予算なくても「魅力ある展示」、気づき生むアイデア・工夫を探る――ふじのくに地球環境史ミュージアム/江戸東京博物館/東洋文庫(文化観光のコツ その②)
「目指したい理想の展示はあるが、予算が……」
どんな規模の博物館・美術館でも、展示や解説に満足のいく予算を投じられるケースはあまり多くはないでしょう。予算が限られる中で、わかりやすく効果的な展示・解説が求められます。今回は大きなコストをかけずにアイデアと工夫で来館者を魅了してきた、オリジナリティにあふれる展示の実例をご紹介します。
元校舎、つくえ・いす・教室を効果的に利活用
廃校となった高校の校舎をそのまま博物館に転換した「静岡県立ふじのくに地球環境史ミュージアム」(静岡市)。2016年3月の開業から、ローコストながらも多彩な展示手法を駆使してきたことで注目されている。
遊休資産となっていた校舎を転用した館内は、展示室のほとんどが元は教室だ。廊下に沿って同じ造りの部屋が整然と並んでいるという学校らしさが、そのまま残っている。
単に元・校舎という建物をそのまま再活用しているだけがローコストなのではない。「ここが高校だった頃、実際に使用されていた学習机などを、来館者の学び舎の記憶を呼び起こすものとして再利用しています。押しつけでなく、自然に学びの態勢に入っていただくためのアイテムの1つとして活用しているのです」と、学芸員・研究員でもある渋川浩一・学芸部長(教授)は話す。
2023年夏に、「イネ」「米」「田んぼ」に関する企画展を開催した際には、室内中央に学習机の天板を10枚ずらりと並べることで、田んぼを想起させる展示台として活用した。
図工室などで使われていた木製のいすなども再利用され、展示物を見下ろしやすい高さになるよう調整されていた。渋川氏は「資源の再活用にもつながりますし、コスト的にも助かる部分があります」と説明する。
自然系博物館というと、天井の高いホールに置かれた恐竜やクジラなどの大きな標本などがあるイメージだ。しかし、ふじのくにミュージアムは元・校舎なので天井の高さも低く、見栄えのする“派手な”展示物を置くことができない。
そこで、空間の制限を逆手にとって、ストーリー性を磨くことに力を入れたという。展示する標本は、それぞれの部屋のテーマやストーリーを最も効果的に表現できるものを選びに選び抜いた。
「いわゆる『お宝』の標本に頼った展示ではなく、派手さはないものの、それぞれの部屋、そして館が伝えたいメッセージを、厳選した展示物と空間デザインをもって最適な形で表現した展示にしています」と渋川氏は説明する。
こうした展示室の空間デザインやストーリー性、再生の精神などが高く評価され、ふじのくにミュージアムは英国「FX国際インテリアデザイン賞2016 博物館展示部門 最優秀賞」や、ドイツ「German Design Award 2018」、国内では「DSA日本空間デザイン大賞2016」「第6回 日本展示学会賞」など、国内外で数多くの表彰を受けている。
ストーリー性を高めながら、机やいすなど再利用できる材料を巧みに駆使しながら展示や解説の一助としている取組は、多くの博物館・美術館にも参考になるに違いない。
江戸暮らし味わう“体験”を展示
2025年度のリニューアル開館を目指して改修工事が進む江戸東京博物館(東京都墨田区、以下「江戸博」)は、都心に近い立地にあることからインバウンド(訪日外国人客)の来館者が多い。その地の利を生かして早くから、多言語展示とともに「体験してもらって理解できる展示」に力を入れてきた。
例えば、蒔絵などの装飾が施された「女乗物」(当時の駕籠で女性が乗るもの)を常設展示していたが、その近くには中に入ることができる「大名駕籠」を置いていた。それに実際に乗ってみて、江戸の人々が味わった駕籠の中の空間を体験できるようにした。
このほか、庶民の暮らしを体験する展示として、農作物の肥料となる「し尿」を運ぶときに使う「肥桶」を吊るした天秤棒も置いていた。担ぐと重さは約26キログラムもあり、大人でもなかなか持ち上がらない。だが、当時の苦労が偲ばれる演出として人気だった。
当時の流通していた小判を入れた「千両箱」も置いてあった。千両分の小判が入ると約11キログラムにも達する。これも重さを実感してもらうことで、江戸時代の生活を体感できるよう工夫が施されていた。
外国人が見ただけでも日本の伝統文化を「興味深い」と感じてもらえるよう、江戸時代の手品や、ジャグリング、紙切り芸といった大道芸、さらに琴や尺八などによる邦楽の演奏なども披露していた。江戸にあった芝居小屋「中村座」の 模型(実物大)の前で芸や演奏を行うことで、江戸の「にぎわい」を演出した。
「紙切りのような“手技芸”は、英語の通訳付きで芸人さんがレクチャーしながら実際に外国人のお客様にも体験してもらいました。やはり手技は非常に盛り上がり、江戸のにぎやかさを感じてもらうことに意義があるのだと考えてやっていたのです」(江戸博の新田太郎・事業企画課長)
江戸博は2025年度のリニューアル後も、このような体験型の展示や工夫を増やしていく方針という。展示物や展示内容に関連した「ちょっとした体験」をコンテンツ化することで来館者の印象や記憶に残る展示となるだろう。
同じ資料も“切り口”で魅力変える
東洋学について100 万冊を超える書籍や資料を所蔵する東洋文庫(東京都豊島区)は、1つの展示品(資料)をさまざまな企画展の中で「切り口」を変えながら紹介することで、来館者の理解を深めてもらおうと工夫してきた。
中国・清朝の最盛期を生きた皇帝・乾隆帝 が作らせたフランスの銅版画『準回両部平定得勝図』。東洋文庫はこの資料を、複数の展示会でさまざまな視点から紹介してきた。
「東洋文庫名品展」(2021年10月6日〜2022年1月16日)を開催した際には「画家・彫工ともに当代一流の名匠を起用し、フランス銅版画の精緻な技術を駆使した作品」として紹介した。
一方、同じ『準回両部平定得勝図』を別の特別展「大清帝国展」(2021年1月27日〜2021年5月16日)で展示した時には、「朕こそは完全無欠のエンペラー!」というキャッチコピーをつけたという。
解説には「乾隆帝による戦果アピールというプロパガンダ的な要素が強い作品でもある」とも表記し、この資料の清帝国史での位置付けがすぐに理解できるように工夫した。
さらに、鉄道開業150周年を記念し開催した「祝・鉄道開業150周年 本から飛び出せ!のりものたち」展(2022年10月5日〜2023年1月15日)では、この版画に出ている「馬」に注目してもらうことを発案。キャッチコピーには「その走り方は...うさちゃん!?」と付け、馬の走り方が通常とは少し異なる点に注意を向けてもらうことを企図して紹介した。
展示資料の持つ多様な文脈を展示のテーマやストーリーに載せて示すことで、来場者は一つひとつの資料の意味や価値に触れることができる。コストをかけなくても、知恵や工夫によって同じ資料や所蔵物を“多重活用”して、展示や解説に幅をもたせた好例といえる。
予算の壁を越えるのは、やはり「知恵と工夫」という結論にはなるが、いずれも創意あふれる発想を各館の担当者らは楽しげに、かつ誇らしげに話しているのが印象的だった。
来館者が理解しやすく楽しめる展示・解説は、やはり「予算が足りない」現実に苦しみながらも、楽しく考え抜いた現場から出てくるのだ。
(了)
※扉の写真はAdobeStockのライセンス取得済み画像です。
【参考マガジン】展示の工夫