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【MOA美術館】創作活動の「入口」を広げよう(前編)

文化についての理解を深めるための観光、「文化観光」。この生まれたばかりの「文化観光」という言葉を広め、深めるために、各分野の専門家や地域で活躍する人々の寄稿やインタビューをご紹介します。

今回の寄稿者は総合デザイン会社GK京都代表の榎本信之さんです。
GK京都では、デザインマネジメントを強みとしており、
榎本さんは、MOA美術館の拠点計画に、コーチとして伴走中です。
文化観光推進法に基づき認定された今回の計画による、熱海という街を舞台にした美術館の取組みを紹介します。

「これからの日本の文化芸術を支えていく」役割を担う美術館

MOA美術館は静岡県熱海市にある日本トップクラスの私立美術館です。創立者の岡田茂吉氏が、優れた日本の伝統美術を多くの人々に紹介したいという思いで具現化しました。国宝3点を始めとし、3500点の日本・東洋の古美術を保管しています。

特に尾形光琳筆の国宝「紅白梅図屏風」や野々村仁清作の国宝「色絵藤花文茶壺(いろえふじばなもんちゃつぼ)」は日本美術の最高峰として広く知られています。美術館自体の建築や庭園もとても美しいものになっているのが特徴的です。

中心となる展示が伝統的な日本画や陶芸、彫刻などであるため、これまでは比較的高めの年齢層の来館者が多く、若年層の誘客がテーマでした。しかし、コロナ禍以降、外出を控える中高年層に比べて、比較的移動のハードルが低かった若年層の来館者が増えています。

尾形光琳筆 国宝「紅白梅図屏風」
野々村仁清作 国宝「色絵藤花文茶壺」

昨今、日本でアートが企業経営など様々な領域で注目されてはいるものの、まだまだ賑わっているとはいえない厳しい状況です。特に、昔のようにアーティストをサポートする富裕層を中心とした支援者のシステムが機能しにくくなっており、新たなサポートの構造が必要となっています。

他に類を見ない素晴らしい文化芸術作品の収蔵を誇るMOA美術館は、これからの日本の文化芸術を支えていく役割を担う、重要な位置づけにあります。

特に、MOA美術館のある熱海は、いま最も勢いがある地域のひとつです。熱海は、高度経済成長時代の1960年代半ばは、企業の社員旅行先として活気に溢れていました。しかし、旅行が団体から個人にシフトしてからは観光客が減少。バブル経済崩壊の1991年以降、急激に落ち込み、2006年には熱海市が「財政危機宣言」を発出しました。

MOA美術館から見下ろせる熱海市

多くの人にアートへの入り口をひらく

その後、地元の人たちが一丸になって地域おこしに取り組んだ結果、若者を中心に今では観光客が戻ってきており、街は活気づいています。美術館自体の建築や庭園も素晴らしく、熱海市街から相模湾を見渡せる立地にあるMOA美術館にも熱海を訪れる若者が「インスタ映え」を目当てに多数訪問します。

豊かな空間で過ごす中で、お気に入りの画像という作品を撮り、それを発信し、多くの人が見て共感してくれる……。こうした何気ない行動は、創作活動の入り口です。そのような刺激を誘発することで、未来のアーティストが生まれることにもつながります。

MOA美術館 ムアスクエア

アートとは、「遊び」に近いものだと私は感じています。生産的な行動でなくていいのです。例えば、食事をよそう器は、本来は「食べ物をおく」という機能を果たせれば何でもいいはずです。

でも、今日はガラスのお皿にしてみよう、木の器にしてみようなどのちょっとしたことが、人生を楽しくします。こうした気持ちは人生を豊かにしますし、人間にとって大切な時間の一つであるといえるのではないでしょうか。

しかし、そこで終わってしまっては非常にもったいない。もっと、MOA美術館に訪れる若者たちが、より深くアートの世界に踏み込むきっかけを作れないか。収蔵されている偉大な作品を守るとともに、これからの日本芸術を支える若手アーティストと、そのサポーターとしての新しい支援者を育成していくことはできないか……。

こうして考えたのが、熱海とMOA美術館を中心に、アートの担い手が循環する仕組みをつくる「ピラミッド構想」です。

アートの担い手が循環する仕組みをつくる「ピラミッド構想」

アーティストの卵を育てたい

MOA美術館は、トップクラスの美術館であるがゆえに、若手アーティストにとっては敷居が高いものでした。アーティストの卵からすると、すこし距離が遠い存在になっていました。なので、これまで通り、素晴らしい日本の芸術を守り、世界に向けて発信していきつつも、芸術文化のピラミッドを大きく拡大したいのです。

MOA美術館 メインロビー

どの分野もそうですが、ピラミッドを大きくするには底辺の拡大から始めるしかありません。底辺がしっかりと支えないと、高く積み上げることはできないからです。

そのためには、これからの文化芸術の未来を担ってくれる若年層や、あまり芸術に縁のなかった人々に、芸術に触れる機会を今まで以上に提供し、興味を持ってもらうことからスタートすることが必要になるのです。

しかし、もっとアートに興味を持ってもらえるように、様々な接点を生み出したい。その中から一歩進んで、「自分でも絵をかいてみよう」「創ってみよう」という、アーティストの卵を育てていきたいと構想しています。

また、自分ではできない人も、好きなアーティストが見つかれば、展示会に行ってみたり、作品を買ったりと、応援を通じてアートと接する機会が増えます。こうした中から、アートを生業にしようという人や、その活動を支援していこうという人達が出てくるはずです。(後編につづく)

文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
榎本信之(株式会社GK 京都 代表取締役社長)

<プロフィール>
京都市立芸術大学美術学部デザイン課卒業。デザインマネジメントスキルを活用して、事業のデザインコンサルティングを行う。トータルデザインの視点で、様々な領域で事業展開している。