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守りたい地域の宝、文化観光で磨き未来へつなぐ――文化庁主催「文化観光推進事業オンライン説明会」開催報告

 文化庁は2024年(令和6年)11月5日、「地域と文化の未来をつくる文化観光」をテーマに文化観光推進事業のオンライン説明会を開催しました。

 文化庁は、文化観光推進法(※)に基づき、全国各地から申請された計画を認定し、計画に基づいた事業に対する財政的な支援や専門的な助言などを行う文化観光推進事業を実施しています。目的は「観光旅客をはじめとして多くの人々が文化への理解を深め、その本質的価値を広く共有する」こと、「文化の振興を起点とした観光振興・地域活性化によって生じた経済的・社会的価値が文化の振興に再投資される好循環を創出する」ことです。

(※正式名称は「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律」)

 今回のオンライン説明会には「文化観光で地域づくりを進めたい」と考える全国の博物館や美術館、自治体の関係者など、300人を超える方々にご参加いただきました。 
 
 このオンライン説明会のアーカイブ動画は以下よりご覧いただけます。


■基調講演① 地域文化を未来に受け継ぐ文化観光の挑戦

文化庁 博物館支援調査官 中尾 智行

 2020年(令和2年)5月に施行された「文化観光推進法」は、観光を通じて文化への理解を深め、「文化を起点とした好循環を形成する」ことを目的としています。2022年4月に約70年ぶりに改正された「博物館法」でも、第3条「博物館の事業」第3項で「文化観光その他の活動の推進を図り、もって地域の活力の向上に寄与する」ことが努力義務とされています。

 この文化観光の施策を進める中で、博物館関係者の方々から「観光の推進や文化財の活用圧力によって、文化財の保護が脅かされるのではないか」「文化施設の目的は収益を上げることではないはずだ」という疑問や不安の声が挙がることがあります。「観光に取り組むことで「あるべき姿」を歪めてしまうのでは」と。また「文化および伝統的な産業は、公的資金によって守られるべきではないか」という意見も出てきます。

 しかし、今のままでは100年後、1000年後の未来に「文化を継承していく」ことを考えた時には、やはり取り組むべきことがあるだろうと考えます。美しい棚田の風景も、それを守る農家で跡を継ぐ方がいなければ、すぐに失われます。古民家が連なる美しい街並みも、竹工芸のような伝統産業も、現状を保つだけでは存続が難しくなりかねません。

 公的資金にも限界があります。日本では少子高齢化対策や災害対応、老朽化するインフラの補修などの予算が経時的に膨らんでおり、文化財保護や博物館などに割かれる予算は少なくなってきている現実があります。自治体の目的別歳出決算額(2022=令和4年度)をみると、教育費は全体の17.8%です。その内訳をみても、小中高校に使われる学校教育費が多く、文化財保護や博物館などに使われる「社会教育費」は7.4%と、非常に少ない数値です。

教育費17.8%のうち、文化財保護や博物館などに使われる「社会教育費」は7.4%

 文化財というものは経時的に増加していくものであり、それに伴って修繕費なども増えていきます。地域文化はユニークで重要なものとして守っていくべきですが、現時点では緩やかな衰退をたどっている――。これが厳しい現実です。

 文化に対する公的支援は大切で欠かせないものではありますが、それだけでは持続化や発展の未来は見えません。その価値や魅力を多様な視点から発信して「新しいエコシステム」をつくっていくことが重要であり、それによって文化を未来に紡いでいくことが文化観光で挑戦していくべきことだと考えています。

 文化観光推進法の基本方針においては、4つの目標が定められています。

①    好循環の創出
 文化の振興を起点として、観光の振興、地域の活性化につなげ、その経済効果が文化の振興に再投資される好循環が創出されること。

②    連携体制の構築
 文化観光拠点施設と文化観光を推進する事業を実施する者(文化観光推進事業者)、地方公共団体との連携体制が構築されること。

③    文化理解
 文化観光拠点施設等における魅力ある解説・紹介等の取組を通じて、多くの来訪者の文化への理解が深まり、満足度が高まること。

 ④    来訪者の増加
 
文化観光拠点施設及び地域への国内外からの来訪者が増加すること。特に、国外からの来訪者が今後10年間で現在の2倍程度まで増加すること。

 文化観光の推進においては、5年間の中期支援のなかでこの4つの目標を実現、もしくは道筋をつけるための取組が求められます。文化観光推進法の施行からコロナ禍による観光の停滞もあり、まだまだ道半ばではありますが、取組の事例として、大分県立美術館(略称OPAM)の「竹会たけえ」を紹介します。

 竹会は、伝統工芸である竹工芸に、美術館がアートとしての光を当てることで活性化を図ったイベントです。ホームページやポスターなどの広報資料もスタイリッシュにまとめています。会場となる美術館のアトリウムでは竹工芸作家が(素材となる)竹ひごを作る作業を見せているほか、作品の展示販売もしています。

 夜になるとガラス張りの展示スペースがライトアップされ、竹細工ならではの陰影のある美しさを館外からも楽しめます。竹産業、竹工芸作家の製品や作品を、アートやクラフトワークとしてとらえて、美術館がその価値や魅力を発信することでファン層の拡大や新しい市場の創出を図り、伝統産業の活性化と地域の賑わいを生み出していこうという取組です。

 竹会は2024年が2年目となりましたが、認知度も高まって2年目は入場者数が約1.5倍、工芸作品の売り上げが約2.5倍と急成長したことがわかります。また、美術館が所蔵する竹工芸の優品を集めた特集展示への入場者も増加しただけでなく、若手作家による実演や説明を聞くことで、館の所蔵作品にみられる超絶的な技巧や美しさへの理解も深まりました。

竹会は2年目の開催で入場者数や工芸作品の売上高が伸長した

 竹工芸のような伝統的な文化や産業では、現代社会や市場との乖離かいりや担い手の減少などが課題です。公的補助で維持するだけでは限界もありますので、このような新しい価値、新しい経済を生み出すことが重要になるのです。

 文化を起点として地域社会と市場を再接続し、新しい担い手や支え手を創出する。様々な主体によって文化と活用と保存をする交流と好循環を作る。その中で、地域の活性化や文化の継承を果たすことが文化観光の目指すところと言えるでしょう。

 「地方には何もない」とおっしゃる方もいますが、都市にはない非常に豊かな地域文化があります。このユニークな資源をしっかりと活用できるよう、地域の未来をつくっていけるよう、文化庁としてもお手伝いができればと思います。
 

■基調講演② 具体的な文化観光での課題解決

文化庁 文化観光推進コーディネーター 丸岡 直樹

 文化観光という取組は、博物館や美術館単体ではなく、自治体や地域の観光事業者など様々な関係者の協力と、利用者や観光客に地域の価値を伝えていくこと、そして地域にお金がめぐる仕組みまで見通す必要があります。補助金が出るだけでは充分ではありません。

 そこで、文化庁は認定を受けた文化観光拠点施設に向けて5年連続での支援を実施しています。長期にわたり数多くの取組を重ねることで、失敗や反省を踏まえて次に活かし、ナレッジを蓄積していただくことが狙いです。

文化観光の補助事業は5年間でナレッジを蓄積して自走化を可能にするのが狙い

 不足するナレッジは、専門家をコーチとしてアサインして補います。はじめはかみ合わないこともあるかもしれませんが、同じチームの一員として関わる中で、互いへの理解を深めていきます。

 その他にも、関係各所とのコミュニケーションや文化の価値をわかりやすく伝える展示の工夫など、皆さんがそれぞれの役割で忙しい中でもチームの皆が同じ方向を見て進めるようサポートしています。


■パネルディスカッション  地域における文化観光の実践

登壇者は(左から)司会・進行の文化庁 丸岡、若松氏、山本氏、佐藤氏、福冨氏

 続くパネルディスカッションは文化観光の認定計画を推進している文化観光拠点施設の3人のお話を、内容ごとにまとめました。司会・進行は文化庁・文化観光推進コーディネーターの丸岡直樹(写真左端)が担当し、まとめ役として文化観光推進支援コーチの福冨崇氏(きづきアーキテクト代表、写真右端)が登壇しました。

観光を切り口に、文化をみんなにとっての“我がもの”に

徳川美術館(令和2年度認定)管理部長 山本 索 氏

徳川美術館の山本管理部長(中央)

 「尾張徳川家」というブランドを持つ当館ですが、時代の流れやコロナ禍などが影響して、美術館に求められる価値の大きな変化に必ずしも付いてはいけていませんでした。文化観光の認定計画に応募するのは当初は自己負担分もあるため不安もありましたが、コーチングを通じて議論を重ねることで、改めて「自分たちが何者であるか」を見直すことができました。

 貴重な文化財も、倉庫の中で眠って研究者が触れるだけでは「未来に遺す」とは言えないのではないでしょうか。観光を通じて文化をより多くの方々と共有し、「皆が文化を“我がもの”とできる世界」という考えに共感できるようになりました。

 手探りで始めたナイトミュージアムも回を重ねるごとに磨かれて、今では自走化(美術館単独で開催)できるようになり、収益化まであと一歩というところまでこぎ着けています。

 会員制度やホームページのリニューアルなども実現できました。「そういう考え方もあるのだな」と、まずはチャレンジしてみると、大きな収穫が得られると思います。


水上タクシーで地域文化への理解・共感を深める

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷(令和2年度認定) 館長 佐藤 憲治 氏

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷の佐藤館長(中央)

 阿波あわは吉野川が運んでくる肥沃ひよくな土によって育った「あい」により藍染が発展し、経済的に豊かになったことで「人形浄瑠璃じょうるり」という文化が台頭・発達しました。目を閉じたり指先を動かしたりと繊細な表現ができる人形は、1体の人形を3人で操るもので、人形浄瑠璃ならではの魅力があります。 

 吉野川によって育まれた豊かな文化を感じていただくために何をすべきかと考えていた時に、文化観光推進事業について知り、その結果として吉野川の両岸や水路を往来するための「ひょうたん島水上タクシー」が生まれ、アクセスが改善されました。今後は人形浄瑠璃や藍染などの文化に対する理解が深まり、地元住民だけでなく観光客にも共感が生まれるのではないかと期待しています。

 これからは、さらに水上交通網を整備し、船で様々な観光資源にアクセスできる街を目指したいと考えています。


一つの成功体験が「理解」を生み、新たな成功へと発展

備前長船刀剣博物館(令和3年度認定) 若松 挙史 氏(瀬戸内市 産業建設部 文化観光課 課長)

瀬戸内市の若松・文化観光課長(右)

 岡山県瀬戸内市は2020年に、クラウドファンディングで資金を集めて国宝「太刀たち 無銘一文字むめいいちもんじ山鳥毛さんちょうもう)」を購入しました。この時も最初は一部に反対の声がありました。しかし、何かのアクションを起こす時、まわりの人を100%巻き込めないのは当たり前です。

 それでも、やってみて成功すると協力者が増えていき、地域の盛り上がりやおもてなしの雰囲気が高まってきます。最初から応援してくださった方々に報いようと一つの成功体験をつくると、「それなら私もやってみよう」と協力者が増えていきます。

 「山鳥毛」を展示すると、様々な関連グッズが地域で開発され、発売されるようになりました。観光客からも「もてなしがいい」「瀬戸内市は盛り上がっているね」との声をいただき、良いスパイラルが生まれていると感じます。

 また、刀剣体験イベント「長船真剣勝負」は文化観光推進事業の補助金でスタートしたのですが、地域の親子が数多く集まったことから、2年目以降は観光協会が引き継いで実施することになりました。今では「刀剣」を武器に、観光客が地域に集まってくるという認識が広がっています。
 

▼コーチからのコメント

文化資源や自治体の規模に関係なく成果は生み出せる

文化観光推進支援コーチ 福冨 崇 氏(きづきアーキテクト代表)

 今回ご登場いただいた3つの事業者は、自治体の規模も文化資源の種類もそれぞれ違い、それぞれにユニークネスがあります。それらを磨きあげ、その価値を発信すれば、どんな事業者でも成功する可能性があります。取り組みの第一歩として、制度を知り、興味を持っていただき、さらに誰かに伝えるということが共通項。一緒に推進できそうな方にも積極的に声をかけることで、より多くの事業者の方々の動きにつなげていただきたいと思います。


■文化観光推進事業の制度および認定プロセスについて

文化庁 文化観光支援調査官 竹内 寛文

 日本は全国各地に魅力的な文化資源が点在しており、交通インフラも他国に比べて比較的整っています。訪日旅行者が増加する中で「地域ならではの文化に接したい」というニーズも高まっています。一方で、文化資源についての解説や多言語対応などが不十分という課題もあります。そこで2020年(令和2年)に「文化観光推進法」が施行され、受け入れ環境の整備を国が支援することになりました。

 文化観光推進法は、文化振興を観光振興、経済振興につなげ、再び文化振興へと再投資される好循環を生み出すことを目的としています。下図の中央にある「文化観光拠点施設」は、いわばポンプとして循環を回す役割を担います。

文化観光拠点施設は地域に好循環を生む「ポンプ」の役割を期待されている

 文化観光とは、文化資源の観覧等を通じて「文化についての理解を深めることを目的とする観光」と定義づけられています。

 中心となる文化観光拠点施設とは、博物館や美術館、社寺、城郭などの文化施設のうち、文化についての理解を深めるための解説・紹介を行い、観光事業の関係者と連携することで地域における文化観光推進の拠点となるものを指します。

 文化観光拠点施設に求められる機能や、文化観光推進法に基づく計画の申請方法や認定の流れ、支援の概要は下記の通りです。

【文化観光拠点施設に求められる機能】
 ◎常設的に展示・解説を行う機能を有していること
 ◎多言語対応や情報通信技術の活用など分かりやすい展示・解説を行うこと(申請時にできていない場合は、計画期間中に実施すること)
 ◎施設単独の申請ではなく、自治体の観光部局や地域の観光事業者(文化観光推進事業者)と共同で申請すること

【計画認定による支援内容】
 認定計画に基づく事業に対して、法律上の特例措置や予算支援を行います。
 ◎国や国立博物館が所有する文化資源を文化観光拠点施設において公開するよう協力
 ◎共通乗車乗船券等の交通アクセス向上に係る手続き簡素化などの特例措置
 ◎認定計画に基づく事業に対する支援
 ◎計画推進のための専門家チームによるコーチング
 ◎政府観光局(JNTO)による海外への宣伝協力 など

【計画期間】
 
原則5年間(補助金の上限は7,500万円、補助率2/3、補助金は毎年度審査あり)
 ※拠点計画、地域計画共通

【補助金を使用できる事業の例】
 
拠点施設の展示改修、解説の多言語化・デジタル化、利便性増進、新商品開発・販売環境の整備、地域共通パスの発行など

【認定計画数】
 令和7年度は10計画程度を新規認定(見込み)

【認定までの流れ】(スケジュールは令和6年度実績)
▼文化施設による「拠点計画」または自治体が組織する協議会による「地域計画」を作成、文化庁と事前相談
▼申請、審査 
 4~5月  申請前確認
 6月中旬   申請
 6~7月     審査
 8月初旬   計画認定
 ※設置主体(公・私)は不問
 ※法人格を持たない協議会による申請も可
 ※特定の拠点施設が中心となる場合は拠点計画、複数の施設を拠点とする等自治体が中心となって地域を一体的に整備する場合は地域計画となる
 ※拠点の新設に向けた申請も可(ただし建物の新築等は補助対象外)

  文化庁では、申請を希望する拠点や協議会などからの事前相談や、計画をブラッシュアップするための意見交換などを随時、受け付けています(主にオンライン)。また、詳細については文化庁のHPからもご覧いただけます。

文化観光 | 文化庁

【お問い合せ先】

文化庁 参事官(文化拠点担当)付 文化観光拠点支援係
電 話 03-6734-4893
メール bunkakankosuishin@mext.go.jp

【関連情報】
 文化観光オンライン説明会の開催案内は以下の記事からご参照ください。

以上

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