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「文化観光で魅力を伝えるために博物館ができること」 2024年全国博物館大会リポート(前編)

 「文化財・博物館と文化観光」をテーマとした「第72回全国博物館大会」が2024年(令和6年)11月27日~29日、長野県松本市で開催されました。初日の27日は基調講演やパネルディスカッションなどを通じて、博物館における文化観光のあり方を議論しました。同大会の内容を2回にわたってリポートします。

基調講演をする坂井秀弥・新潟市歴史博物館長

 2024年11月27日、秋深まる長野県松本市の「まつもと市民芸術館」に全国から博物館関係者が集まった。第72回を数える全国博物館大会に参加するためだ。今年の大会のテーマは「文化財・博物館と文化観光」。29日までの3日間にわたる大会の初日は、新潟市歴史博物館の坂井秀弥館長による基調講演が行われた。


文化観光と新たな文化財施策

「文化観光という言葉に、最初は戸惑いがありました」

 坂井氏は文化財保護の第一線に長年携わってきた専門家であり、経済的な観点から文化財を見る「観光」という視点には当初、違和感があったという。

「新潟のDMO(観光地域づくり法人)の方が、観光の本質は、実は経済的な利益追求ではなく地域づくりにこそ、真価があると話していた」。つまり、地域づくりを目指しているのは観光サイドも文化サイドも同じ――。そんな気づきに至った経験をふまえて、坂井氏は文化観光が政策的にクローズアップされた経緯を説明した。

博物館側の課題と「わかりやすい解説」の意義


 坂井氏は、文化庁が2015年に始めた「日本遺産」制度が転換点になったのではないかという。その後、2018年の文化財保護法改正、2020年の文化観光推進法施行と、法制度の整備が続く。

 特に注目すべきは、文化財の捉え方自体が大きく変化したことだ。従来の文化財は、有形・無形文化財から伝統的建造物群まで、8つのカテゴリーに分類され、それぞれの分野で優れたものが選ばれてきた。しかし、この方法では人々の営みという文化財の本質が見えにくいという課題があった。

文化財のとらえかたが変わったことも「転機の一つになった」と坂井氏は指摘

 そこで文化庁は2007年、新たな視点を導入した。個々の文化財を点として見るのではなく、関連する文化財を「群」として、さらにその周辺の文化的空間を含めて「面」として捉える考え方だ。この発想は「歴史文化基本構想」として結実した。

 しかし、課題もある。坂井氏は博物館での展示解説を例に挙げる。「専門用語だけでは、同じ学者でも専門が違えば理解できないことがあります」――。

 その好例として、大阪府立弥生文化博物館の展示を紹介した。「太型蛤刃石斧ふとがたはまぐりばせきふ」という考古学用語に、簡潔に「木を切り倒す斧」という説明を添えることで、展示物の本質的な意味が誰にでも伝わるようになったという。

「過去に営み」伝えることが文化財の真の価値

 文化財の真の価値を伝えるには、「(その文化財を使ってきた)過去の人々の営みを明らかにする必要がある」と坂井氏は力を込める。

 島根県大田市の石見銀山にある熊谷家住宅では、地域の人々が5年もの歳月をかけて調度品や家具を整理し、展示方法を工夫した。その結果、かつてそこに暮らした人々の息遣いが感じられる空間が生まれたという。

「文化財は、先人の豊かな営みを伝える大切な財産」と坂井氏は指摘

「文化財は地域に根差して引き継ぐ人々と、その活動が何より大切なのです」

 坂井氏は、現存する近世以降の「生きた文化財」を適切に保存・活用することも、文化観光に期待されるのではないか、と述べた。文化観光の新しい可能性を示す意義深い講演となった。

(了)

(取材・文:山影誉子、文・構成・編集:三河主門)

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