見出し画像

レポート:令和4年度文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業シンポジウム(後編)

2023年2月9日(木)に、文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業シンポジウム「文化観光の好循環実現に向けて~持続的な文化の育み方について考える〜」が、オンラインにて開催されました。

前編に引き続き、コーチングを受けた認定計画事業者や担当コーチから、今年度の取組内容やコーチングで注力したポイントを発表していただきました。また、文化庁 文化観光支援調査官 竹内 寛文氏による「文化観光が目指す好循環」についての説明もありました。

◆コーチングを受けた認定計画事業者による発表

徳島県文化観光推進地域計画

徳島県未来創生文化部文化・未来創造課 清水公美子氏
NPO法人阿波農村舞台の会 佐藤憲治氏
一般社団法人イーストとくしま観光推進機構 井内泰氏 

清水氏 今回は、徳島県立阿波十郎兵衛屋敷の利便性向上「水都とくしま」推進事業と、徳島文化観光地域連携事業としての「水上タクシー」の取組について発表します。

「ひょうたん島クルーズ」を使った文化観光の推進とまちづくり

佐藤氏 私たちは県から委託を受け、人形浄瑠璃の施設である「阿波十郎兵衛屋敷」を運営している団体です。さらに、人形浄瑠璃が吉野川の恵みの上に花開いた芸能であることに着目し、県と共に水上タクシー事業も行ってきました。  

この地域では30年以上にわたって「ひょうたん島クルーズ」という観光遊覧船が運営されています。今回の文化観光の地域計画では、この周遊船を「ひょうたん島水上タクシー」として新たに運航し、観光地である文化施設へのアクセスや、まちづくりに活用する事業を展開することになりました。
「ひょうたん島クルーズ」を運営しているNPO法人「新町川を守る会」のおかげで、徳島市内には車いすでも安全に乗船できるような桟橋が整備されています

そこで、スマホのアプリから最寄りの船着き場へひょうたん島クルーズを呼び出せることができるようにし、どこにでも行ける水上タクシーとして整備しました。桟橋の周辺には、阿波おどり会館や徳島市立徳島城博物館等、県や市の主要な文化施設があるので、水上タクシーによって文化施設へのアクセスが容易になりました。

また、折りたたみ自転車も積み込めるため、自転車と船を組み合わせたツアーを企画したり、地元の学校の遠足に使ってもらったりと、活用の仕方の可能性も広がりました。合わせて、周辺の飲食店の情報発信にも力を入れる等、船を使ってのまちづくりにも注力しています。

旧吉野川を活用した水上タクシーの商品化

井内氏 私たちは今回、徳島県文化観光地域連携事業として、徳島県の北部を流れる旧吉野川の活用事業に取り組みました。

船を使ったイベントツアー

私たちも、先ほどの「ひょうたん島クルーズ」を使った周辺地域の観光地化を目指して、桟橋の候補となりそうな場所を細部にわたって調査していました。これによって、旧吉野川周辺の観光資源を可視化しながら、2つの商品造成を行いました。

水上タクシーの商品化

1つ目は「ひょうたん島クルーズ船で行く人気イタリアンと船上花火鑑賞」です。混雑とは無縁の船上から、ゆっくり花火を楽しめるツアーです。さらに地域のレストランで夕食を取り、地域のパティシエがつくるお菓子をお土産にする形で、地域にお金が循環するようにもしました。こちらは、大きな宣伝はしませんでしたが即日20席が完売となりました。

2つ目は「ひょうたん島クルーズ船で行くあいずみスマイリーマルシェと勝瑞1522」です。桟橋周辺の調査で見つけた国史跡の城跡「勝瑞城(しょうずいじょう)」で行われるイベントに船で行くツアーを企画しました。

小笠原流弓術演武を見ていただくステージや、ご朱印のような「ご城印」をお土産にする等、様々な取組をした結果、県外からもお客様が来てくれました。ニッチな世界ではありますが、今後の可能性が感じられるものになりました。

地域住民の足として愛され、活用される水上タクシーに

井内氏 私たちには地域活性化というミッションがあるので、観光のみならず、水上タクシーを普段から地域の方々に利用してもらえるような移動手段にすることも目指しています。

そこで、近隣のショッピングセンターの近くに桟橋をつくり、周遊船を体験していただくイベント等も行いました。川から見ると、地元の景色が全然違って見えるのが魅力的だという地域住民の声もいただいています。この水上タクシーを、地域住民の足として愛され、活用されるものにしていくために、今後もさらなる取組を行っていきたいと思います。

持続性のある事業を目指して

清水氏 私たちが取り組んできた水上ツアーのコンセプトは、「新撫養航路で繋ぐ、阿波の文化と観光」です。新撫養航路(しんむやこうろ)というのは、徳島から鳴門の間にある吉野川や旧吉野川の河川をつなぐ航路として、明治時代に開設された航路です。これを文化観光活性化の軸として復活させることを目指しています。

そして、将来的には自走していける、持続性のある事業にするために、水上タクシーを利用した高付加価値ツアーを検討していました。しかし、経費の洗い出しをしたところ、桟橋等のインフラの整備もまだ途中であるため、現時点では高付加価値のツアーの実施は難しい、という判断に至りました。

そこで、コーチからのアドバイスを受けて、ツアーの方向性を転換。令和5年度からは、単価を少し下げ、すでにあるインフラを活用した阿波の文化を深く体験できるツアーとして検討を進めていくことになりました。

コーチングを受けたことで、今までとは違った視点でのツアー造成を考えることができ、また収益を上げるためには経費についても考えるべきだという視点を持つこともできました。

高付加価値ツアーのプロトタイプ航路

長島コーチ 私がコーチングをしている中で印象的だったのは、皆さんが常に「持続性を持たせたい」という想いを持って事業を進められている姿でした。
 
具体的には、日常の足として活用する水上タクシー事業に加えて、観光商品のイベントツアーも行うという足し算で収益を担保していくアプローチがとても良かったです。連携についても、それぞれの方々の想いを尊重し、焦らずに一体となって挑もうとしている姿が素晴らしいと思いました。
 
最後に出てきた「新撫養航路で繋ぐ、阿波の文化と観光」は、今後の取組になると思います。持続性を持たせる事業にし、貢献してくれた方々に収益をしっかり還元することを目標に、頑張っていただきたいと思います。

MOA美術館を中核にした 「国際観光温泉文化都市」 をめざす熱海の文化観光を推進する拠点計画

MOA美術館 岡宮明弘氏 上榁雅仁氏 長山なな子氏

岡宮氏 MOA美術館は、熱海の文化観光を推進する文化観光拠点計画施設として事業を進めています。「創設以来のポリシーを守りつつ、時代の要望に応え、日本のアートシーンの未来を創る」という想いのもとで、プログラムを強化してきました。

令和3年度のコーチングを受けたことで、「これからの時代を担うアーティストやパトロンを育てる」「自己表現に興味を持っている若年層にアートに触れる機会を増やす」という、MOA美術館ならではの役割と、コンセプトの柱が見えてきました。そこで、令和4年度はコーチングへ参加する職員を増やし、コーチングによる伴走支援をお願いしました。

MOA美術館の目的とコンセプト

熱海の主要な観光資源とのコラボレーション

上榁氏 私からは、令和4年度に取り組んだ事業の1つ、「ラグジュアリーな富裕層に向けた早朝夜間活用のプログラム」についてご紹介します。熱海の主要な観光資源である海上花火大会とコラボしたナイトミュージアムを実施しました。MOA美術館は、260mの高台に位置していますので、美術館から眼下に繰り広げられる花火は、他では味わえない貴重な体験になります。

ラグジュアリーな富裕層に向けた早朝夜間活用のプログラム

実施にあたっては、企画の段階からコーチングのアドバイスをいただき、「目的・ターゲットを明確にして内容や価格を設定すること」「館のコレクションと冬の花火をつなげる全体的なストーリーを考えること」「本プログラムが次年度以降の雛形になるよう実証実験として行うこと」「悪天候に備えて別メニューの実施や規定プランの拡充を想定しておくこと」の4つを意識しながら、ターゲットや目的、タイトル、内容、価格等を設定しました。

パトロン候補となる層を対象に、特別感のある体験プログラムにし、国際的な文化交流の架け橋となるような機会の創出を目指しました。閉館後の貸切の美術館で行われる学芸員のプレミアムトーク、フリードリンクを飲みながらの花火鑑賞、さらに日本庭園内にある「花の茶屋」での会席料理が付きます。

参加者は50代、60代が多く、どの体験もほとんど満足の評価をいただくことができました。今後はさらにターゲット・目的に基づき、より内容をブラッシュアップしながら、継続を目指していきます。

次世代アートファンの育成を目指した伝統文化体験プログラム

長山氏 私からは「アートファン育成を目指した伝統文化体験プログラム」についてご紹介します。MOA美術館では、主に子どもたちを対象にした「夏休み能楽教室体験講座と鑑賞」を行っています。これは、能楽器の体験と能楽鑑賞をセットにしたプログラムです。

アートファン育成を目指した伝統文化体験プログラム

子どもだけでなく、同伴した保護者も能や日本文化に対しての理解を深めることがアートファンの育成につながると考えて、小・中学生を中心とした参加者やその保護者に、能楽器の演奏を体験していただきました。
 
また、能楽鑑賞の前には、初めて観る人でも楽しめるよう、能楽師の辰巳満次郎氏や野村萬斎氏からの解説が行われます。能楽堂の入口では、能舞台・役柄や能のしきたり等についてまとめた小冊子も配布しました。

この一冊があれば能の表現のいろはが分かるようになっています。令和4年度は土蜘蛛を上演し、「3回目だけど、何回来ても感動する」とか、「解説が分かりやすくて良かった」等の感想をいただくことができました。

日本の伝統芸術を牽引する美術館に

榎本コーチ 私からは、MOA美術館の取組で参考になりそうなポイントを4つ挙げさせていただきます。1つ目は、コンセプトやストーリーを分かりやすく図式化し、推進すべき文化観光の全体像をみんなが共有できるようにしていることです。
 
2つ目は、コンセプト/ストーリーに基づいて現した図式によって、個別の事業計画をしっかりと組み立てていることです。これにより個別事業の位置づけや狙いを明確にできますし、相乗効果を意識することもできます。
 
3つ目は、取組をしていく上での推進体制の整備です。コーチングに参加する職員の方を増員し、また館長が自らコーチングに参加し、旗振り役として動いていただきました。これは非常に大きなことでした。
 
4つ目は、役割を意識すること。MOA美術館は、日本の伝統芸術を牽引する役割を担っています。まずは熱海のアートシーンの活性化に率先して挑戦し、ゆくゆくは日本全体のアーティストを牽引する美術館になるように、一緒に進んでいきたいと考えております。

文化観光が目指す好循環について

文化庁 文化観光支援調査官 竹内 寛文氏

ご登壇者の皆様、貴重なお話をありがとうございました。三者三様、文化資源を活かしながら、魅力的なコンテンツが形になりつつあるということが伝わってくるご発表でした。
 
文化観光とは、各地のユニークな文化資源を深く理解することを楽しむ観光ということになりますが、そのハブとなるのが文化観光拠点施設です。拠点施設が、下の図にある文化・観光・経済の循環を生み出すポンプとなり、新たに人が集まる場所になることで、地域全体が潤うことが狙いです。そのためには、文化資源が魅力あるものになっていることが前提となります。

文化観光推進法で目指す 文化・観光・経済の好循環

ここで基本方針で定めている「認定計画が実現すべき目標」について振り返っておきたいと思います。目標は4つあります。
 
1つ目は、好循環の創出です。本日のシンポジウムでは、文化振興を起点としたマネタイズや資金循環が話題の中心でしたが、文化には、支える人と、その想いがあってこそ維持・継承できるものという側面もあります。文化資源への理解が進むことで新たな支え手を生んでゆく、いわば人や想いの循環が必要ということも、留意するべきだと思います。
 
2つ目は、文化観光拠点施設と、文化観光推進事業者、関連する自治体との連携体制が構築されることです。連携するということは、計画に名前を連ねればよいということではなく、長島コーチからご紹介があったように、パーパスやコンセプトを共有しながら事業にも取り組み、具体的な形にしていくことです。
 
3つ目が、魅力ある解説紹介等の取組を通じて多くの来訪者の文化への理解を深め、満足度を高めるという目標です。皆さんも旅行中に新たな発見や気付きを得て、喜びや深い感動を味わった経験があるのではないでしょうか。おそらく、それが「文化への理解が満足に繋がった瞬間」だと思います。文化観光拠点施設が、そういった感動を得られる場所であってほしいと思います。高い満足度をもたらす上質なコンテンツはマネタイズの元にもなりますし、支援者の獲得にもつながるでしょう
 
4つ目が、来訪者増の実現です。来訪者数を増やすといってもやみくもに呼び込むのではなく、文化の理解に関心の高い人や、その潜在層の来訪を増やしていく。それが好循環の原動力になることに留意しながら、実現して行くべき目標だと考えています。
 
また、この4つの目標を実現するためには、文化と観光が連携して取り組んでいく必要があります。文化観光拠点施設の中で学芸員やスタッフとアイデアや意見を出し合う場が持てているか、そこに文化観光推進事業者が加わっているか、また、地域の中で意欲を持った事業者に声がかけられているかを、この機に振り返っていただければと思います。
 
とくに、来訪者の満足度をアップするためには、お客様が何を求めているかを把握することが必要です。各計画地域や拠点施設が文化観光に取り組む上で目指すべき方向性、パーパスやコンセプト、ミッション等が、顧客が期待する価値とマッチしているかどうか。不足している部分がないか点検し、ギャップを埋めていくことが大切です。

(文化観光コーチングチーム「HIRAKU」より)
令和4年度のシンポジウムでは、文化観光が目指す「好循環」に向けて、様々な取組をされている認定計画事業者様にご登壇いただきました。各発表のなかで、「この発想やアイデアを早速試してみよう」と思われたところや新たな知見を得ていただけたのではないでしょうか。文化観光の推進に、ひとつの答えはありません。本シンポジウムを通じ、専門知識の深化や新しい視点の獲得に結び付いたのであれば幸いです。

最後に、多くの方々にご協力いただき、このような素晴らしいシンポジウムを開催することができたことを、この場を借りて改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。