みんな違ってみんないい:山梨から生まれた「ウェルビーイング」(前編)
山梨らしい「ウェルビーイング」を探すステップ
皆さんは、「ウェルビーイング」という言葉をご存じでしょうか。
ウェルビーイングとは身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、「幸福」と翻訳されることも多い言葉です。世界保健機関(WHO)憲章の前文では、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being:ウェルビーイング)にあることをいいます」とされています。
今回、私が文化観光事業の推進を伴走するコーチとして参画した際、既に地域計画のコンセプトとして「ウェルビーイング」が山梨を表す言葉として採用されていました。
山梨では山梨県立美術館、中村キース・ヘリング美術館、清春芸術村、平山郁夫シルクロード美術館がともに地域計画に取り組んでいます。そのなかで、「山梨は自然が豊か、食も多様。アートもある。こうした要素を組み合わせて来訪者の方にウェルビーイングを感じてもらえるのでは」と議論されていました。
しかし、このコンセプトの段階では、まだ各館とウェルビーイングのつながりが薄い状態でした。一度、一般的なウェルビーイングの定義から離れ、非常に個性的で魅力あふれる各館を表す言葉をブレストするところから始めました。こうして見つかった4館とウェルビーイングのつながりをご紹介したいと思います。
個性が光る4つの美術館
中村キース・ヘリング美術館
わずか31年という短い生涯にすべてを表現し、希望と夢を残していった1980年代のアメリカを代表するアーティスト、キース・ヘリングの作品を紹介する美術館です。八ヶ岳の美しい自然の中で静かにアートと向き合い、大都市ニューヨークを中心にアーティストとしての活動を行ったヘリングの芸術とそのエネルギーを感じることが出来る美術館となっています。
大自然を融和し「混沌から希望へ」というテーマをもとに、日本の現代建築をリードする北川原温(きたがわら あつし)氏により設計されました。ヘリング作品の奥に潜む「人間が秘める狂気」や「生と死」に向き合うことのできる空間です。
こうしたアートを通じて、今を生きる私たちはどう生きるべきなのか。現在から未来へ、自分と深く向き合う本質的・刺激的なウェルビーイングに出会えます。
清春芸術村
清春芸術村は廃校になった清春小学校の跡地にあります。武者小路実篤(むしゃこうじ さねあつ)や志賀直哉など白樺派の作家たちの夢を託された吉井長三(よしい ちょうぞう)が、1983年谷口吉生(たにぐち よしお)氏の設計によりついに完成させた幻の美術館・清春白樺美術館を始め、アトリエや図書館などが並びます。
大正14年3月、小学校の児童たちによって校庭に植樹され、山梨県指定天然記念物にも指定されている樹齢100年を超える約40本の桜も魅力の一つ。時代や国境を超えて愛され、多くの芸術家が集う場所というのが印象的です。自然と建築、光と影の美しさがハーモナイズされ、感性に響くようなウェルビーイングを体感できます。
平山郁夫シルクロード美術館
日本を代表する日本画家であり、文化勲章を受章された平山郁夫の絵画作品や収集したコレクションが展示されている美術館です。
広島での被爆体験がきっかけとなり、「平和を祈る心」を仏教伝来の道、シルクロードに重ね合わせ、昭和43年以来「シルクロードシリーズ」を描き続けました。
平山郁夫が世界を旅しながら学び、表現し続けた世界と日本の姿や、時代は変化しても受け継いでいきたい日本人としてのアイデンティティや文化を大切にする心、そして平和。時代や国を超え、日本文化の源流や原点を振り返り、学ぶウェルビーイングが体験できます。
山梨県立美術館
山梨県立美術館は、四季折々の表情と富士山や南アルプスなど山々の眺望で、訪れる人々の目を楽しませてくれる「芸術の森公園」の中にあります。他が私立の美術館の中で唯一の県立美術館で、ミレーをはじめとしたバルビゾン派の絵画の世界的なコレクションでも知られています。山梨は、昔から自然の恵みを受ける農業が盛んな土地です。ミレーが描く崇高に労働する農民画を重ね、農業に携わる山梨の人々の力強さやルーツに想いをはせることができます。
また、山梨は東京から約1.5時間で、ルソーなどの画家たちが愛したパリの都会から少し離れた安らぎを感じられる場所、バルビゾン地域とも重なる部分があります。バルビゾン派の作品を通じて異なる時代や国でも、どこか山梨と通じる景色を眺め、自然と芸術に向き合うウェルビーイングな時間を楽しめます。
4館の連携を考えるまでの難しさ
「ウェルビーイング」という抽象的なコンセプトを事業とリンクさせるためには、「そもそも来訪者はウェルビーイングを各館の敷地内のどこで何をしている時に感じるのか?それはどのようなウェルビーイングなのか?」と掘り下げて考える必要がありました。ここからは、各館のコメントもいれながら、プロセスをご紹介していければと思います。
清春芸術村
平山郁夫シルクロード美術館
山梨県立美術館
中村キース・ヘリング美術館
「あなたの館のここが羨ましい!」「来訪者の方に、あなたの館のお薦めポイントを○○と伝えているよ!」など、自分たちの館の魅力を他の館の方に教えてもらうといった場面も多く、対話によるソフトな連携はすぐに起こり始めました。
この機会を上手く活用して、地域のために自分たちが出来る事を考えようというマインドを皆さんが元々持っていたことが、スムーズな連携のカギだったと思います。
地域のために自分たちが出来ることは何か、自分たちの事業に閉じず、そういった前向きなスタンスで積極的に発言して学び合うという、素晴らしいスタンスを皆さんがお持ちでした。
また、山梨県観光文化部文化振興・文化財課の担当者の朗らかなお人柄と、地域のために出来ることをみんなで創っていきたいという熱い思いも議論を後押しする大きなカギでした。
各館の個性を言語化したその先に
各館ごとのウェルビーイングは、コーチングを通じて集い、お互いの意見を出し合うことで輪郭がかたどられていきました。「山梨としてのウェルビーイング」を示す言葉はまだ見つかっていません。しかし、言葉よりも重要な、共通の考え方を見つけました。それは「みんな違って、みんないい」です。
各館の個性溢れるウェルビーイングを地域の方や来訪者に提供すること。「また来たい!」と思ってもらえる体験・周遊プランを打ち出し、地域のファンになってもらうこと。
こうした取組の核に4館がなり、周辺の飲食や宿泊施設なども巻き込むことが山梨ならではの文化観光、地域計画の進め方であると皆さんで確認することができました。
「ウェルビーイングだから自然・食・温泉などを絶対に活動に入れ込まないと」という固定概念や、「みんなのウェルビーイングはこれでいきましょう」と解釈を一緒にしようとすると、せっかくの個性が消えてしまいます。
多様なウェルビーイングを体験できるほうが山梨らしいし、来訪者も喜んでくれるのでは?と議論は進んでいきました。多様性をお互いに認め、リスペクトして、違いを楽しむスタンスが山梨の文化観光の推進を支えています。
(後編に続く)
文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
小山 侑子(株式会社LYL 代表取締役)