物語がつむぐ魅力――文化観光を強化するナラティブ展示の極意
博物館や美術館が所蔵・展示している文化財や地域にある文化資源に、観光客が「何度も訪れたい」と思える価値を見いだしてもらうには、どうすればよいのでしょうか。効果的なのが「ストーリーとして魅《み》せる」ことだと言われます。最近では“ナラティブ”(「物語」「語り」などの意味)という言葉でマーケティングにも使われます。地域を訪れる人が主体となって「文化と観光を組み立てていく」イメージとも考えられるでしょう。文化観光の「ナラティブを鍛える」という視点で、過去の記事から参考になる考え方をまとめました。
観光名所に加えるべき「行動ソフトの視点」
名所・旧跡であっても、観光客にとって「どれだけ魅力的か」が伝わらなければ、訪問地には選ばれにくい。「その場所で何ができるか、そこで何が楽しめるか」という「行動ソフトの視点」を加えることが重要になる――。
リクルートの旅行サイト「じゃらん」などの部署を担当する旅行Division 地域創造部の高橋佑司部長(肩書はこちらの記事の掲載当時に準拠)は、こう提言する。名所や旧跡のような地域の文化資産は、確かに日本全国を巡ればどこにでもある。それを活かすには、行動に結びつくソフトウェア=行動ソフトが助けになる。
高橋氏は一例として、東京都心部に位置する日本橋や銀座の観光を担う中央区観光協会の取組を挙げる。日本橋や銀座には100年以上の歴史を持つ「老舗」がたくさんある。そこに目をつけ、単に日本橋や銀座で「買い物をしたら終わり」ではなく、観光地としてさらに魅力を感じてもらうにはどうするか。
「行動ソフトとして『食べる・食べ比べる』を加えました」(高橋氏)。これにより、観光客は老舗の歴史と伝統を体感しながら、その土地ならではの味覚を楽しむことができ、より豊かな観光体験を提供することができるようになったという。
ある老舗カステラ店は「3種を食べ比べられる特別セット」を販売した。同じように、食べ比べができる複数の店が参加すれば、いろんな店を巡ってみたくなる呼び水になりうる。このような行動ソフトをいくつかの観光ルートや地域の動線に組み込むことで、「地域をもっと歩いてみたい」という来訪者の意欲を喚起する。
まずは若者層か、女性層か、裕福な年配客層か――どんな客層をターゲットにするかを決める。「その人たちが行動を起こしたくなるようなストーリーを考えるのが重要です」と高橋氏は強調する。老舗という地域に根付いた文化資産を、誰もが参加しやすい「食べる」という行動ソフトでつなぎ合わせ、地域の深みを感じてもらうことが可能になった。一般の観光客が敷居の高さを感じていた老舗を気軽に訪れてもらうことで、再訪にもつながると店側も期待している。
天橋立をめぐる江戸時代の物語を行動ソフトに
高橋氏が過去に参画した地域の観光ストーリーづくりに、京都府宮津市の「天橋立《あまのはしだて》」がある。全国的に知られる名所だが、従来なら観光客のほとんどが天橋立を訪れて景色を楽しみ「股のぞき」をして終わり、だったという。
高橋氏は「股のぞきはもともと、股から覗《のぞ》いて逆さまに見える天橋立を、江戸時代に『天に舞う龍』のように見立てて昇運や開運につなげた伝説にちなんだものだったそうです。しかし、そのストーリーまでは旅行者に伝わっておらず、本来の価値を発揮できていないことが課題でした」と解説する。
そこで宮津市観光戦略推進チームが打ち立てたのが「股のぞき☆一龍万倍体験」という企画だ。天に昇った龍が、あらゆる願望をかなえるという玉宝(如意宝珠《にょいほうじゅ》)を授かって降臨する「昇龍・降龍」伝説にちなんだ伝説を“体験”してもらおうとの企画だ。
木製の「龍の願い玉」(1個1000円、税込み)を買ってもらい、山の上にある「天橋立ビューランド」や「天橋立傘松公園」に登っていく行動を喚起した。さらに、玉を持ちながら股のぞきをすることで、龍が空を舞っているような天橋立の縁起のよい景色からパワーをもらって玉に込められる、というナラティブを設定した。その玉を持って地上に降りて自分の願い事に合う寺を訪れ、願いを成就させるという流れだ。
地域に眠っていた「龍のストーリー」によって開運の所作を体験してもらい、天橋立の周辺にある寺社への周遊も実現したほか、ルートの途中にある飲食店や土産物店での購買消費にもつなげたという。
訪問客に地域資源の魅力を再発見してもらい、地域の周遊につなげるための「行動ソフト」の考え方は、以下の記事から読める。
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「発見して気づく楽しさ」をナラティブに
ストーリーはつくり上げることもできるのだろうか――。地域を訪れた人々にナラティブな体験をもたらすのに、「重要なのは発見感です」と力を込めるのは、NHKの人気番組『ブラタモリ』でチーフプロデューサーを務めた竹下健一郎氏だ。
『ブラタモリ』は、タレントのタモリさんが全国各地を訪れ、歩きながら地域に潜む「知られざる歴史や文化」を引き出して深掘りすることをコンセプトとした番組だ。地域が持つ文化資産や地理・地質、歴史の蘊蓄を、どのように伝えれば『ブラタモリ』のように訪れる人たちを惹きつけられるのか。竹下氏は「その知識をどう並べて、どのように紹介するかが重要」と話す。
竹下氏は、2023年7月15日に放送した「埼玉・行田」の回を例に挙げた。首都圏では名前が知られているが、全国的にはあまり知られていない街かもしれない。行田で番組が最初に目をつけたのは「行田は埼玉県名の発祥地」 という事実だった。
行田は知らなくても、埼玉県という名は誰でも知っている。「その埼玉県の名は、現在の行田市内にある『埼玉《さきたま》』という名が由来だとされていて、そこに着目しました」と竹下氏。
ただ、「埼玉が行田市にある」と説明しても、何のおもしろみもない。「そこでタモリさんをゴミ集積場にある看板の前につれていき、『行田市埼玉《さきたま》』と書いてある部分を発見していただきました。ブラタモリでは、この“発見感”を特に重視しています。情報の受け手(この場合はタモリさん)が『現場で何かを発見すること』には、実は大きな意味があります。視聴者にも『なんだこれ? おもしろい!』と思ってもらうには順序立てて展開することが大切なのです」と、竹下氏は説明する。
「いきなり『行田は埼玉県名の発祥の地なんですよ』 と説明しても、流れとしては全然おもしろくない。やはり『現場で何か発見させて』から、その『県名発祥の事実』をみせる方が絶対に興味をそそられます」
何気ない風景でも構わない。「心の扉を開ける」→「情報を提供する」という順番が大事だという。そんなブラタモリの番組づくりの“作法”は、以下の記事から読める。地域の文化資産の魅力を来訪者に発見してもらうストーリーづくりにとって、大いに参考になるだろう。
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高知県は朝ドラ人気ストーリーを観光に活かす
実際に、地域を訪れる人が「事前に地域をめぐる物語=ストーリーを知っている」ことは、文化観光にとっての大きな起爆剤になる。例えば、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)などが、その土地が生んだ偉人の生涯を取り上げると、興味を持った人々が大挙して訪れることが多い。
2023年(令和5年)4〜9月期に人気となった朝ドラ『らんまん』の放送がきっかけとなり、主人公のモデルとなった植物学者の牧野富太郎(まきのとみたろう、1862 - 1957)を生んだ高知県には、同年中に多くのファンが観光に訪れた。
放送前に実施したアンケートでは、高知県外ではほとんど無名だった牧野博士だが、朝ドラの放送をきっかけに知名度も向上し、人気に火がついた。今も多くのファンがいる朝ドラが生み出したストーリーをうまく活用し、高知県内で体験できる行動ソフトを精緻に構築したことで、高知県は過去最高数の観光客を呼び込むことに成功した。
頭の中に描きやすいストーリーを、いかに魅力的に提示するか。ストーリーがあるなら、それをどのようにして観光資源を周遊する意欲につなげるか。そんな参考事例として、以下の記事からナラティブ体験を積極的に活用した高知県の取組を参考にしてみてはいかがだろうか。
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(了)
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