨こうと、徳島県各地に古くから残っている農村舞台の活用にも乗り出した。同県内の神社では、境内に人形浄瑠璃のための舞台が盛んに作られていた。現在も100以上の舞台が残されており、ここを農村舞台として野外公演を展開してきた。

 「春祭り、秋祭りにあわせて県内12〜13か所で公演をしています。『ふすまからくり』など徳島県の人形浄瑠璃を特色づける独特の舞台機構が残った、状態の良い農村舞台が多くあります。ただ過疎地にあるため、アクセスが難しいのが課題でした」(佐藤氏)

 農村舞台という場所の魅力を活用することで、地域の活力が増すとともに、人形浄瑠璃の観客層が広がった。また襖からくりをデジタル映像化し、国内外の公演で活用したり、阿波木偶あわでこ(阿波人形浄瑠璃に使われる操り人形)の精巧な3Dデータを作成して映像作品に使用したり、3Dプリンターで組立キットとして出力して学校教育で活用したり――と、新たな技術を積極的に取り入れた。

 これらによって阿波人形浄瑠璃の魅力をこれまで以上に広く発信することが可能となった。

農村舞台にある「襖からくり」について説明する佐藤氏

 徳島県の文化観光プロジェクトで特色にしようと力を入れているのが「水上タクシー」の取組だ。人形浄瑠璃などの徳島の文化は、吉野川の流域で発展してきた。「吉野川を水上タクシーでたどり、行き来することで、文化的な歴史やストーリーを把握できるからです」と清水氏が説明する。

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 地元NPOがもともと運営していた水上遊覧をベースに、新たなサービスとして「ひょうたん島 水上タクシー」を就航させるなど、水上タクシーで複数の観光施設を移動できるようにしている。周遊はもちろん、片道利用もできる使い勝手のよいサービスで、利用者には好評だという。


「拠りどころ」「じぶんごと化」重要性を再認識

 文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業で、実際に全国各地から参集した認定計画事業者がリアル(対面)で会議を開催したのは今回が初めてとなりました。
 2020年(令和2年)に施行された「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律」(文化観光推進法)は、コロナ禍中で往来が難しい中でのスタートでした。それだけに、交流する機会が少なかった各地の文化観光拠点施設が、それぞれの取組について直に説明を聞きながら情報交換ができたのは、大きな意義がありました。
 会議後に参加者に対して実施したアンケートの中から、示唆に富むコメント(自由記載形式で回答)を最後にご紹介します。

懇親会では意見・情報交換が各所で盛り上がった

認定計画事業者会議の参加者アンケートからのコメント

・寺田倉庫の事業展開は想像力を非常に刺激された。ただ所蔵品を保管するだけでなく、せっかくなら「人の目に触れて、価値が磨かれるようなサイクルをつくりたい」というコンセプトがとても素敵だと思った。

・備前長船刀剣博物館がプロジェクト参加者の「拠りどころ」となる部分を言語化して共有しているところは、羨ましいと感じた。自分たちのプロジェクトでは「将来ビジョン」をつくっただけなので、見直して全員が一丸となれる拠りどころを見つけたい。

・計画の「拠りどころ」となるコンセプトをつくっていく点など、計画期間終了後も見据えた各認定計画事業者の方の取組が参考になった。数年が経過したプロジェクトについて、計画の進め方や計画書を出発点にして形にしていく時の軸として、拠りどころの重要性をうかがい知ることができた。

・備前長船刀剣博物館の発表では、地域の関係者との連携や、来訪者にも「じぶんごと」だと感じてもらうことを重視している取組がとても参考になった。私たちの計画や事業を振り返りつつ、(参考にしながら)前に進めていきたいと思った。

・備前長船刀剣博物館の「じぶんごと化」する力、いかに地域の内外を巻き込むのか、関係人口を増やしていくことが大切なのかが、講演を聴いて改めて重要だと感じた。

・まちづくり、地域団体との連携などを、どのようなコンセプトや考え方で事業実施すればよいのかを学ぶことができた。寺田倉庫によるアートとウォーターフロント、倉庫街を活かしたまちづくりは見事。水路からのアクセスも活発に行なわれるようになると完璧だと思う。

・大分県や徳島県のプロジェクトは「自走」するための手段を考えていて、自分にも刺さるところがあった。私たちもコーチから言われているが、50〜100年後を見据えて事業を進めていかなければいけないと感じた。

・お土産品などの商品開発に関連した課題解決方法や商品開発へのアプローチ方法など、これまでわからなかった部分を直接担当者に聞くことができた。リアル開催ならではの良さを多分に感じられた。

・大分県立美術館の竹工芸の取組はおもしろい。繊細で丁寧な仕事が得意な日本人らしさが、国内よりも海外で評価されると思う。また地元産の(竹を活用した)メンマなど食品が絡むのは効果的だと思った。

・「文化観光」とは文化を越えた、地域のまちづくりであると深く認識した。コーチからの紹介で近隣の美術館の担当者と会えて、今後の連携を考えていく素地ができた。

・「ミュージアムグッズの開発手法」「有償プログラムの企画と実施の際の留意点」「事業実施のための業務体制」について参考になる意見を学ぶことができた。

・認定計画が終了した後の「自走」が(各事業者の)発表でも話題になっていたが、成功事例だけでなく「できたこと/できなかったこと」「うまくいったこと/いかなかったこと」なども掘り下げていければ、文化観光のサイクル好循環を確固たるものにしていけるのではと思った。

(講演採録まとめ・文:浦島茂世、構成・編集:三河主門)

※扉の写真は大分県立美術館(OPAM)の外観

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