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【福島県立博物館】どんな人でも気軽に来られる「敷居のない」博物館へ(後編)

福島県会津若松市にある「福島県立博物館」。ここは、文化の担い手を創出している先駆的な博物館です。地域住民や企業、商工会議所、行政、大学、アーティストなど、多くの人や団体が「チームけんぱく」(けんぱく=県立博物館)の一員となり、力を合わせてさまざまなプロジェクトを進めています。前編に続き、後編は「福島県立博物館」がこれから目指すもの、地域とのコミュニケーションの取り方などについて、お話を伺いました。

福島県立博物館・館長 鈴木晶さん/県庁職員、生活環境部除染対策課長を経て2019年より博物館館長に就任。長年、行政に携わってきた経験を活かし、現在は「三の丸からプロジェクト」を推進中。
福島県立博物館・学芸員 小林めぐみさん/1996年より入職。「漆」を中心とした美術工芸が専門。2010年から3年間にわたって開催された「会津・漆の芸術祭」の企画・運営に携わる。

「人と共有したい」という気持ちから、博物館の学芸員へ

――小林さんは、なぜ学芸員の道を選んだのでしょうか?

小林さん 大学卒業後は大学院へ進みました。でも、私はどうやら、実際に「もの」に触れて、実物からいろいろなことを学んだり、それを誰かと共有したりすることが好きなんだ、と気づいて。大学院に残るのではなく「博物館の学芸員になろう」という選択をしたんです。

学芸員 小林めぐみさん

ここに入職してから、先輩学芸員の調査に同行して、個人のお宅で使われてきた漆器や工芸品などを見せてもらう機会をいただきました。そのときは、「実際にものに触れたい」という私の夢がかなったようで、うれしかったですね。

 今でも、何十人分もの会津漆器のお椀やお膳を自宅の蔵に大切にしまっていらっしゃるお宅もあります。昔は、結婚式やお葬式を自宅でやっていましたから、お客さまをもてなせるように、どのお宅にもたくさんの漆器があったのです。でも現在は、ほとんど使われることはありません。 

「このお椀を何代も大事にしてきたんだ」とか「これをそろえるのは大変だったのよ」とか、そういうお話を聞くのが楽しかったですね。「最後にこれを使ったのは、私が嫁入りした時だったわね」といわれたときには、「ああ、この漆器たちはもう、実際に使われることはないんだな」って。残念に思うと共に、こうした工芸品がかつてはどんな風に使われていたのか、使う人たちがどんなに大切にしてきたのかを伝えていくのも学芸員の役割だな、と思うようになりました。

学芸員の個性を大切にする「見守る」マネジメント

――小林さんをはじめとする福島県立博物館の学芸員さんは、福島県立博物館の広報紙にモデルとして登場したり、SNSやYouTubeで発信したりと、とても自由にいきいきと活躍されています。館長の鈴木さんは、彼らの活動をどのように支えていますか?

鈴木館長 この博物館は、小林さんのようなユニークな学芸員がたくさんいて、それぞれの個性を活かして活躍してくれています。私はそれを「見守る」ことに注力しています。というのも、私は県の事務職をずっとやってきた人間で、学芸員の専門知識は持っていないのです。こちらに来て3年目となりますが、ようやく博物館の業務の深い部分を理解できるようになってきたかな、というところです。

館長 鈴木晶さん

ここの学芸員たちはみんなプロですから、彼らがやりたいことを、できるだけ応援したい。私が企画に関して指示をすることはほとんどありません。頭の中にいろいろなアイデアがあるのに、私が何かを言うことで、遠慮してしまうかもしれない。そうなったらとてももったいないことだと思いますので。

広報紙「なじょな」(2022特別号 「三の丸からプロジェクト特集」)にモデルと して登場する
福島県立博物館の学芸員のみなさん

――なるほど。学芸員の活躍を見守るマネジメントをされているのですね。

鈴木館長 はい。先ほど小林さんが熱く語ってくれたように、ここは年月をかけて、地元の方々と信頼関係を積み重ねてきた博物館です。学芸員一人ひとりが培ってきたスキルやポテンシャルをつぶしたくないと思っています。

一方で、私には行政の事務職を長くわたり歩いてきた経験があります。だから、県が運営する施設として超えてはいけないラインは分かります。そこは見定めて、ちょっとブレーキをかけることもありますし、逆に「大丈夫だよ、やってみなよ」と背中を押すこともあります。

小林さん 鈴木館長ならではのネットワークで、博物館と県庁に太いつながりができたと思います。博物館だけで閉じた状態にならないよう、関連する部署に「今、博物館ではこんなことをやっているんですよ」と頻繁に伝えてくれる。私たちの活動を県がしっかり認識してくれることで、いろいろな事業をスムーズに進めることができるようになると思っています。あと、館長は私たちの仕事をすごく褒めてくれるので(笑)。それもうれしいですね。

鈴木館長 学芸員のアイデアや発想を最大限に活かせるように、関連する部署に橋渡しをすることも、私の役割だと思っています。でも、私がやるべきことは、まだまだありますね。学芸員それぞれの持ち味を活かせる環境をさらに整えて博物館の総合力をもっと底上げしていけたらいいですね。

敷居のない、誰でも気軽に来られる博物館へ

――小林さんは、これから福島県立博物館をどのような場所にしていきたいと考えていますか?

小林さん 展示を見るという理由がなくても、ふらっと遊びに行ける博物館にしたいですね。たとえば、おじいちゃんが、娘さんやお孫さんとここで一緒に過ごしたり、学校に行きたくない子がちょっと寄れたりするような場所。「三の丸からプロジェクト」では、多様性対応も進めていますので、障害のある方や小さいお子さん連れの方も気軽に来られるような環境も整えています。

三の丸からプロジェクトで
会津のものづくりに触れられる空間として整備した
レストランを紹介する学芸員さん
三の丸からプロジェクトで
無料空間の一角にある体験学習室に整備した
雪国ものづくりベビーケアルームを紹介する学芸員さん

無料で入れる体験学習室やレストランにも、会津木綿や会津塗、奥会津のものづくり要素を取り入れました。意識しなくてもちょっと文化に触れられる、学びのある空間になるように工夫しています。いろいろ人が来てくれるようになることで、もともと接点のない人たちがここで出会って、交流が生まれるようになってくれれば、さらにうれしいですね。

――鈴木さんは、これから博物館をどのような場所にしていきたいですか?

鈴木館長 私も、誰でも気軽に来られる博物館にしたいですね。たとえ展示を見るという目的じゃなくても来たくなるような、ホッとできる「居場所」にしてもらいたいな、と。

私が着任してから、地域の方々とたくさんお話しましたが、「博物館はちょっと敷居が高い」ってよく言われました。何か難しい、高尚なことをやっているイメージがあるのかもしれません。だけど、私の感覚としては、昔よりもずっと敷居は低くなっています。

それは、小林さんを始めとしたここの学芸員たちの努力によって、博物館が身近になってきているおかげです。これからも、体験型のワークショップやモノづくりの企画なども積極的に取り入れながら、地域の人たちはもちろん、県外や海外からもたくさんの人に気軽に来ていただきたい。最終的には、「敷居がない」くらいの場所になりたいと思います。

三の丸からプロジェクト 雪国ものづくりマルシェ2022春 からむし織体験ブース
雪国ものづくりマルシェ漆のワークショップ

そして、もう一つ大切なことがあります。博物館が、これからも地元の方々に応援してもらえる存在であり続けるために、「三の丸からプロジェクト」をしっかり遂行すること。博物館が「ゲートウェイ(入り口)」となって、若松城跡、会津若松市内、奥会津と周遊してもらえる体制をつくりあげて、地元経済に貢献しながら、文化振興を目指していきます。

三の丸からプロジェクトで行っている
会津若松市内の歴史的建造物で行っている
周遊促進事業の会場の一つを紹介する学芸員さん

小林さん 私も、地域の方と手を取り合えている今の関係性を、これからもずっと大切にしていきたい。そのために、私たち学芸員はどんどん地域に出ていきますし、地域の方にも博物館に来てもらって、共に話し合いながら活動できる場所にしたいですね。そうなれば、ミュージアムが地域振興や文化振興の役割をさらにしっかり果たせるようになると思います。

地域の人とのコミュニケーションをどうやって取っていく?

――とはいえ、学芸員さんが地域に出て、地域と関係性を築いていくのは簡単ではないと思います。「私たちも地域に出て行きたいけど、上手くコミュニケーション取れるか自信がない」という学芸員さんたちに向けて、アドバイスはありますか?

小林さん それはもう、資料調査に行く時と同じ気持ちですよ。資料調査も、初めての場所に行って、いろいろ教えていただいたり、見せていただいたりするところからスタートしますよね。学芸員の基本は、何かを調べることですから、必ずどこかで人と関わってきたと思います。それと同じように、「知りたい」「教えてほしい」という気持ちで行けばコミュニケーションを取りやすい気がします。

こちらから心を開いて、きちんと説明をすれば、ほとんどの人は理解してくれるし、協力してくれると思います。でももちろん、同じ価値観の人ばかりではないですから、気持ちが交差しないこともあります。そのときは、相手の気持ちを尊重して、受け入れたり、プランを変更したりすることもあります。

学芸員は、いろいろな意味で、つなぎ手やコーディネーターにもなれる仕事だと思っています。日本は幸いにも、全国いたるところにミュージアムがある国です。国内のすべての館の学芸員が文化のつなぎ手であることを意識して、地域と文化の架け橋になることができたら、文化振興への大きな力になるのではないでしょうか。

館長 鈴木晶さん(写真左)、学芸員 小林めぐみさん(写真右)

<参考URL>
「福島県立博物館」
https://general-museum.fcs.ed.jp/
「三の丸からプロジェクト」
https://general-museum.fcs.ed.jp/page_about/archive/San-no-Maru
「会津若松観光ナビ」https://www.aizukanko.com/feature/sannomaru/sannomaru