地域の文化資源で周遊ツアーづくり、大分県「竹工芸をめぐる旅」は何を魅せたか
地域にある文化資源の魅力を多くの観光客に知ってもらうため、文化観光の周遊コンテンツづくりが課題となっています。竹という地域の資源を有効活用してきた文化と歴史を持つ大分県は、特に「竹工芸」に着目し、竹工芸にまつわる関連施設や、実際に竹細工を体験できるツアーなどの企画に乗り出しました。同県が企画したツアー取材に参加し、美術館での竹工芸品の展示にとどまらない、地域を周遊するコンテンツづくりに向けて魅力をどう引き出そうとしているのかをリポートします。
観光客に土地の歴史や文化についての知識を発信し、地域の魅力に深く触れてもらい、楽しんでもらう。そんな文化観光の視点から、大分県は地域独自の風土と文化が生んだ「竹工芸」を基点とした周遊ツアーづくりに力を入れている。
◆竹を見る――超絶技巧の竹工芸を知る
その一環で、大分県が2023年(令和5年)11月に開催した、竹工芸を紹介するメディアツアーに参加した。ともすれば「ありふれたお土産」になりがちな竹工芸や竹細工だが、地域の特産品である「竹」の魅力を大分県はどのように引き出そうとしているのか。
一般に、生活用品として使うものを「竹細工」、美術品として扱えるものを「竹工芸」と呼ぶ。大分県立美術館(略称:OPAM、大分市)や別府市の竹細工伝統産業会館のコレクションをのぞいてみると、大分県が誇る竹工芸の超絶技巧のすさまじさを痛感するはずだ。
大分県は日本一のマダケ(真竹)の生産地で、竹を使った生活用品が古くから使われていた。その起源は室町時代にまで遡り、別府で作られた「行商カゴ」からスタートしたとも言われている。江戸時代に入ると別府は温泉地としてにぎわいはじめ、湯治での滞在中に使う竹カゴ、ザル、お土産品の花カゴなどが数多くつくられるようになる。
この竹産業を支えるために職人が養成され、地域の文化資源として育まれてきた歴史がある。
世界でも稀な竹工芸コレクションを誇る大分県立美術館
大分県立美術館(OPAM)は竹工芸を積極的に収集している世界的に見ても珍しい美術館だ。前身となる大分県立芸術会館時代から40年かけて収集した竹工芸コレクションは、1967年に竹工芸で初めて重要無形文化財、いわゆる人間国宝に認定された生野祥雲斎(しょうの・しょううんさい)の作品をはじめ300点を超え、コレクション展示室ではその超絶技巧と多様な作品を見ることができる。
オブジェや花かごなどの細やかな編組(へんそ)、竹のしなやかで美しい質感には息をのむ。また、世界的に知られる建築家の坂茂(ばん・しげる)氏が設計したOPAMでは、天井や外壁に竹工芸の編組をモチーフとした意匠があしらわれており、来館者を楽しませている。
OPAMは2023年秋、「竹」の魅力に五感で出会うことを狙った『OITA BAMBOO ART & LIGHTS 2023 竹会 <たけえ> 』を開催した。竹工芸のワークショップや作品ライトアップなどのほか、県内の竹工芸家の公開制作なども開催し、竹の魅力を広く伝えるイベントを同年10月17日~11月4日に実施した。
その開催意図は、この文化観光コーチングチームnote HIRAKUの記事「『竹の美』根付く文化が発信源――観光と連携で大分県立美術館が磨いた集客コンテンツ」でもリポートしているが、メディアツアーの一行が訪れたイベント最終日も、インバウンドの観光客をはじめ多くの人たちが竹の特徴や、そのおもしろさに興味をかき立てられていた。
会場では竹工芸家のこじまちから氏が竹工芸品づくりの材料となる「ひご」(竹を細く切り裂いたもの)づくりを実演し、その技を披露した。
別府竹細工には200種類を超える編みの手法があることが大きな特徴だ。このため「編む作業」が中心だと考えられがちであるが、こじま氏は「『ひご取り3年』という言葉もあるくらい、竹工芸はひごを作ることが重要なんです」と語る。竹を割り、ひごを取るという準備段階から作品として編み上げていくまで、人の手だけでこなしていく手間がかかる孤高の作業に、胸を打たれる思いがした。
竹会の最終日に開かれたクロージングセレモニーでは、地元の銘酒を竹のカップで、マダケを材料にした「メンマ」とともに楽しめた。また、竹の楽器による演奏なども披露され、竹が持つ魅力と多様性を存分に伝えていた。
竹工芸の技法と歴史を学べる別府市竹細工伝統産業会館
別府市の中心部から車で10分ほどにある「別府市竹細工伝統産業会館」は、竹細工の歴史や技法の解説、作品展示を行なう施設だ。ここでは常に別府竹細工の体験をすることができる。
生活道具としてだけではなく、技術の粋を尽くした芸術品としての竹工芸を見ること、職人の技術を実際に見ることは、観光客に大きな刺激を与える。あわせて、OPAMや別府市竹細工伝統産業会館では、メディアツアー参加者たちはミュージアムショップに立ち寄り、自分や友人たちのために土産品としての竹細工を買い求めていた。
旅先で地域の特産品を買い求めることは、地域に潤いをもたらすだけでなく、購入者が買い求めたものを使用するたびに「その土地を思い出す」作用もある。わずか数日の付き合いでは終わらず、その土地との関係がより長く続いていく。筆者も伝統産業会館で竹製のバターナイフを購入したが、使用するたびに別府について思いを巡らしている。
◆竹を知る――日本一のマダケの産地・大分
大分県の竹細工は明治期になると、温泉街の土産物や生活道具として大きな需要が生まれ、発達した。やがて竹細工は別府のみならず、大分県の伝統工芸としての地位を確立していった。
この竹の文化を広く伝えるべく、別府市には竹工芸を学べる日本で唯一の職業訓練校「大分県立竹工芸訓練センター」があり、現在も全国から竹に魅せられた人々が集まり、若き職人たちがその技を磨いている。
そんな大分県と竹との関わりが、メディアツアーでは様々な面から紹介された。その1つが、大分県が管理する同県日出町のハーモニーパークの一角にある広大な竹林だ。
公園の指定管理者であるキャラクタービジネス最大手のサンリオエンターテイメントは、公園内にあるテーマパーク「サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド」を運営しており、年間50万人以上の入場者を集めている。このハーモニーランドに隣接する形で竹林エリアがあり、竹工芸の主材料であるマダケの林を見ることができる。竹工芸に使うマダケだけでなく、モウソウチク(孟宗竹)やハチク(淡竹)、クロタケ(黒竹)などの林もあり、それぞれの品種の違いを実際に目でみて確認することができる。
竹細工・竹工芸に適したマダケをつくるにも手作業
マダケは節と節との間隔が長くて柔らかいため「竹細工に適している」などと説明を受けたが、これも実際に現地で様々な竹を見比べて初めて実感できることだ。大分県では県内の様々なエリアで、「竹と灯(あか)り」をテーマとしたイベントを毎年秋に開催しており、より竹に親しみが持てるようなイベントを試みている。
マダケは竹林で伐採した後も、そのままでは竹工芸の素材としてすぐに使うことはできない。竹の表面についた油分をとり、十分に乾燥させる作業が必要だ。別府市内の朝見川沿いにある永井製竹所は、創業110年を超す歴史のある製竹業者だ。多くの人々には馴染みのない「製竹」という作業は、竹を取り巻く世界では必要不可欠な工程だ。
竹林から竹を切り出す「竹子(たけこ)」が伐採したマダケを、長さが10メートルほどもある細い「湯釜」で、苛性(かせい)ソーダ入りの熱湯で竹を数回、丸洗いする。そうして表面の油分を落とした後に、天日干しをして竹工芸の材料になる。こうした工程は非常に重労働であり、近年は廃業する業者も少なくない。
大分の地には竹があり、そして竹に特化した産業が存在する。そのことを知った上で竹工芸品に対峙すると、単に目の前に置かれて素晴らしさや歴史を説かれるよりも、さらに竹工芸への関心がかき立てられるように感じるのだ。
◆竹に触れる――竹に実際にさわって親しむ
竹を知り、竹工芸の名品を見るだけでなく、観光客が実際に竹に触れる機会も用意されている。
「Cotake」は別府市内にある竹工芸工房兼セレクトショップだ。予約制でワークショップを開催しており、竹工芸家でもあるオーナー、さとうみきこさん指導のもと、観光客が気軽に竹細工を体験することができる。店内ではさとうさんが制作した竹のアクセサリーのほか、ほかの若手作家の作品も購入することができる。
Cotakeと同じく別府市内にある工房「studio 竹楓舎」も、観光客へのワークショップを受け付けている。英語でのワークショップも可能で、外資系の大手ホテルからも多くの外国人宿泊客が訪れるという。
工房を運営する大谷健一代表は、竹ひご取りから組み方まで丁寧にプレゼンテーションする。実際にメディアツアーの参加者も、竹のアクセサリーづくりに挑戦した。
筆者も竹工芸のワークショップを体験させてもらった。球状に編み上げたペンダントヘッドは、まっすぐな竹ひごに霧吹きをつかって湿らせ、柔らかくしながら編み上げていく、1時間弱で竹の特性を理解できる製作体験だ。バターナイフと同じく、身につけるたびに大分のことを思い出すようになっている。
大分県は、このような形で竹と竹工芸を深く知るコンテンツを多数、取りそろえている。観光客はこれら様々なコンテンツを通じて、大分と竹の魅力を体験することで、地域により深く関わっていくのだ。
日常の様々な場面で竹をふんだんに活用
実際、別府を歩いていると大分の日常に様々な形で竹が活用されていることに気づく。鉄輪温泉の地獄蒸しでは食材を並べた竹ザルに目がいく。地中から噴き上げる蒸気の中で、竹のザルは食材を支えながら数百度の熱に耐える素材だ。
温泉の冷却装置に竹が使われているところで足を止めることもあった。筆者にとって大分県はすでに何回も訪れている土地だ。それにもかかわらず、「竹」という日常にありふれた何気ない素材を見直すことで、新しい土地を訪れた気分になってくる。
大分県には竹のある文化がある。このことを知っただけで「では、他にはどのような文化があるのだろう?」「もっと知らない別の何かがあるはずだ」とも考えるようになり、さらに深く大分を知りたいと思うに至った。
地域のコアとなるコンテンツを観光客により深く伝え、体験してもらうことは、地域のファンを作ること、そして再訪することにつながるのだと実感できるメディアツアーであった。
(取材・文・写真:浦島茂世、取材・編集:三河主門)
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※扉の写真は大分県立美術館(OPAM)アトリウムで開催された「竹会」の会場。竹でつくった「鞠(まり)」が空間に浮遊し、布のシェードに美しい陰影をつくり出している。