<第3回>ワークショップ「地域の人にひらかれたミュージアムをつくろう」開催レポート(後編)
ミュージアムによる取り組みの紹介
南三陸ネイチャーセンター 研究員・阿部さん
阿部さん 「南三陸ネイチャーセンター」は、宮城県北部、志津川湾のすぐ目の前にあります。地域の豊かな自然そのものを教材とする町営の研究教育施設です。1999年に、調査研究をベースとして志津川湾の自然の魅力や価値を伝え、楽しんでもらえる地域づくりを目指して開設されました。
震災を契機に見つめ直す!研究教育施設の活動の意義
しかし、2011年3月に、東日本大震災が発生し、状況はがらっと変わります。
ネイチャーセンターは津波の被害を受け、標本や研究データ、研究資材がすべて流されてしまいました。職員は全員無事でしたが、建物はなくなってしまいます。
センターは完全にゼロになってしまいましたが、いろいろな団体や個人の方からの支援がはじまり、広がりのある調査活動が展開されました。
「大阪自然史センター」のメンバーを中心とする「勝手に調査隊」のみなさんは、大阪から軽自動車で何時間もかけて来てくれて、センター周辺の生物調査を行ったり、地元の子どもたちに向けた自然史ワークショップを手伝ったりしてくれました。
震災から9年後、2020年にネイチャーセンターは、既存の施設を改修する形で復活することができました。今は、やっと軌道に乗ってきたところです。
一方で、地域や組織の内外から「そんなことをやって何になるの?」という声も上がっていました。センターの活動がなかなか地域の理解につながらないという状況は、震災前からあった課題の一つでした。
地域の価値に目を向けてもらうための取組み
しかし、2018年10月。私たちの地道な取り組みが地域に広まる瞬間がやってきます。「ラムサール条約湿地」への登録です。志津川湾に世界的に貴重な自然環境があることが、国際的に認められたのです。
地元の自然に目を向けてもらうためにも、何か大きな枠組みが必要だと考えていました。「ラムサール条約湿地」への登録は、地域の自然の価値を地域全体で共有するツールとして、圧倒的な武器になるはずだという確信がありました。
ラムサール条約湿地への登録をきっかけに、センターで標本を集めていることやその重要性が、地域に認知されるようになっていきました。そして、漁業関係者をはじめ、地元のいろいろな方から、頻繁に自然史情報が寄せられるようになります。
例えば、左巻きのツブ貝の仲間(通常は右巻き)、9本足のタコ、巨大なホヤ、真っ白なウニ…こういった珍しい生き物の標本を持ってきてくれる人が増えてきました。情報をいただけること自体も非常にありがたいですが、何より地域とのつながりが深まってきたことが感じられて、とてもうれしかったです。
地域の子供たちが、地域の価値や魅力を伝える役割を担う
それから、子どもたちの活動も活発になりました。町内の小・中学生を中心に結成された「南三陸少年少女自然調査隊」による活動がスタートし、宮城県志津川高等学校の自然科学部による干潟の生き物調査もはじまりました。
「南三陸少年少女自然調査隊」がつくった壁新聞が全国大会で賞をもらったり、高校生の活動がメディアで紹介されたりするなど、子どもたちが地域の自然の価値や魅力を伝える役割を担ってくれるようになりました。
地域の自然は、もちろん地域の宝です。ただ、そこに自然があるだけでは本当の宝にはなりません。その存在を地域のみんなが知り、伝え合い、共有することで、初めて本当の宝になっていくのだと思います。
福島県立博物館 学芸員・塚本さん
塚本さん 福島県立博物館は、文化庁の文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光推進事業として、令和2年度から「三の丸からプロジェクト」という事業を行っています。その取り組みの一つとして、会津のものづくりを広く伝え、現地へ足を運んでもらうために、昨年度から「雪国ものづくりマルシェ」をはじめました。
コンセプトを共有することが強い地域連携を生み、持続性へとつながる
このマルシェでは、「本物にしっかり触れていただくこと」をコンセプトに掲げています。これまでに3回開催し、会津漆器や会津木綿、会津本郷焼などのお店や、それらのものづくりを実際に体験できるワークショップなどを中心に展開しました。
マルシェの開催には、地元の商工業や観光業に携わっている方、ものづくりに精通している業者さんなど、たくさんの人が関わってくれています。その中で、私たちが大事にしてきたのは、コンセプトをみんなにしっかり共有することでした。
マルシェの運営は業者さんに委託していますが、お任せではなく、何度も打ち合わせを重ねて、「どんなマルシェにしたいか」「何を伝えたいのか」「そのためにはどんな人が必要か」といったことを話し合いながらつくり上げています。
また、ものづくりやワークショップの出店者には、「自分たちのやりたいことを実現できる場」として、このマルシェを認知してもらいたいと考えています。そのため、出店者とも個別に打ち合わせをし、なるべくアイデアを活かしてもらえるようサポートしています。
たとえば、漆の技法を使ったコップ作りのワークショップを行っている方は、作ったものを使うところまで体験してもらいたいと考え、マルシェに参加している他の飲食店とのコラボを企画。できあがったコップをその飲食店に持っていけば、ドリンクを入れてもらえるという楽しいアイデアを実現しました。
このように、マルシェでは出店者がやりたいことに挑戦できたり、お互いに交流したりできるような体制をつくっています。そして、文化庁の補助事業が終わった後も、自分たちで続けていきたいと思えるようなマルシェになることを目指しています。今は、そのための関係づくりに力を入れています。
地域連携は日々のコミュニケーションから
西澤さん 先ほど、ワークショップと飲食店がコラボされたお話がありましたが、そういったアイデアの提案は、どういう場所で行われているのでしょうか?
塚本さん SNSでグループをつくって、出店者同士や博物館、委託業者などが意見交換できるようにしています。なので、そこで提案すると「じゃあ一緒にやってみよう」となっていく流れができあがっています。
地元の文化を知り、参加者が地域とつながりはじめる
西澤さん マルシェをはじめたことで、会津若松の周遊につながったり、観光客の滞在時間が長くなったりといった、効果の事例はありますか?
塚本さん コロナの真っただ中ではじまったマルシェなので、まだそういった効果の測定はできていません。ただアンケートの結果を見ると、地元のつながりが生まれている手ごたえはあります。「地元にいても今まで知らなかった文化を知ることができた」とか「作家さんの工房を訪ねてみたい」という声をいただいています。
総括
はじまりの美術館さんは「0を1にする」ために、美術館の活動に地域の人たちをどう巻き込みむのか勉強になりました。仕事を分けて、少しずつ手伝ってもらえるようにすると、それぞれの負荷も少なく、手を出せる範囲が広がるので、関係性をつくるのにとても効果的ですね。
ネイチャーセンターさんのお話からは、ミュージアムの存在意義について考えさせられました。ミュージアムは困難を抱えているときこそ、文化的で人間らしい暮らしを続けていくためにも必要な場所なのだと改めて感じました。また、地域の自然という宝を共有するツールとして、ラムサール条約湿地への登録というフレームを見つけ、それを達成するためにしっかりと準備されてきた丁寧な姿勢にとても感動しました。
福島県立博物館さんは、「本物を届ける」というコンセプトをしっかり定められたことが素晴らしいと思いました。文化資源が豊富にある地域は、かえって何をしたらいいか分からない、という事態にもなりがちですが、コンセプトがあることで、どんな人や、どんなものを選択していけばいいのか、整理ができたのだと思います。
今日はみなさんのお話を聞くことができて、とても楽しかったです。ありがとうございました。