インバウンド目線での多言語解説法、東博など3館の事例に学ぶ(文化観光のコツ その①)
国内各地でインバウンドの流入が拡大していく中、博物館や美術館では「多言語での展示・解説」は“待ったなし”の状況です。2023年の訪日外国人旅行者数は2500万人を突破し、2024年1〜5月期も前年同期比で約70%増の1460万人に達しました。地域の文化や歴史に興味を持ってもらい、我が街で滞在・回遊してもらうためには、多言語での提示・解説は欠かせません。文化観光に資する多言語展示の工夫について、過去の記事から好事例をレビューします。
「異文化・日本」の解釈を容易にする“翻訳”
――東京国立博物館
全国で訪日外国人旅行者数が最も多い東京都で、所持・展示する文化財の数の多さから国内トップ級の来館者数を誇る東京国立博物館(以後、東博)。展示物にはそれぞれ「題箋」と呼ばれる、作品の名称や年代、作者、技法などの基本情報を記した紙が添えられている。その一方で、作品解説は作品の意義や用途、鑑賞上の見どころなどに触れる短い文章があり、題箋と一緒にそれぞれの展示作品の前に提示する。
東博はその題箋による多言語表記をブラッシュアップしてきた。以前の題箋では、日本語の情報はまとめて表記していたが、英語の表記が左右に分かれていたなど外国語の情報は統一感に欠けていたという。また、外国語の作品解説が日本語の4分の1程度と少なかった。
改良後は、それぞれの言語の題箋情報をまとまった形で左側の1枚に示し、その右側に作品解説を日本語、英語、中国語、韓国語と示した現在のデザインとした。バラバラだったフォントも統一し、英・中・韓(ハングル)語での作品解説もそれぞれ長くした。
翻訳の際に意識しているのは「海外からの来館者は何を知りたいのか」だという。例えば、外国人にも人気の高い仏像を例にすると、「阿弥陀如来立像」は、日本語では阿弥陀如来や「極楽浄土」の概念を知っているという前提で紹介している。
しかし海外からの来館者は、そもそも極楽浄土とは何かを理解していない。そこで日本語の解説をベースにしながらも、極楽浄土の記述にはこだわらず、外国人の素朴な疑問に応える形での解説内容になっている。
「阿弥陀如来とは誰なのか」「なぜ体が金色に光っているのか」「その仕草は何を意味しているのか」――。来館者の好奇心を刺激して、作品の観察を促すような解説を書くのが重要だという。
旅行サイトなどに書き込まれた「口コミ」情報は“来館者のフィードバック”として重視しており、それを参照しながら展示・解説内容を改善していくことなども実行しているという。そうして集めた知見を、東博は翻訳ガイドブック『Japanese to English Translation at the Tokyo National Museum ―A Guide to Tombstones and Other Gallery Labels―』にまとめ、ウェブサイトでも公開している。
多言語での展示・解説を考える際に、重要な示唆を得られるだろう。東博の多言語展示に関する過去の記事は以下から参照できる。
わかりやすさ究め、国内最大17言語で解説実績
――広島平和記念資料館
国内の博物館・美術館などの文化観光拠点施設で、最も多くの言語で展示・解説を展開しているのが、広島市の広島平和記念資料館(以後、資料館)だ。世界で初めて投下された原子爆弾は人類全体にとっての悲劇ですが、その災禍を世界中の人に知らせるべく、これまで延べ17言語で案内をしてきた。
資料館が設立された1955年に制定の『広島平和記念資料館条例』。その第1条には『原子爆弾による被害の実相をあらゆる国々の人々に伝え、ヒロシマの心である核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与するため、広島平和記念資料館を設置する』と明記されている。
このため同年8月の開館当初から、展示内容には英語で案内や解説を加えてきた。多言語での解説に踏み切ったのは、最初の東京オリンピックが開催された1964年以降だ。「音声ガイド」で日・英に加えてフランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語の6言語で実施。1968年からは各展示コーナーの内容を表示するコーナーパネルでも上記6言語で表記を始めた(現在は日・英・中・ハングル)。
多言語での解説では、その言葉を話す各国・地域の人々が、当時の広島の生活習慣や事情を理解できるように解説することが必要になる。ゆえに展示・解説については翻訳会社だけに任せず、翻訳された原稿を外国語大学などでその言語を教えている先生(教授ら)に監修してもらうという。
監修を受けた後も、細やかな指摘をそのまま反映することはせず、いったんは翻訳会社にフィードバックして、確かな翻訳にできるかを再びすり合わせる、などの地道な作業を繰り返している。
さらに音声ガイドを録音する段階でも、その言語を母国語として話すネイティブスピーカーや、ネイティブの言語チェッカーを使い「読んで/聴いて違和感はないか」を周到に確認しているという。
原爆の悲劇というデリケートな内容を解説するからこそ、来館者が解説を読んだり聴いたりした際に疑問やひっかかりになる部分を極力排除するための努力が必要だという。
こうした「原爆の記憶を世界の人に残す」という多言語展示の工夫は、以下の記事から参照できる。
地方博物館でも多言語解説で興味引き出す
――備前長船刀剣博物館
広島の平和記念資料館や東博のような比較的大きな予算を持つ博物館などではない、地方の博物館・美術館でも実現可能な展示を「独自の視点」から強化している事例もある。
岡山県瀬戸内市が運営する日本刀専門の博物館「備前長船刀剣博物館」(以下、長船刀剣博)の事例を見てみよう。日本文化が漫画やアニメなどを通じて海外にも伝播していった結果、海外にも日本刀のファンは多い。長船刀剣博は山陽新幹線が停車するJR岡山駅から車で約30分という交通アクセスが不利な立地ながら、インバウンドではフランス人を筆頭に年間1800人が訪れるという。
海外でも、大英博物館などには日本刀が展示されているが、長船刀剣博は「日本刀の産地」として「地域でどのように刀がつくられてきたのか」「刀鍛冶はどこで刀を打ったのか」「近隣にどのような刀鍛冶に関する史跡が残っているか」など、現地・長船でしか得られない情報を積極的に紹介しているという。
2022年4月より英国出身の多言語支援員、トゥミ・グレンデル・マーカン氏らが展示物をまず英語で解説する取り組みを強化してきた。単に解説文を考案するだけでなく、身長の高さに応じて刀を見る位置を床に記すことで、刀の刃文を見やすくするなど、刀剣専門の博物館としての工夫が随所に施されている。
展示では英語・フランス語のほか、QRコードをスマートフォンで読み込むとドイツ語や中国語(繁体字・簡体字)で解説が読めるようにした。スマートフォンがなくても読めるよう、解説内容を紙で印刷してブックレットにしたものも展示室の入り口に置くなど、利用者の立場を考えての多言語展示に力を入れている。
長船刀剣博による外国語展示の取組は、以下の3本の記事から参照できる。
(了)
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(扉の写真は東京国立博物館の階段ホール:撮影・吉澤咲子)
◆参考サイト
文化庁ホームページ「文化観光」
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