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【森美術館】バズよりも「アートが気になる」工夫に力を―SNSマーケティング作法(後編)

東京・六本木のランドマークである「六本木ヒルズ」。最上層(53階)にある森美術館は、SNSを巧みに活用しながら美術館に新しい時代の集客法を編み出してきました。
前編記事はこちら)

展覧会や展示する作品の基本的な情報だけを忠実に発信して「奇を衒(てら)わない」方法論を堅守しながらも、SNSの本質を捉えた各種の工夫でフォロワーを増やし、入場者数を国内トップクラスにまで高めています。

単なる技術論には終始しない森美術館ならではの「SNS作法・後編」を紹介します。

洞田貫 晋一朗(どうだぬき しんいちろう)さん
森ビル株式会社 文化事業部 業務推進部
広報・プロモーショングループ
広報・プロモーション担当 シニアエキスパート
2006年、森ビル入社。「六本木ヒルズ」の展望台部門で施設運営担当等を経て、2015年から森美術館のプロモーションを担当。東京都出身。


ライブ配信など魅力ある「しかけ」は魅力の拡散に効果的

美術館や博物館がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)アカウントを育てるのには時間がかかる、と洞田貫さんは言い切る。森美術館のSNSアカウントは2022年12月20日時点で、フォロワー数がインスタグラムで22万強、フェイスブックで約22万人、ツイッターで21万人弱あり、国内の美術館、博物館では最大級のアカウントを持つ。

モンティエン・ブンマー(自然の呼吸:アロカヤサラ)
(写真:Montien Boonma “Nature’s Breath: Arokhayasala” 1995 DC Collection, Chiang Mai
Installation view: “Listen to the Sound of the Earth Turning: Our Wellbeing since the Pandemic,”
Mori Art Museum, Tokyo, 2022)

ショートムービーに強いティックトック(TikTok)でも発信している。TikTokアカウントのフォロワー数は約7000人と他のSNSよりはまだ少ないが、洞田貫さんは「ティックトックは他のSNSとアルゴリズムが違っていて、フォローしていない人にもアートや美術館のアカウントが発信した投稿が表示されることが多いようです」と解説する。

基本的な情報をきちんと発信することに専念していて、特にフォロワー獲得のための“奇手”は使わないという。だが、これまでの展覧会でもさまざまな「新企画」でSNS上を賑わせてきた。

その一つがライブ配信だ。最初はアートに詳しい著名人などをゲストに招き、片岡真実・森美術館館長やキュレーター(学芸員)らが対談したり解説したりする様子をインスタグラムなどでリアルタイム配信した。

ただ、ゲストを含め2〜3人の対談や作品解説を収録していると、「人にカメラを向けてしまうことが多く、作品そのものを紹介することが疎かになってしまいがちでした」と語る洞田貫さん。

そこで、2021年4月に開催した「アナザーエナジー展」では、展覧会の企画者でもある館長が自らスマホを持って展覧会場を歩きながら、注目される作品を写し出してライブを見ている人に解説するという配信もやってみた。

「これが非常に好評でした。館長の姿は見えないけれど、館長の目線で作品がライブ配信で映し出されて、しかも『ここに注目』という部分はズームで大きく見せられたので、満足する視聴者が多かったのです。」

「アナザーエナジー展」でLIVEツアーを行う片岡真実館長

旅行の予約サイトでも、温泉宿のきれいな写真だけでなく、宿泊客による美しくて、楽しげな写真がある口コミ情報の方が、予約する際の決め手になることが多いので、それと同じ役割をSNSが果たしてくれると洞田貫さんは考える。

SNS投稿がスムーズにできる仕組みづくりも重要

美術館に来たことがない人をターゲットにして魅力を届けて「来る気にさせる」ためには、まだまだ工夫の余地が美術館側にはあると洞田貫さんは話す。森美術館は展覧会の開催中は午後10時まで開館しており、ハード面でも来場者が幅広い時間帯に訪れることを可能にしている。

これが夕方で終わってしまう美術館だと例えば、せっかく出張で面白そうな展覧会をやっている地方の美術館でも、結局は行けるチャンスを失って来館者を取り逃すこともある。

そんなチャンスを奪ってしまわないように、SNSを使って写真(静止画)だけでなく、ライブ配信などで、もっと見込み客に作品の情報を発信することは可能だろう。

ツァイ・チャウエイ(蔡佳葳) Tsai Charwei
(写真:Tsai Charwei Installation view:
“Listen to the Sound of the Earth Turning: Our Wellbeing since the Pandemic,”
Mori Art Museum, Tokyo, 2022 Photo: Koroda Takeru)

洞田貫さんは「会期の最終日になったら、もう翌日からは誰も行けないわけですから、『こんな展示でした』とライブで配信してもいいと思うのです。そうして、少しでも興味を持ってもらえたら、次の展覧会での来館につながる可能性がありますから」とアイデアを披露する。

そのために重要になるのが、「SNSの投稿内容を『組織で内容の精査が必要』のような許可制の組織にしないこと。スピードも遅くなり、鮮度が落ち、面白くなくなることが確実だからです」と、洞田貫さんは指摘する。

森美術館でも場合によっては確認が必要な場面もあるが、きちんとした発信を積み重ねて実績を作り、基本的な情報だけでも見せ方を工夫することで大きな集客効果を発揮できることを証明してきた。既出の情報を切り取りながら、基本情報による投稿を駆使することで、現在はSNSの内容は、都度の確認が不要で投稿する運用体制にある。

「例えば、メディア向けのプレスリリースなどの既出の公式のテキストは安全に使用できますし、通常運用のコンセンサスを、あらかじめ整えておく環境づくりは、実は一番重要だと思います」と洞田貫さんは強調する。

ハッシュタグの活用法にも工夫で「気づき」あり

前編では「来館者の目線に立った会場や作品の紹介」が重要だと解説したが、その意味でも「新しい展覧会の開幕時には、エントランスをきちんと見せること、そしてエントランスを入り口から少し見える風景もさりげなく見せるようにしています」と洞田貫さんは言う。

「スマートフォンやパソコンでSNSを見ただけでは、満足する人は少ないとみており、やはり体験をしてもらう狙いからも、エントランスから入る映像は開幕時や閉幕時には大きなインパクトを残せるのです。」

六本木クロッシング2022展(2022年)

また、インスタグラムやツイッターではお馴染みの、テーマごとに投稿をタグ付けできる「ハッシュタグ(#)」の活用法も工夫の余地が大きいようだ。

2018年に国内美術館の入場者数ランキングで森美術館が1位となった「レアンドロ・エルリッヒ展」は撮影OKかつSNSでのシェアOKが最も功を奏した展覧会だった。その会期が末期に近づいた時に、「#レアンドロエルリッヒ展は4月1日まで」というハッシュタグを使ってもらうようなキャンペーン施策を実施した。すると、多くの人がこのハッシュタグを活用するようになり、その拡散効果で会期末が認知されて「駆け込み来場者」を多く引き込むことに成功したという。

SNSの個性や特性を見極め海外客にもアピール

東京・六本木にある美術館ということで、海外からの旅行客も訪れやすい。そんな「インバウンド客」にもSNSでの発信は非常に有効だという。SNSごとにユーザーにも特徴があるため、活用の仕方も変えている。

「ツイッターは若者から年齢が比較的高い人まで、バランス良く見られています。フェイスブックも以前は日本人の反応が良かったのですが、今は東南アジアや欧州の方々にもとても響くことがわかっています。インスタグラムは(24時間で投稿が消える)ストーリーズが非常によく見られているSNSなので、『今これを見てほしい』などの告知やお知らせにも使えますし、また(写真や動画を投稿する)フィードには公式画像などのきれいな写真を置いています。」

SNSは種類も多く、活用法も多岐に渡る。
「森美術館だからフォロワーが多いのだ」と言われることも多いというが、洞田貫さんは「自分の保有している作品やコンテンツの良さをちゃんと理解して発信している美術館・博物館のSNSは、伸びていると思って観察しています」と述べる。一例として、浮世絵の魅力を発信している太田浮世絵博物館(渋谷区)などを挙げた。

「SNSはまだまだ伸びしろがある世界です。まだ美術館を知らない人たちがいる場所に積極的に出ていって、アートの魅力を発信し、少しでも心に残るようにしたい。それが新たなファンを生みだし、芸術を活性化させると信じています。」

(筆者:三河主門)