レポート:令和4年度文化観光拠点施設を中核とした地域における計画推進支援事業シンポジウム(前編)
挨拶
文化庁 飛田参事官 (文化観光担当)
令和2年5月に「文化観光推進法」が施行されてから、これまで45計画の認定をしてきました。文化観光というものが、少しずつ世の中に浸透してきていることを実感しております。これは、各認定計画事業者の皆様の日頃のご尽力の成果であると、改めて感謝を申し上げます。
さて、新型コロナウイルス感染症に関する水際対策も緩和され、本格的にインバウンドの回復も始まろうとしています。文化観光推進法が目指す「文化の振興」「観光の振興」「地域の活性化」の3つの好循環の実現に向けて、さらに取り組んでいく必要があります。
本日の発表は、他の拠点についても参考になる部分が必ずあると考えております。それぞれの拠点・地域が目指すべき姿を明確にしながら、磨き上げてきた事業をぜひ成果へと結びつけていただけますよう、より一層の計画推進をお願いします。
コーチによる基調講演
持続的に文化を育むために必要な観点
コンセプトを設定することの重要性
長島コーチ まず、文化観光におけるコンセプトとは、
・育みたい文化を、端的な言葉で表現したもの。計画している様々な事業を束ねるもの。
・拠点や地域がどのような文化を育みたいのか。その固有性、真正性、文化的価値とは何かを深掘りした結果、見出されたものであると考えています。
また、コンセプトと個別事業には、2種類の関係性があります。まずはコンセプトを決めて、それに必要な事業を揃える「トップダウン型」のアプローチ。もう一つは、すでにある多様な事業を束ねていく中でコンセプトを見出す「ボトムアップ型」のアプローチです。
新潟県十日町市の地域計画では、最初にコンセプトを考えて、それを体現するために、各事業の味付けを行いました。これは、トップダウン型のアプローチだといえます。
熊本県にある阿蘇ジオパークは、「火山/草原生活・水」をコンセプトとしており、すでにマッチする活動がたくさんありました。そこでコーチングでは、それらの活動を束ねるため、「ターゲット」「ストーリー」「施策」という枠組みで整理しました。こちらは、ボトムアップ型の事例です。
そして、コンセプトを設定するメリットは、大きく分けて3つあると考えています。
計画事業者にとっては、共通の目指したい姿、ゴールとなりますので、関係者の足並みをそろえて新たな仲間を増やすことができます。
また、見どころを束ねることで、統一感を持って一度に情報発信をすることができます。これによって露出量が高まり、費用対効果の向上も見込まれます。
さらに、来訪者にとっては、コンセプトを体現するたくさんの見どころが見つかるため、滞在型の目的地として大きな魅力を感じられるでしょう。
もう一歩理解を進めていただくために、文化観光のコンセプトの類似概念である「ブランディング」と「パーパス」の事例を紹介します。
「ブランディング」は独自の価値を設定し、生活者の共感や信頼を高める手法。「パーパス」は、自社の存在意義を定め、未来を一丸となって、つくり上げていくための組織の拠り所だと捉えております。
アウトドアブランドS社の、「ブランディング」の事例を紹介します。キャンプの本質的な価値に着目し、議論を重ねる中で「人間性の回復」「人と自然、そして人と人をつなげることで人間性を回復する」という企業価値と社会的使命を取りまとめ、「人生に、野遊びを。」というブランディングメッセージを創出しました。
「パーパス」による経営の事例は、エンターテイメント・エレクトロニクス・金融等の事業を展開するS社です。同社のパーパスは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で世界を感動で満たす」というものでした。
世界に1万人の従業員がおり、業種、職種、人種、国籍、多様な人たちの集合体であるS社は事業も多岐にわたるため、それぞれがバラバラのミッションを掲げていました。しかし、グループでの団結に物足りなさを感じていたこと、さらに多様性という強みを活かすため、全員が目指すべき存在意義をパーパスで明確にしたのです。
こちら2社の事例は、必ずしも文化観光事業に当てはまるものではないかもしれませんが、皆さんの事業でも参考にしながら、コンセプトを据えて、一丸となって計画を進めていただきたいと思います。
マネタイズの視点を持つことの重要性
金野コーチ 私からは、マネタイズの重要性についてお話します。まず、文化観光におけるマネタイズは、「観光の振興を図り、地域の活性化につなげ、文化に再投資する」という位置づけになっています。具体的には、人の往来や購買、宿泊等の消費活動の拡大を目指すことになりますが、もちろん「文化資源の保存・修復等を適切に進める」ことが大前提になります。
マネタイズの視点を持つことは、博物館や美術館、地域の魅力を高めることにつながると私は考えています。その上で、マネタイズした資金をミュージアムの活動資金として、文化に再投資する仕組みをつくることも重要です。そのためには、民間の文化観光推進事業者との連携が鍵になります。
事例として、福島県立博物館の取組をご紹介します
福島県立博物館は、博物館の中にあるレストランを地域の伝統工芸で彩るという面白い取組をしながら、地域との連携を形にしています。レストラン事業者と連携し、レストランスタッフのユニフォームをオリジナルの会津木綿で作ったり、高額な伝統工芸品の受注生産や学芸員によるガイドツアーを企画したりと、地域と博物館を結びながら「けんぱくブランド」をつくり上げていくことを目指しています。
その上で、今取り組んでいるのが、「売上をどう循環させるか」という仕組みづくりです。そこで検討しているのが、博物館と連携したツアーや商品の販売、入館料等の事業収益を基金として積み上げる、いわば「文化観光基金方式」です。そこで積み上げた資金を次の事業に活かすという循環を目指します。これは、来年度の実装に向けて検討を進めているところです。
各地の様々な認定計画に関わる中で、「博物館には収益事業は馴染まないのでは?」という声を聞くこともありました。しかし、マネタイズできているということは、それだけ魅力のあるものになっているということです。今までになかった視点かもしれませんが、案外楽しい世界ですので、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。
コーチングを受けた認定計画事業者による発表
備前長船刀剣博物館 「日本刀の聖地」 拠点計画
瀬戸内市文化観光課 若松挙史氏・関洋平氏
瀬戸内市観光協会 白井信正氏
若松氏 岡山県の東南部に位置する備前エリアは、刀剣の産地として有名な場所です。国宝111振りのうち47振りが、この備前エリアで生産されたものといわれていて、質・量ともに日本一の刀剣の産地と自負しております。
ここには、「備前おさふね刀剣の里」という刀剣専門の施設があり、敷地の中には「備前長船刀剣博物館」や刀剣に関わる職方の工房等もあります。周辺には、刀剣にゆかりのある神社やお寺、古い町並みが残っているエリアもあるため、この地域を計画のエリアとして進めています。
刀剣イベントを通して、地域の協力者(プレイヤー)を発掘
白井氏 私からは、令和4年度の事業の一つである「地域と連携した満足度向上イベントの開催」についてお話しします。イベントのタイトルは「長船真剣勝負」です。2022年9月25日に、備前長船刀剣博物館から少し歩いたところにある、備前長船刀匠菩提寺である慈眼院(じげんいん )の前の広場で開催しました。
私たちが目指したのは、「大人でも子どもでも楽しみながら分かりやすく学べる、体験型エンターテイメント刀剣イベント」です。これには、人に伝える「表現力」が必要だと考えました。そこで、芝居や踊り等で、地元の歴史や文化を伝える活動をしている「岡山戦国武将隊」と「大笑い一座」に協力を依頼しました。
そこから、地元で刀剣文化を盛り上げようとしている方々を紹介していただきながら、つながりの輪がどんどん広がり、地域一体となった熱いイベントになりました。
イベントでは、全員にスポンジ刀を持ってもらい、刀の構え方・切り方をレクチャーしたり、ジュラルミン刀を使って本物の重さを体験してもらったりしました。また、刀にまつわる「刀言葉」をイベントの会場内の目立つ場所に掲示したり、刀剣の専門家に「刀剣クイズ」を作成してもらったりする等、刀剣文化を伝えるための工夫も凝らしました。
イベント後の反響と目指したい将来像
イベントには本当に多くの子どもたちが参加し、「楽しかった」という感想をたくさんいただきました。SNSの評判も上々で、瀬戸内市長や、瀬戸内市観光協会会長もこのイベントを大絶賛してくださいました。
今度は、このイベントを観光協会の自主事業として大切に育てて継続し、ゆくゆくは「日本刀の聖地」で開催する大きな刀剣フェスとして、日本全国、そして世界から刀剣をジブンゴトとする人々が集まってくる、そんなイベントにしたいと思っています。
ECサイトの構築 丁寧なフォローで事業者の不安を払拭
関氏 私からは、「備前おさふね刀剣の里」の中にある「長船ふれあい物産館」のECサイト事業について紹介します。
「備前おさふね刀剣の里」にある「長船ふれあい物産館」は、すでにSNS等の情報発信を積極的に行っており、20代~40代の刀剣ファンといわれる女性層を中心に一定のファンを掴んでおりました。
そういう方々から、ECサイトを求める声をずっといただいておりました。また長船という立地は、JR岡山駅から一時間ぐらいかかる場所にあり、気軽に来訪しやすい場所ではありません。そこで、ECサイトを立ち上げ、来訪意欲を高めるツールとしても機能させたいとも考えておりました。
ECサイト事業をスタートさせるにあたっては、ネットに慣れていない人材も事業者側には多いため、不安をいかに払拭するかということを考えて、行政、事業者、制作会社、そしてコーチによるチームを編成。2週間に1回ほどの定期的なミーティングをオンラインで開催し、進捗やスケジュールを常に共有しながら作業を進めました。
また、実際のECサイトの構築では、デザインの専門家である河崎氏に入ってもらい、コンセプトをチームで共有しながら議論をさせていただきました。写真撮影は、初回はプロカメラマンに依頼しましたが、継続してクオリティを維持できるような撮影時のルールづくりや、撮影機材を使って現場も撮影できるよう指導していただきました。
さらに、ECサイトの運営マニュアルをつくり、仮想店舗でのデモ体験、ロールプレイングを複数回実施しております。ここまでの取組は、専門家の河﨑氏に入っていただき、具体的なアドバイスをいただきました。
制作のプロセスを大切にしたことで、チーム全体の方向性が定まった
コーチングチーム専門家 河﨑氏 私が一番印象に残っているのは、ECサイトのデザインの議論に時間を費やしたことです。「土産物店」という土着の印象を残しながら、「刀剣関連商品を取り扱う本物感」を表現するために、
フォントの種類や全体バランスを含めたサイズ感、背景色の濃淡まで、皆で議論しました。
こうした細かい部分まで調整することで、デザインの表現のみならず、ECサイトの方向性もすり合わせることができましたし、全員が納得する形で着地できそうなので、制作のプロセスも非常に大事だな、と改めて感じました。
関氏 また、ECサイト事業の活用に合わせて、「刀剣日めくりカレンダー」や「刃文Tシャツ」等の博物館オリジナルグッズの商品開発も進めております。今後も、学芸員やショップ店員の方と連携し、商品開発やSNSでの情報発信等により一層力を入れ、刀剣ファンをつくる好循環を生み出していきたいです。
目指すべきゴールに向かって一丸となって進んだチーム力
福冨コーチ ここからは、他の認定計画事業者の方にも参考になりそうなポイントを抽出させてお話させていただきます。
まず1つ目は、コンセプト/ストーリーを実践可能な粒度で解きほぐしていることです。「日本刀の聖地」という明確なコンセプトをさらに細かく言語化し、関係者それぞれが考える「日本刀の聖地」の姿を表す画像を持ち寄り、ビジュアル化して、関係者で目指すべきゴールを共有しました。
2つ目は、そのコンセプト/ストーリーに基づいた事業計画を組み立てていることです。拠点来訪、来訪以外の行動、支え手づくり、担い手づくりといった4つの観点から補助事業をプロットし、「ジブンゴト」の活動を地域に広げるというゴールイメージを持ちながら、各事業の位置づけや、相乗効果を意識して実践していきました。
3つ目は、推進体制・連携体制を構築し、地域一丸となって取り組めたことです。文化観光推進法に関する基本方針にも「連携体制が構築されること」は、文化観光の推進の目標として記載されています。拠点計画の計画期間は5年という期間限定なので、その後にどういった体制が残るのかということも、非常に大切なポイントになると私は考えております。
(後編へ続く)