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掲げる「旗印」伴走してチームから引き出す、文化観光コーチングの意義――令和5年度 文化観光「認定計画事業者会議」(後編)

 全国各地の自治体・文化観光拠点施設が推進する文化観光施策を、企画段階から取りまとめをサポートしているのが文化観光コーチングチーム「HIRAKU」です。2024年1月15日に開かれた「令和5年度 文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業 認定計画事業者会議」では、HIRAKUの3人のコーチが、岡山県瀬戸内市、大分県、徳島県が発表した先進的な取組について講評し、文化観光を推進する上での「要諦」を解説しました。


◆最重要は旗振り役のリーダーシップ

◎福冨 崇 コーチ

福冨 崇 氏

 我々コーチングチーム「HIRAKU」は2021年度(令和3年度)から文化観光の認定計画事業者のみなさんの、計画の立案から推進・実行を伴走させていただきました。私もコーチングチームに参画して3年目を迎えます。

 現在ではコーチと専門家を合わせて約20人の体制で対応しており、認定計画事業者のみなさんの状況に応じて2〜3人でチームを編成してコーチングを実施しています。

 コーチングの頻度はテーマによってまちまちですが、月に1〜2回、オンラインや現地訪問を重ねて対応してきました。みなさんの計画が効果的かつ効率的に前進するよう、お手伝いをしています。

 きょうは①旗振り役のリーダーシップ、②拠りどころをつくる、③立ち返りながら巻き込む――の3点のポイントをお話ししたいと思います。1つ目の「旗振り役のリーダーシップ」は、非常に大切な役割です。本日(の会議で)発表いただいた瀬戸内市、大分県、徳島県はいずれも発表者が旗振り役になってリーダーシップを発揮してこられました。

 私立の美術館で館長が直接コミットしている文化観光の拠点計画であれば、予算と人が動いてしっかりと物事が進んでいきます。進捗が素晴らしい館の共通点は、やはり確固たるリーダーシップが存在してることです。

誰が読んでも理解・継承できる「拠りどころ」制定を

 公立館や私立館、また行政組織とその体制は様々ですが、いずれにしても文化観光計画に対してしっかりとした理解を持ち、熱量をもって一丸となって進んでいくチームが強さを発揮しています。

 本日、ご参加された皆様は、いずれも旗振り役でありリーダーシップを発揮する立場の方なのかと思います。ぜひ仲間を作りながら計画を引っ張っていっていただければと思います。

 寺田倉庫さんの発表の中で、今回の(東京・天王洲の)まちづくりを数十年単位で進める中で、オーナー家だったり経営陣だったり、社員の方々の進取の精神が発揮されている。そこにリーダーシップの強みが結実していると思った次第です。

 2つ目が「りどころをつくる」です。これに関しては備前長船刀剣博物館の発表に出てきたので、その資料が参考になるかと思います。コンセプトを言語化すること、ビジュアル化することなど、「拠りどころ」=クレドのような形で共有できる、共有しやすい媒体にしっかりとまとめておくことが必要です。

 計画によっては、それが大分県のように「コンセプトブック」という形態や、徳島県のようにプレゼンテーション資料として作られている話がありました。皆様の考えは文化観光推進法の認定計画にもしっかりと書いていただいているとは思いますが、今後はそれを「人を巻き込んでいく」ためにも、短いが理解しやすく、どんな人が読んでもわかるような形で取りまとめることが必要になります。

「立ち返りながら巻き込む」手立てを考えよう

 現在進行している計画の中では、富岡製糸場(群馬県富岡市)が今年度に制作してきた「誘客シナリオ」をとりまとめる議論をしています。また徳川美術館(名古屋市)では広報のコミュニケーションメッセージを整理する動きがあります。

 コーチングチームでは、このような皆様の「拠りどころ」づくりを、コーチのほか専門家を任命し、何回かのセッションで、みなさんの考えを引き出しながら、まとめていく支援をしています。

 その答えはあくまで「みなさんの中にある」ものです。コーチが勝手にこしらえて押し付けるようなものではありません。みなさんとお話しし、また地域の方とお話していく中で整理をしていく、その手伝いをさせていただいています。

 最後に、3点目として「立ち返りながら巻き込む」について説明します。せっかく苦労してつくったコンセプトやシナリオも使われなくては意味がありません。

 拠点計画にあとから携わる関係者が増えても、その都度、まとめたコンセプトやシナリオを見せて、参照してもらいながら文化観光を推進していく仲間になっていただく。それができれば、みなさんの意見にズレがなくなり、理念を共有した上で動いてもらえるようになります。

 そういう人たちを巻き込みながら活躍してもらうためにも、コンセプトやシナリオを拠りどころとして言語化し、そこに立ち返りながら確認していくことが重要になるのです。

福冨 崇(ふくとみ・たかし)氏 
きづきアーキテクト取締役

 2000年慶應義塾大学経済学部経済学科卒、アクセンチュア入社。金融、製薬、不動産等での新規事業開発やBPR等のプロジェクトに従事。2007年慶應義塾大学大学院法務研究科卒業後は、複数の事業会社の経営陣として各種事業の立ち上げに参画。2017年クリーク・アンド・リバー社に入社し2021年10月から現職。

◆志は高く、敷居は低く

◎長島 聡 コーチ

長島 聡 氏 

 きょうは、みなさんの発表をスマートフォンでメモを取りながら聴いていました。最初は箇条書きで対応できると思ったのですが、書くべきこと、注目すべきポイントがたくさんあって、3ページにもなってしまいました。それほど良い話、参考になる話が多かったと思います。

 発表された4者の方すべてにコメントするのは時間的にも難しいので、寺田倉庫さんの事例と、徳島県の「吉野川・三大あわ文化」の事例について、私なりの気づきをお伝えできればと思います。

 皆さんの発表では「敷居」という言葉が多く出てきました。その中で、寺田倉庫さんのWHAT(ワット)プロジェクトは、アートに対する敷居を下げつつも、超一流の芸術作品に触れられる空間をうまく作られていて、それが利用者を増やすことになって成功しているなと思いました。

寺田倉庫、巧みな「アートのバリューチェーン」づくり

 トップアーティストだけでなく、若手の作家も支援し、手の届く距離の展示、それからコンテンツを並べて作家とコラボしたカフェもあります。これまで高そうだった敷居を下げて、新たなファンを生み出しています。

 寺田倉庫さんは「アートのエコシステム」という表現をされていましたが、言い方を変えると「アートのバリューチェーン」のことではないかと捉えました。

 アートの川上から川下まで、創作はもちろん、展示、販売、保管、修復と全部そろえて、一気通貫で持っている。これによって文化観光にとても厚みが出ているのだと思いました。

 こうした特徴があることで、倉庫に美術品などを預けるサービス利用者が、「サービスの提供者」の側、つまり担い手になっていき、どんどん伝える側にもなっています。「コレクターズミュージアム」というのは、まさにそうした活動なのではないでしょうか。

 一方、最初はアート作品を見にきただけだった人も、アートや作家と出会っていくうちに、「まずは買ってみよう」=パトロンになっていくこともある。そのような「お金を出す側の人に化けさせる」ような場づくりも、うまくできている企業だと感じました。アワード(表彰)とかアートスタジオなどでも作家と支援者の出会いがありますよね。

 もう1つの気づきですが、寺田倉庫さんは「アートを核としたまちづくり」の面的な広がりを30〜40年前から進めてきました。いろいろな立場の方が集って会える、滞在価値を高める、飲食もできる――といった広がりが、この天王洲にはあります。

 これは仲間の力を使って、結果的に「体験密度を高める」ことができているのではないでしょうか。文化施設を運営されているみなさんは、「リソースが足りない」とよく言うのですが、うまく仕組みをつくれば“外の力”を借りて不足しているリソースを補い、展開を拡大・加速できるかもしれないと、強く感じました。

 寺田倉庫さんの場合は、様々な「仕掛けの向き」がそろっている、というのが何よりも大きな力を生んでいく成功要因になっているとの印象を持ちました。

束ねて1つにして見せる工夫

 次に、徳島県の「吉野川・三大あわ文化」は、ステップをちゃんと踏まえて、おもしろい取組になってきたと思います。当初の2〜3年は個別施設においてコンテンツの見せ方や体験の仕方などを磨き上げました。その出来上がった完成形だけじゃなく、さらに「そこに至るまでの経緯」もデジタルを活用することでうまく紹介しています。人形浄瑠璃などもそうですが、これがすごいですね。

 入り口の敷居を低くする工夫も、やはり実施しています。地元ケーブルテレビのキャラクターを生み出して被り物をつくったり、浄瑠璃の人形のペーパークラフトをつくったりと、文化を日常に溶け込ませる取組をそろえてきたのも、すごく良い。

 次のステップとして、そうやって磨き上げたものを「束ねて1つの取組として見せる工夫」が徳島県にはありました。水上タクシーとか「居酒屋直行便」など高付加価値ツアーなどを考案して実行している個別の取組もそうですし、拠点群を水上交通で束ねることで文化を学びながら、お土産や飲食とかレンタルサイクルなどを利用できるように促して、来訪者の体験価値を高めていく施策が展開されています。

 水上交通をリアルのゲートウェイ=プラットフォームとして活用していくことで、様々な文化拠点にいざなうことも可能ですし、「文化をまとった船」が観光客の目に触れることは、宣伝やPRとしても非常に費用対効果の高い施策になります。「束ねて発信する」ことは非常に大きな力があると気づけるでしょう。

 さらに徳島県が始めた新たな挑戦として、物理的なゲートウェイに加えて、デジタルのゲートウェイ=プラットフォームを重ねていこうとされています。観光案内のアプリを既に選定して、各地の見どころを束ねて周遊してもらうことが始まっています。これも素晴らしいと思います。

 「自走」と「持続性の担保」のための仕掛けとして、支援者を確保するためのプレゼン資料もつくり、「これ一緒にやりましょうよ」と呼びかけているとの話もありました。さらにお金を回す仕組みとして、アプリに決済機能を持たせて手数料を収入化し、再投資の原資を得ることも議論されているようです。令和6年度は、この再投資の循環を回していくメンバーづくりを、徳島のみなさんにはぜひチャレンジしていただきたい。期待しています。

長島 聡(ながしま・さとし)氏 
きづきアーキテクト代表取締役・工学博士
 
 早稲田大学理工学研究科博士課程修了。同理工学部助手を経て1996年ローランド・ベルガーに参画。日本法人代表取締役社長を経て2020年3月までグローバル共同代表。多数の会社で社外取締役を務めるほか、政府等委員会の委員、NEDO技術委員なども多数歴任。2020年から現職。

◆「文化熱量を増やす」取組が経済循環を生む

◎金野 幸雄 コーチ

金野 幸雄 氏

 きょうは4つの発表がありました。いずれも先進的な内容の発表であったと思います。やはり「地域をつくる」、そして「土地の文化をつくる」という点に着目して、きちんと推進してこられている。これはもう文化観光の本質そのものだと思うんですね。
 
 そして文化観光の目標といえば、やはり地域の経済循環と、社会的な価値の創造があります。きょうの発表で出た言葉でいえば、「関係人口」の拡大であり、言葉を変えると「文化熱量を増やす」ようなことです。そこに着目しながら、地域をつくり、文化をつくるという観点で、みなさんがきちんと取り組まれている。これが素晴らしいなと思った次第です。

 我々の「HIRAKU」というコーチングチームは、文化施設を地域に「開きたい」と思って名前を付けました。その事例が、きょうはたくさん聴けて非常にうれしく思いました。総括だけするつもりだったのですが、やはり各地域の取組について一言ずつ、少しだけコメントさせてください。

時間をかけても自走の可能性追求を

 まずは寺田倉庫さんには素晴らしい会場を提供していただきました。美術館は本当に楽しく巡ることができました。アート部門でちゃんと事業が成立していることは、さすがというほかない。公立の文化施設のみなさんは、そのエッセンスをぜひ“盗み”ましょう!

 備前長船刀剣博物館は、瀬戸内市の職員が直にお土産品などを開発している、という話に非常に感銘を受けました。――そんなこと誰もしないよね、という驚きでもあります。今後は民間ともさらにがっちりと組んで開発していくことで、そのすごさを一段と発展させられると思いますので、ぜひ次のステージでやってみていただければと思います。

 大分県には私も関わったことがあり心配していましたが、「竹会(たけえ)」などの素晴らしい展開に結実させていて、見事だと思いました。それを軌道に乗せて自走化させることは大変だとの話がありましたが、これは時間がかかると思います。ですから(文化観光認定計画の)5年間では収束しないかもしれませんが、とても大きな可能性がある取組だと思います。ぜひ一緒にがんばってまいりましょう。

マネタイズを横に置いて考えてみる

 最後に徳島県です。実は私自身が徳島出身なので、昭和の頃は汚かった(徳島市内を流れる)新町川が、みなさんの努力で本当にきれいになっているのが感動的でした。

 文化観光の、特に公立の博物館・美術館の方々は、何かあるとマネタイズのことを不安視します。

 でも、お金のことを横に置いて考える癖をつけるってのは大事だと思うんです。お金は、正直な道具でいろいろなものが見えてくる。「お金に困ったとき、本当の友達は誰かがわかる」とか(笑)。

 マネタイズばかりに気を取られると、今やっている取組が、本当に社会的価値があるのか、本質的なところはどうなのかが見えにくくなることがあります。だからお金のことを横に置いて考える癖をつけましょう。
 
 徳島の水上タクシーや人形浄瑠璃などもマネタイズの視点で考えると非常に厳しいと思います。しかし、それを自走できるようにすることで、新しい知恵が湧いて、新しい文化的価値を創造するチャンスがあるわけです。

 だから、「本当にチャレンジすべき甲斐がある事案が、ここにあるのだ」と考えて、挑戦していただきたいと思います。みなさんと一緒に、日本の文化観光を底上げしていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

金野 幸雄(きんの・ゆきお)氏 
きづきアーキテクト 匠・シニアカウンセラー

 1955年徳島県生まれ。2014年までに兵庫県職員、篠山市副市長、流通科学大学特任教授を務めた。専門は国土計画、景観政策、官民連携など。歴史的資源を活用した観光まちづくり専門家会議(内閣官房)委員。日本遺産審査・評価委員会(文化庁)委員。文化審議会文化経済部会(文化庁)臨時委員などを歴任。

(了)

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